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宵に沈む「恋」なれば、  作者: 青葉 ユウ
-- 第1部 --
13/96

◇4-2:捧げた祈り



 結局、リオによってその場は丸く収まった。


「つい浮かれてしまいました。宵の森に行く日に祈ってもらえるのを楽しみにしていますね!」



 そう言われてしまえば、リディアは大人しく引き下がるしかない。

 一番年下のリオが仲裁役となったことを申し訳なく思うが、同時にこういった場合も想定しての人選だったのだろうかと深読みしてしまう。

 セシルは魔導騎士団、リディアは祈祷師と意見の土台となる立場が違い、更にそれぞれが貴族として徹底した教育を受けている。リディアがなにも意見を述べず、言われるがまま従うとは思っていなかったに違いない。


 そうこうしているうちに目的地に着いたのだが、いつの間にかリディアの緊張は他の感情に上塗りされてどこかへと消えていた。




◇◇◇



 王都の外れにある小さな村の聖堂では、これといった問題もなく順調に時が流れていた。


 聖堂を訪れた者の暮らしや悩みを聞いて、共に祈る。

 一人が去ったら順番を待つ次の人へと、その繰り返しだ。


 この村は宵の森の警備へ向かう際に必ず経由するため、村人も祈祷師に慣れ親しんでいるらしい。そのため、聖堂が人で溢れかえることもなく、終始リディアのペースを保つことができた。



(初めての任務には最適の場所ってわけね)



 高窓から差し込む日差しが室内を橙色に染める。

 日帰りで魔導騎士団棟へと戻るのため、そろそろお暇する頃合いだ。


 訪れた人々の列が途切れたタイミングで後ろに控えていたセシルへと目を遣ると、同じことを考えていたようで頷きで伝えられる。


 司教へ別れの挨拶をし、聖堂を出ようとしたその時だった。



 重厚な扉が軋む音を響かせて勢いよく開く。



「祈祷師様! どうか……、どうか、私のお父さんを助けて!!」



 駆け込んできたのは、まだ十歳にも満たないであろう幼い女の子だった。

 全体重をのせて扉を開けた少女は、その勢いのまま床に手をつき倒れ込む。祈祷師がきているという話を聞きつけて走ってきたのか、息も絶え絶えで全身から汗が滴っていた。


 そんな状態でも、助けを求める悲痛な眼差しはリディアから逸れることはない。


「この子に水を用意して」


 そばに控えていたフレッドへと声をかけるなり、少女の体を支えて近くの長椅子へと座らせる。

 背中をゆっくりとさすり、呼吸が整ってきたことを確認してから続きを促した。


「お、お父さん、仕事中に木材の下敷きになっちゃって、大怪我したの。血が止まらなくて、お医者様はもう助からないだろうって……。お父さん、ずっと苦しんでて」


 話している途中で父の事を何度も思い浮かべたのだろう。


 潤んでいた瞳からはじわりじわりと涙が溢れ、耐えきれなくなった雫がぼろぼろと頬を濡らす。

 落ち着かせるように頭を撫で、そして微笑む。


「わかったわ。貴女の家に案内してくれる? どのくらい力になれるかわからないけれど、私にも貴女のお父さんの快復を祈らせてちょうだい」


 少しでも少女とその家族に寄り添いたい。失意の淵に立った少女らを照らしたい。それができるのは祈祷師だとリディアは二つ返事で返した。そして、少女から向けられる希望を託した笑みからも、それを強く実感する。


「ありがとう! 祈祷師様!!」



 そうと決まれば、取るべき行動は一つだ。

 リディアが後方に立つセシルを呼ぶと、セシルもリディアの横に並んで腰を折り、少女に目線を合わせる。


「君はこの村の子かい?」


「ううん、隣のトゥエルムから来たの」


「そうか、ここまで大変だっただろう。よく頑張ったな。――フレッドは彼女を乗せて先導してくれ。私は祈祷師様を連れて後を追う。ウォルトはリオともに後から来い」



 セシルの指示で皆が一斉に動き出す。

 リディアも早足でセシルの後を追う。



 馬に跨るために手を借りようとすると、こちらの様子を窺いながら思案しているセシルがそこにいた。


「……私の一存で決めてしまってごめんなさい。貴方の意見も仰ぐべきだったわ」


 少女の願いを断るべきだったとは思わない。

 けれど、今後の予定を勝手に変更してしまったことへの反省もしている。



「いや、君は間違ってない。君の意志は聖霊、ひいては聖女の意志だ」



 即答された内容にホッと胸を撫で下ろす。

 同時に疑問が生じた。


「なら……」



(――何を言おうとしていたの?)



