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宵に沈む「恋」なれば、  作者: 青葉 ユウ
-- 第1部 --
28/96

◇9-6:救いを胸に



 思ってもいなかったセシルの本音に、適切な相槌を打てず困惑する。


(魔導騎士は家族ができたら務まらないから王宮騎士の役職につくって、貴方がそう説明してくれたじゃない……)


 それなのに、魔導騎士で居続けることを認めることが婚約、()いては結婚の条件だなんて。



「なんで魔導騎士にこだわるの」


 セシルだったら王宮騎士の要職にだって、近衛騎士のトップにだって望めばなれる。むしろ、セシルの身近な人々は(すべから)く望んでいることだろう。

 それなのに、なぜ地位も実力も突出している才色兼備な人が危険と隣り合わせの魔導騎士で居続けるのだろうか。


「君はなぜ祈祷師になったんだ」


「それは」



 貴族としての義務だと、支えてくれている領民のためだと、聖霊の加護があると知って尚、何もしないなんて選択肢はないと言おうとして、そして思い止まる。



 なぜ祈祷師になるのか。


 問われたのは二度目だった。

 忘れかけていたエリアスからの一言が頭を過ぎる。



 ――もし騎士団員に聞かれた時には遠慮することはないよ。彼らは実力はもちろんだが、自分から志願する変わり者ばかりだからね。




 今、同じ質問を魔導騎士から投げかけられた。


 その相手はリディアが祈祷師となることを阻止しようとした魔導騎士団副団長で、()しくも“自分から志願する変わり者”にぴったり当てはまるのだが、相手が相手なだけに躊躇いが生まれる。


 言葉に詰まってぐるぐると考えていると、何となしにセシルの一言が引っ掛かった。




 ――男は女に浪漫と女性らしさを求めるんだよ



(セシルは宵の森に浪漫を求めてる、なんてね)



 自分が導き出した結論が妙に腑に落ちた。


 そんな訳がないと心のどこかで叫んでる。けれど、「同じことを願っている変わり者を知っている」と言われたあの日から期待をしていたのは事実だ。



「建国聖話の挿絵って聖霊様の住処を描いてるから、どれも神秘的でとても美しいじゃない? もしかしたら、あの光景がここにあるかもしれないと幼い頃に憧れていたの。――だから、祈祷師になったの」



 ドクドクと心臓が圧迫される。

 たったの数秒が何倍もの時間に感じて、思うままに話してしまったことに後悔してしまいそうだ。


(否定されたらどうしよう、やだ……呆れられたくない……)


 両手を握って落ち着かない気持ちを耐えると、ぷるぷると震える振動がリディアの背中から流れて体が揺らいだ。




「くッ……ククッ、はははっ」



 セシルが堪え切れない笑いを上げる。

 構えていたリディアに送られたのは、エリアスに話した時と全く同じ反応だった。


 待てども待てども収まらないその笑いに、恥ずかしさで顔が赤く染まる。



「もう! いつまで笑ってるのよ」


 ぐるりと上半身を捻って斜め横を向くと、視界の悪い霧の中、金色の輝きをもつ髪と取り込まれそうなほど深い闇の瞳とかち合う。

 垂れた目尻は赤く染まり、滲んだ涙で長い睫毛が艶やかに湿っている。

 吐く息が顔にかかって、息を呑んだ。


 態勢を支えるために地面をつこうとした左手の行き場はセシルの太腿で。布越しでもはっきりとわかる、固く引き締まった筋肉が逞しい男性であることを再認識させる。



 目を見開いたまま銅像のように固まったリディアの背が優しく撫でられる。そうして、いつものようにフッと鼻で笑ったセシルは、いつもとは全く異なる暖かな笑みを浮かべた。



「君も私と同じ愚か者ということだな。不思議なことに、君といると馬鹿げた夢物語が現実になりそうでこわいよ」


「私と、同じ……?」


「君とは気が合わないと思っていたが、どうやら違ったらしい。これが、君に返す答えだ」



 最後の一言は優々とこぼれ落ちた。



 水面を揺らすようにゆるやかに波打つ。

 静かに冷えていたはずの闇が、今は喜びの色をのせてリディアだけを映している。

 そこにいる自分自身に驚かされた。

 胸がつっかえて息をすることが苦しい。吐き出す息とともに耐えていた想いが全て涙となって溢れ出てしまいそうだ。


(貴方も私と同じで、憧れを追いかけた先がここだったのね。……どうしたらいいの)


