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宵に沈む「恋」なれば、  作者: 青葉 ユウ
-- 第1部 --
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◇5-2:求めるもの




「もうすぐ着きますね」


 向かいに座るフレッドの言葉に、窓の外へと視線を向ける。


 馬車の走る街道を飾るように並び立つ木々の隙間からは白い何かが見え隠れしている。全体を見ようと窓際へ体ごと寄り、前方を覗き込むように顔の角度を変える。それは周囲の木々の背を越える高さの、アイボリーを基調とした石材でつくられた塀だった。



 これから滞在する警備塔が塀から頭を出しており、塔の天辺には小ぶりな鐘の存在感を消し去るほど一際大きな鐘が吊り下がっている。

 魔導騎士が魔獣を討伐しきれなかった場合に、鐘の音で近隣の村に避難を呼びかけるものだ。とはいっても、ここ十数年はその鐘の音を鳴らしたことはないらしい。


 街道は塀の門へと繋がっているが、途中で別れ道があり塀に沿うように家屋が建て並んだ小さな集落が見える。


「積極的にここに住みたがる人がいるとは思えないけれど……」


 いくら塀越しとはいえ、音が遮断される訳ではない。魔獣の咆哮や戦闘音は恐怖の対象だ。それに万が一魔獣が塀を越えた場合、真っ先に被害に遭うのはこの村の住民である。緊急事態を知らせる鐘が鳴っても逃げる時間すら稼げない。


「ここに住む者たちは利益の方が大きいと判断したんだろうな」


「祈祷師や魔導騎士が滞在していることの他にも?」


 頷きで続きを促され、なぜかと答えを探すと真っ先に思いつくことがある。

 魔導騎士と祈祷師が任務に従事するためには欠かせない人々がいるからだ。


「塔の管理をする使用人へのお給金が良いとか、そういうことかしら」


 惜しい回答だ、とセシルが続ける。


「君が言ったように、祈祷師が常駐しているということは聖霊信仰の恩恵を一番に受けられるのと同義だ。怪我や病気にもなりにくくなるし、なったとしてもその日のうちに祈祷師に頼むことができる。加えて、警備塔がなくなることはないから職を失う心配もないし、貴族の屋敷とは違って任せる仕事は最低限という利点がある。だが、生活に困らない程度には稼げても、より良くなることはない」


 与えられる仕事内容の差と言われ、浅く頷く。


 祈祷師も魔導騎士も任務で来ているのだ。王都の外れに位置する、多くの者が恐れて近づこうともしない片田舎に豊かな生活を求めはしない。それに騎士は皆、騎士養成所の炊事訓練等で必要最低限の生活をする術を身につけている。

 だから、魔導騎士が任務に専念するため、そして騎士の男社会に身をおく祈祷師が生活に不自由しないために雇われた使用人なのだ。それ故、任せる仕事は限られたものになるのだろう。


「比較的安全な日中に塀内で働き、陽が暮れる頃には塀の外で身の安全を確保する者と、その者達を支えるための物売りや呑み屋を営む者と。そんな閉鎖的な毎日に満足できるかどうか、だよ。どちらかというと訳あって俗世を捨てた者が多いのかもしれないな」


 心身を疲弊した者が俗世を捨て、安息と平穏を求めて定住する。そうできるのは、見ようによっては圧迫感もある白亜の塀のおかげではなかろうか。



 ――魔獣は闇夜に紛れて現れる。


 宵の森は空高く聳える高木の森で、そして、日中でも太陽の光を通さない薄暗い森だ。闇を好む魔獣は宵の森を住処としており、日中に姿を現すことは稀だった。


 境界となっている断崖の一部が崩れて階段状になっているこの地と、崖との高低差がなくなった緩やかな丘を所有するクロズリー領のみが宵の森との行き来が可能であり、陽が沈んだ夜にはその境界が薄れて魔獣が姿を現すのだ。