 その言葉は口に出せなかった。


「行こう」


 セシルが手を差し出す。

 支えてもらいながら馬に跨ると、後ろに跨ったセシルが手綱を引いて一思いに駆け出した。




◇◇◇



 着いた先に待っていたのは、鉄の匂いと嗚咽、それから呻き声で充満した、目を逸らしたくなる惨状だった。横たわった男性の身体中に包帯が巻かれてはいるが、その包帯もシーツも血で濡れていて、意味を成していない。


「血が止まらないのもありますが、傷口の炎症も深刻でして……。せめてもの思いで鎮痛剤を投与しましたが、あまり効果はないようです」


 そばで見守っていた医師が深刻に語る。

 その表情はもう残りわずかの命だということを伝えていた。


 男性の手を握りしめて嗚咽を漏らす女性の隣へと膝をつくと、女性は今し方気がづいたとばかりに顔を向け、そして涙で枯れた目を見開いた。


「祈祷師様!? お願いです、どうか主人をお助けください! お願いします」


 女性の叫びが、力強く掴まれた腕から痛みとともにひしひしと伝わる。

 鼻の奥がツンとして、目尻も熱を持つ。

 唇をぎゅっと噛み締めた。



「この方のお名前は?」


「ブライアンです。とても仕事熱心で、周りからも頼りにされてて……」


「とても素敵な名前ね。貴女達をずっと力強く守ってくれていたのね」



 男性の手を握る女性と少女の手ごと両手で包み込む。


 男性は顔面蒼白で、苦痛に歯を食い縛っているせいか口の端からも血が出ている。呻き声も弱々しく、意識も力も朦朧としているようだ。



「聖霊様、どうか彼に癒しをお与えください。苦しみから解き放ち、傷をお治しください。どうか、彼らが笑い合える日々へとお導きください」



 聖霊に祈る。

 心の底から、祈る。


 今朝まではとても幸せな家庭だったのだろう。

 聞かなくとも、食卓に並べられた三人分の食器や部屋の中に飾られた小さな肖像画が幸福な日々を物語っている。


 こんな悲しみしか残らない別れがあってはいけない。



「エクラシア・フィデラーレ」



 紡がれた祈りの言葉とともに、腕輪から魔紋が発動する。


(彼女達の祈りも、聖霊様の元へどうか届いて)


 キラキラと周囲に散らばる光の粒は男性の身体に降り注ぎ、取り込まれるように消えていく。



(お願いします、聖霊様――!!)




 祈り始めてからどのくらい経っただろうか。

 一瞬か、それとも長い時間が経ったのか。時間の感覚がわからなかった。


「うぅ……」


 今までとはどこか違う呻き声に、伏せていた顔をあげる。


 男性は意識を取り戻していた。

 痛みをどの程度感じてるかは分からないが、苦痛で固く瞑っていた目からは涙が流れ、痛々しくも微笑んでいる。手が男性の意志で動き出したことに気づいて手を離すと、少女の頭を、そして女性の頬を震える手つきで撫でていく。

 口を開いて何かを伝えようとしているが、声が出ないらしい。


「……あぁ……今、水を……」


 腰を上げようとした女性の腕を、男性がか細い力で止める。

 声なき声で唇を震わせ、そして、流れる涙とともに瞳を閉じた――




◇◇◇



「嘘つき! あなたのせいでお父さんが……、お父さんが死んじゃった! 嘘つき! この偽物!!」



 立ち上がったリディアの行く手を遮った少女が握りしめた拳で何度もリディアの足を叩く。そんな少女を止めようと女性が後ろから抱きつくが、それでも悲嘆は止まらない。

 間に入ろうとした魔導騎士達へと頭を振り、少女と目線を合わせる為にリディアはその場にしゃがみ込んだ。


 そうして、びくりと後ずさろうとした少女の手を今度は優しく握る。


「貴女のお父さんを、助けてあげられなくてごめんなさい。貴女の願いを聖霊様に届けることができなかった私は祈祷師失格だわ」


 少女の右手を握ったまま首を垂れると、額が握った指にコツンとぶつかる。


 シンと静まり返った部屋の中、女性の浅く空気を吸う音と少女のしゃくり音だけが耳に届く。



「どうか、貴女方が悲しみを受け入れて笑って過ごせる日がくることを祈っています」



 呟いた祈りの言葉によって魔紋が発動し、リディアと母子を淡い煌めきが優しく包み込む。

 聖霊の加護が少しでも彼女達の心に届くように、強く、強く願った。





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