 喉の奥が震える。


 セシルの表情が見えているということは、セシルからもリディアの表情が見えているということで。今にも溢れ出そうなどうしようもない思いを伝えたいのに、真正面から言うことが気恥ずかしくて。

 けれど、離れたいとは微塵も思えない。


 ずるずるとセシルの肩へ額を押し付けると、耐えきれなくなった涙がセシルのローブを濡らす。



「ありがとう、セシル。私、ずっと貴方に会いたかったんだわ」


「なんだそれは。口説いてるのか?」


「馬鹿なこと言わないで。同じ想いを抱く人がいるって、こんなにも嬉しいものなのね」



 温もりをもった大きな手が何度もリディアの背を優しく撫でる。それはまるで、幼い頃の自分を肯定してくれているように思えて、キュウッと唇を噛みしめた。





 幼い頃、最初に話したのは侍女だった。

 絵本を読みながら宵の森はとても素敵な場所なのねと、行ってみたいわとリディアが思ったままに話すと、それ以降は事あるごとに「とても恐ろしい場所ですよ。近寄ってはなりません」と諫められた。


 その次は同じ年頃の令息令嬢達だ。「そんなものを信じているのか。何百年も前からあるお伽噺だろう」と笑われては馬鹿にされた。


 当時護衛をしてくれていたレナードからは、「リディア様を守ることが私の使命ですので、その願いは叶えられません」と申し訳なさそうに、困った様子で返された。


 最後に口にしたのは父で、「命を賭して守ってくれている騎士が悲しむから口外してはいけないよ」と諭された。



 そうしてやっと、夢見ているのは私だけなんだと、間違った憧れなのだと、“普通”ではないだと幼心ながらに悟って、不要なものは捨てることにした。


 孤独を紛らわせるために真っ当な人間になろうと必死で教養を身につけた。

 幸いなことに学ぶことは性に合っていたし、得た知識を活かすことで誰かが喜んでくれたり、僅かでも手助けできることが嬉しかった。そうしてクロズリー伯爵令嬢として胸を張れるようになった頃には、苦しみは消え去っていた。



 リディアの行く先を左右したあの祝賀会の夜と今。

 目の前にいるセシルによって、そう思い込むことで自分自身の望みに蓋をしていたことに二度も気づかされた。


 変わり者同士かもしれないけれど、一人じゃなかった。


 それが、リディアには堪らなく嬉しかった。





 ――私も、会いたかったんだ。


 緩やかに下降していく意識の隅で誰かが呟いた。

 それが現実なのか、それとも夢なのかは曖昧で。

 迷い子のように彷徨っていた想いが救われることを望み、その手を取った――



◆◆◆



 すやすやと寝息が聞こえる。

 泣きすぎて気が緩んだのだろう。一日中歩き続けた疲れがドッと押し寄せてきたに違いない。

 背中を撫でる手を止めずに、霧で遮られた遥か遠くを眺める。


 そうして、長く溜息を吐いた。


「君と、こんな話をするとはな……」


 この地にいるせいだろうか。それとも彼女がそうさせたのか。誰にも言うつもりのなかったものが滑り出てきて困った。


 否定されて当然の思考回路であることは身をもって知っている。

 だから、同じ志をもつ者に出会えたことは喜ばしいことだ。


 しかし、その相手はよりにもよって祈祷師だ。


 行く当てのない恨みつらみが沸々と湧き上がる。



 なぜ、今なのだろうか。


 もっと前に君と会えていたら。

 そうしたら、今の君と同じように喜びに打ち震えていただろうに。



「――――守ってやるさ」

 


 願いが叶うその日まで。

 君が幸福を得られるその日まで。

 死なせたりなんかしない。


 それが、せめてもの罪滅ぼしだ。






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