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宵に沈む「恋」なれば、  作者: 青葉 ユウ
-- 第1部 --
12/96

◇4ー1:異なる解釈



 朝、目が覚めて顔を洗う。

 気を引き締めるためにも、いつもより冷たい水を用意した。


 聖石と同じ淡い紫色をした張りのあるスカートと、ふんわりと柔らかな素材で作られた真っ白なブラウスに着替える。


 祈祷室で朝の祈りを済ませた後は、朝食をいただく。

 具沢山のオムレツと野菜スープを食べていると、料理長が移動中にと焼き菓子を包んだ小袋をくれた。


 部屋に戻って再度クローゼットを開けると、白地に金糸で縁取られたジャケットを羽織る。カッチリとしたジャケットは一気に気を引き締めてくれる。

 ここに来てから毎日着ているため、やっと“私の服”と違和感なく着れるようになった。


 次は一際輝く純白のローブだ。ローブの裾は光で輝く銀糸や金糸でクレマチスを模した繊細なレースが施され、所々に細かな聖石が縫い付けられている。

 触れることさえ恐れ多いこのローブを纏うのは、今日で二度目になる。


 最後に鏡台の隅に置かれた宝石箱から、金線で輪をつくった冠を取り出して頭にのせる。装飾の一部である一際大きな聖石が頭の後ろで僅かに揺れた。



 心臓が早鐘を打ち続ける。


 心を落ち着かせるために、微かに震える手を組んで祈る。



 冠から垂れ下がる薄布越しに見る景色は、どの様なものだろうか。私は皆にとっての何になれるだろうか。



 聖霊様に祈る。

 今日この日を見守っていてくださいと。

 私たちの祈りをどうか聞き届けてくださいと。



「さて、そろそろ出発の時間ね」



 あの日、心を奪われた祈祷師様に少しでも近づけたら嬉しい。


 ついに私にとっての初任務、聖堂の巡回日がやってきた。





◇◇◇



 車輪の音に合わせて全身に振動が走る。

 窓から見る景色は王都の賑やかな街並みから離れ、果樹園や田園といった自然豊かな景観へと変わっていた。



「緊張しているのか」


「そんなこと」


 ない、と否定しようとした声は、リディアから窓の外へと顔を背けたセシルに遮られた。



「血の気の引いた手をしている」



 言われて、視線を手元へと移す。


 震えは自室を出る前に止めていた。

 怖気付いている姿は見せまいと毅然とした態度になるよう意識していたので、見破られると思っていなかった。

 それに、膝の上で揃えた手はほとんどがローブで隠れているため、見えても指先程度のはずなのに。



 リディアがはぐらかそうと口を開くよりも早く、セシルと並んで座っていたリオが風を切る勢いで顔を向けた。


「そうだったんですか!? 俺も初めてなんで、ずっと緊張してて……って、うわ! 冷え切ってますよ!?」


 ぎゅっと強く握られた手から、温もりが伝わる。

 驚きで目を見開くのとは反対に、素っ頓狂な声をあげないように口を引き結んで、なんとか笑みを保つ。



「リオ、離してやれ」


「へ?」


「貴族は不用意に肌に触れない」


「あ……すみません」


「いえ、驚いてしまっただけだから――」



 気にしないでと続けようとしたが、その言葉はセシルによってまたもや遮られた。



「君も君だよ。そんなあからさまな反応だと先が思いやられる」



(その“あからさまな反応”にならないようにしたつもりなのよ……)



 貴族ならば常にお互いが手袋を身につけているため、直に肌に触れるということは余程親しい間柄であることに他ならない。


 けれどリディアとて、ここが巡回先で相手が祈祷師に会いにきた人々だったならば驚きはしなかった。


 祈祷師が祈り、祝福を与える際には腕輪を嵌めた手でその相手に直に触れる必要があるからで、また、祈祷師を介することで人々の祈りが聖霊に必ず届くと信じられているからだ。