 そんな魔獣から人々を守るために塀で囲い、魔導騎士と祈祷師のみが最前線で守護する。

 ここはそうして成り立っていた。



「この村は魔導騎士と祈祷師への信頼の証なのね。クロズリー領とは違うかたちだわ」


 地形も統括している者も違うので異なって当然だが、祈祷師になる前までは目的は同じなのだから似たような造りだと思っていた。

 けれど、事前に在り方をを聞き、実際にこの目で見るとその違いをまざまざと実感する。



 そんなリディアの呟きを拾ったフレッドが問いかけた。


「クロズリー領はどのような所なのですか。私はまだ訪れたことがないので、よければ教えていただきたいです」


「そうね……」


 フレッドはリディアとは逆で、この地を熟知しクロズリー領を知らない者だ。最も大きく異なる点を、フレッドがイメージしやすい言葉を選びながら口にしていく。


「クロズリー領は伯爵邸がここでの警備塔の役割を担っているの。任務に就く騎士専用の棟と本邸が塀のように建てられて、その次に騎士養成所と現役騎士や退任した騎士達の家屋。更にその次は治療院や鍛冶屋が並んで最前線で戦う騎士を支えているのよ。ここは魔獣が乗り越えられない塀で囲うことで人々を守っているけれど、クロズリー領は塀の代わりに、領地全体で家屋による三重の壁をつくっているといったところかしら」



 慣れ親しんだ土地をいざ説明するとなると悩んでしまうが、要領を得た説明ができたのではないだろうか。リディアが内心で自身を褒めていると、普段顔色を変えることのない真摯な表情の中にも感心を滲ませた眼差しを向けられた。


「クロズリー領はリディアさんの誇りなんですね。僕も魔導騎士としていずれ訪ねてみたいです」


「そんなに態度にでていたかしら。でも、とても素敵なところだからそう言ってもらえると嬉しいわ」


 端的に説明したと思っていたが、どうやら個人的な感情までも伝わってしまったようだ。

 頬に手をあてて羞恥によって広がる赤みを抑える。


「副団長はクロズリー領に赴いたことがおありですか」


 クロズリー領の話題になるなり、会話に加わらず窓から広がる景色を眺めてたセシルにフレッドが問いかける。


「いや、ただ同じ話を伯爵に聞いたことがある。流石だな? 君の話しぶりが伯爵と瓜二つだったよ」



(親子そろって領地自慢のようだったのね!?)


 口の端をにやっと上げたセシルには微かな揶揄いが含まれていて、慌てて話題を変えるために脳をフル回転させたのだった。




◇◇◇



「初めまして、じゃないわよね? 私の名前はカロリナよ。リディさんとこうしてまた会えて嬉しいわ」


 陽が暮れ始めた今、塀内には使用人の影はなく門も封鎖されている。


 警備塔へ到着するなり出迎えてくれた女性は、 目を細めて表情を緩ませながら微笑んだ。

 風に靡くオリーブグリーンの髪をさらりと耳にかける様子はおっとりとしていて、それでいて艶やかな女性らしさを醸し出す。

 カロリナと同様、リディアにも目の前にいる祈祷師が一度会ったことのある者だと一目でわかった。

 しかし再会を喜ぶよりも先に、「リディ?」と訝しげにこちらを見るセシルによって当時の後悔がじりじりと押し寄せる。



「こちらこそまたお会いできて光栄です。改めまして、リディアと申します」


「あら? リディさんではなくてリディアさんだったのね。ごめんなさい」


「あの時は伏せたほうがよいかと思い咄嗟にでた名ですので! カロリナ様が謝る必要はありません」


「そうだったのね。リディアさん、私のことも様付けじゃなく気軽に呼んでくれると嬉しいわ」


 名を聞き間違ってしまったと顔色を悪くしたカロリナに申し訳なくなったリディアには、そのまま見て見ぬふりをすることもごまかすこともできなかった。

 おかげでカロリナの和やかな笑顔を見れてほっとしたが、リディアとカロリナそれぞれの護衛である魔導騎士達にも当然聞かれてしまい、穴があったら入りたい気持ちで満たされる。


(名を伏せようとしてリディなんて……大差ないし、そもそも愛称だし……)


 魔導騎士達の心の内はわからないが、カロリナが特段気にしなかったことは不幸中の幸いだろう。



「少しだけ彼女と二人でお茶をしたいのだけれど良いかしら?」


 カロリナの問いかけに迷いなく肯定した魔導騎士はカロリナの護衛隊長だと一目でわかった。

 前髪をセンターで分け、ウェーブのかかった茶髪を耳が隠れるまで伸ばした男性は今まで顔を合わせてきた団長を除く魔導騎士の中でも取り分け大人びていて、煙草を吸う仕草が様になるだろう渋さがある。


 若い者が多い魔導騎士団の中で、明らかに年上だからだろうか。


 大人の魅力を持つカロリナとその魔導騎士の、長い時間を共にしたことで生まれたであろう親密さがリディアには眩しく思えた。





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