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宵に沈む「恋」なれば、  作者: 青葉 ユウ
-- 第1部 --
27/96

◇9-5:求めたもの



(やっぱり私のせいかもしれない……。でも、セシルが慌てた声を上げたからなのよ)


 膝に額を擦りつけながらこれ以上はもう考えないようにしようと頭を振る。



「ねえ、貴方っていつまで魔導騎士でいる予定なの? 次期侯爵様でしょう」


「急にどうした」


「ただ聞くタイミングがなかっただけで急じゃないわ」



 祈祷師になってからというもの隣には常にセシルがいたが、任務に関連する話題が大半を占め、稀にする雑談は本当にどうでもいい天気だとか食べ物の話ばかりだった。それに他の魔導騎士も誰かしらそばにいたので、個人的な話はしたことがない。


(立場の都合上一緒にいるだけで、特別仲がいいわけでもないし)


 所詮は立場上での付き合いだ。セシルが魔導騎士ではなくなったら、もう会うこともなくなるだろう。


 変な誤解をされないために一言付け加えるべきか悩んだが、リディアはセシルと踏み入った話をしたかった訳ではない。

 けれど、セシルに任せると人を揶揄うことしか言ってこない。そこで何か話題がないかと考えた時に思い浮かんだのが、あらゆる社交の場で度々耳にしていた貴族令嬢の不満である。



 ――侯爵家の継承者でありながら婚約者を未だ決めていないのよ。何度釣書を送ってもうんともすんとも返事がないわ。


 ――公爵家のご令嬢も熱を上げているらしいけれど、それすら反応がないようよ。一体何がいけないのかしらね。


 ――一目でいいからお会いしたいのに、今回も欠席なのね。公爵様が主催されているのに失礼ではなくて?


 ――若くして魔導騎士団副団長にまで登りつめたことは素晴らしいけれど、そろそろ身を落ち着かせる頃合いじゃないかしら。



 結局のところ、多くの令嬢から度々零れる不満は相手にもされていないことに対する憂さ晴らしだ。

 さっさと他の令息へと切り替えばいいものを、チャンスを虎視眈々と狙いながら他の令嬢を牽制しているのだ。


 そんな令嬢達をリディアは遠巻きにしながら同様の疑問を抱いていた。

 適当な婚約者を決めて後継者としての務めを果たしたら良いのにと。


 実際、セシルが素直に答えるとも思っていないし、答えを知ったところでどうもしないのだが、会話を膨らませるきっかけにはなるだろう。



「いつまで、か。爵位を継ぐのは先の話だし、とりあえずは君から無能判定されるまで、でどうだ?」


 そんな日を待っていたら体が老いるまでの何十年と後回しになってしまうではないか。前々から思ってはいたが、貴公子然としたこの男には冗談や悪ふざけが好きな子供っぽい面があるようだ。



「それじゃあ婚約者は? かなり身分の高い方から縁談が来てるのでしょう」


「それはまず殿下が決めるべきだと君も思わないか」


 確かにそうだ。相手が王族だと声を大にして言うことはなかったが、婚約者の座を狙う者は少なからずいた。

 納得しそうになるが、祝賀会でエリアスとのファーストダンスを踊りきった可憐な令嬢を思い出す。


「殿下にはもう噂されてる候補者がいるじゃない。貴方が早く決めないと多くのご令嬢が行き遅れになってしまうわ」


「そうは言われてもね。なら君は?」



「……私?」


 セシルの口調からこの手の話題に辟易している様子が伝わる。さっさと話の矛先を変えたかったのだろうが、祈祷師となったリディアに婚約者に関する話題が振られるとは予想外だった。


「君も年齢的には婚約者がいるのが普通だと思ったんだが」


「父が恋愛結婚だったからよ。私はお互いに領地のためになる相手を探していたんだけど、クロズリー伯爵家と縁を結ぶのは躊躇うみたい」


 今ではなくて貴族令嬢として過ごしていた時のことだとわかって素直に答える。


 当時の記憶を思い出すと溜息がでた。

 いくら親しくなれるよう努力をしても令息からのリディアへの評価は顔見知り、よくて友人レベルだったのだ。


「クロズリー伯爵家なら高望みしなければそこそこ良い利益を得られるだろう。君に問題があったんじゃないか?」


(領地じゃなくて、私に?)


 リディアが自己評価するとしたら中の上か、中の中だ。

 目を引く美しさや器量はなく社交界の華となることはなかったが、壁の花になることもなかった。存在が際立つことはなくとも、それなりに上手く立ち回っていたはずだ。


 思い当たることがなくて、首を傾げる。



「……そうだな、例えば領地経営の話ばかりとか」


「え、いけないの」


 領地に関することは婚約関係を結ぶ上で最も重要なことだろう。そこの意見が違うと婚約する意味がない。

 リディアの母は幼いころに亡くなったため、女主人としての役割や父の手伝いを率先して手伝っていた。そういった経緯もあって、入念に下調べして損得を計算したり、事業案を提示したりしていたのだが、何かいけなかっただろうか。

 どの令息も王立学院で経営学を学んでいるため、為になる話し合いばかりだったのだが。



「やっぱり君は馬鹿だな。男は女に浪漫と女性らしさを求めるんだよ。美しく情熱的で、それでいて疲れを癒してくれる(しと)やかな女性をね。君が妻になったら家に帰っても寝るまで仕事に悩まされそうだ」


「後継者なら損得は考えるでしょう? 私だって、疲れてる人に仕事の話を持ち出さないわよ」


(きっと、多分)


 心の中でだけ付け加えておく。時と場合によるから、どれだけ相手が疲れていたとしても言わなければいけない時はあるだろう。


「そういったものは現当主が決めるものだ。学友たちは女の魅力はなんたらといつも語っていたよ」


 ボヤかされた魅力とはどうせ女性の容姿に関することではないだろうか。

 これだから男は、と思わず半目になってしまう。



「……貴方もそういったものを求めているの?」


「仮にそうだとしたら、既に決まっていただろうね」



 フッと鼻で笑う音が聞こえる。


(我ながら馬鹿げた質問を投げかけてしまったわ)


 笑ってしまうのも無理はない。セシルに縁談を持ちよる者は皆、美を競い合っている者ばかりなのだから。

 苦笑いしながらも相槌を打とうとしたが、それよりも早くセシルが口を開く。



「私が求めるもの、か……。魔導騎士であり続けることを容認してくる女性(ひと)だろうな」



 揶揄う口調から一転、取りこぼしそうになるほどか細いそれは、内に秘めていたものが零れ落ちるように呟かれたものだった――





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