 そもそも祈祷師から手を握ることが絶対で、人々から先に祈祷師の手を握ることは好ましくないとされている。

 それは聖霊の加護を与えられた祈祷師は聖女の意志を継いで行動していると考えられているからであって、例外があるとすれば幼児くらいだろう。


 ただ魔導騎士しかいない馬車の中で突如に手を握られるという予期せぬことに驚いてしまっただけなのだ。



 こんなこと言い訳にすぎないのは分かっている。

 だから言おうとも思わないが、自然と心は沈む。


 生まれ育ってきた習慣に対する意識は変えたいと思っても、なかなか変えられない。それがなんとも歯痒い。



「副団長! 俺が考えなしだっただけですから。リディアさんの様子に気づきもしませんでしたし……」


「お前はまずその緊張を捨てろ。実力が発揮されないなら護衛にならないだろう」


「ううっ」


 リディアを庇いながらも自分を責めたリオはセシルに咎められて気落ちしている。


 方法はともかくリオが気遣ってくれていたことは明白で、その優しさになにか返せないかと思考を巡らせると、一つの名案が浮かんだ。



「ねえ、リオ。あなたを一度祈らせてくれない? そうしたら、お互いに緊張も解けると思うの」


「いいんですか!?」



 身を乗り出して目を輝かせる姿にホッと胸を撫で下ろす。


(今回は危険な任務でもないし、健康を祈るのがいいわよね)


 リオについて知っていることは少ない。

 魔導騎士に成り立ての新人で、リディアよりも二歳下ということだけだ。本当は無事に戻ることを待っているであろう家族や、リオ自身の叶えたい願いを知れたらいいのだが、それは今じゃない。リオから話がない限りは詮索するつもりもなかった。



 聖霊へと呼びかけながらリオの手を握ろうとすると、和やかになった空気を切り裂く重低音が響く。




「やめろ」




 それは聴き覚えのあるものだった。



 忘れようと思っても中々頭から離れてくれなかった、思考も行動も抑圧させられるほどの、あの声。




「祈りは安売りするものじゃない。力を使いすぎるな」



 祈ろうとした手を掴まれたわけじゃない。


 セシルはただ腕と足を組んで外を眺めており、こちらに見向きもしていない。

 それなのに、伸ばしていた手がビクリと引っ込む。

 なにがセシルの琴線に触れたのか見当もつかない。



 しかし、今回ばかりは言われるがまま引き下がるつもりもなかった。



「安売りなんて言葉は酷いのではなくて? 歴代の祈祷師様は祈るたびに強く眩くなっていったと司教様が仰っていたわ」


「祈祷師の祈りは特別なものだ。時と場を考えろと言っていることが君にはわからない?」


「それはわかっているけれど、今が全く無意味とも思わないもの」



 基準はとても曖昧だ。


 祈りは結局のところ個人の感情次第だし、祈祷師の意志は聖女の意志と見做される。


 例えこの国の王であろうと、その基準を明確に設定することは不可能なのだ。そんな事をすれば、聖霊信仰が根付いているこの国ではたちまち愚王として評価されてしまうだろう。



 だから今回のように意見が分かれてしまうことは仕方のないことだとリディア自身思うし、どちらかが折れなければ平行線を辿る論争でもある。



(そこまで反対するようなこと?)


 祝賀会での忠告は祈祷師や魔導騎士に関する内情を何も知らなかったためセシルの言葉が全く理解できなかったし、それが当然だった。そして、祈祷師になることを断らせるための嘘だと結論づけた。



 では、今回は?



 祈祷師や魔導騎士、そして活動する上での必要な知識は粗方教わっている。目の前にいる魔導騎士団副団長は、仕事は細かなところまで調整を行うし、些細な変化にも目敏く気づく優れた者だということも知った。


 けれどセシルが祈祷師に対して抱いている感情は、多くの人が抱く崇拝や憧憬とは明らかに違う。


 その違いからくる言葉は、長年の付き合いでもなく個人的に親しくもないリディアには全く理解できなかった。




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