第9話:又兵衛、忠勝たちの想いを受け継ぐ
【慶長20年(1615年)五月一日 秀頼 23歳 大坂城・天守 】
これを使いましょう!
「『お菓子作り』スイーツ・ホワイトホール、ナイフ召喚!」
【スイーツ・ホワイトホール】
ホワイトホールから、お菓子そのものはもちろん、お菓子に必要なあらゆる食材や調理器具を出せる。
周囲にスイーツ磁場を発している。範囲内にいるものであれば、望んだ相手をお菓子に変えることができる。
ただし明確に生き物だとわかる相手は、お菓子にできない。
俺と幸村の手には、大坂城の高さを上回るほど長い、刃物が握られていた。
「行きますよ!このナイフなら、地上からでも大坂城が斬れる!」
「あ、ああ!この機会を逃す手はねえぜ!」
俺達は幸村の出したナイフを振り上げ、大坂城めがけて振り下ろした!
ナイフは、大坂城の天守に突き刺さり、そのまま大坂城を切り裂き、真っ二つにした!
そして、左右に分かれた大坂城が崩れ落ちようとしたその時!
どぐぉぉぉぉぉぉぉん!!
大きな音を立てて、大坂城が爆発した!!
「な、なんだ?火薬でも仕込んであったのか?」
「洋菓子を作る時に使う、ベーキングパウダーを城の中にたっぷり詰めてきました」
「太陽の衣の熱と、我々の入刀の刺激によりベーキングパウダーが大爆発を起こしたのです」
ちょっと待て、西洋では爆発するような食材を菓子作りに使うのか?
いや、本来はちょっぴり入れるだけのものなのだろう。
今回は爆発を主目的としたために、有り得ない量を入れたから、大坂城が弾け飛ぶほどの規模になったのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
爆発した大坂城の中から、衣装が燃えてボロボロになった、忠勝と半蔵が出てきた。
俺たちに攻撃を仕掛けるのかと思ったが、なんだか二人とも慌てた様子で俺たちに話しかけてきた。
「い、家康公を、い、いや秀頼殿もお救いせねば!」
その言葉に俺達は一瞬面食らった。家康の家臣である忠勝が家康を救うのは分かるが、秀頼様も救うというのはどういうことだ?
「どういう意味だ!お前達は秀頼様とご家族を殺すために大坂城に攻めてきたんだろう!」
「元々はその筈だったのだ。だが、魔皇帝をその身に宿してから、明らかに家康公はおかしくなられた」
「我らも今の今まで何者かに操られていた。お前達の絆に触れなければ、今も操られていただろう」
家康や忠勝達が魔皇族に操られていた?そして、俺達の絆によって忠勝と半蔵は元に戻っただと?
そういえば、今の二人には角や羽根がなく魔法少女に戻っているように見える。
「お前達にも絆はあるんだろう?自分達の絆で解けなかったものが、俺たちの絆に触れて解けるものなのか?」
「よくは分からぬ。だが我らの使う力とお前達の使う力は異なるようだ。そなた達の絆に触れた時、とても温かな気持ちに満たされ、気づけば魔皇族が我らの体から離れていたのだ」
温かな気持ちに?何だ、それは?クレオスだって魔皇族のはずだ。家康と俺達は同じ力を使っているのではないのか?
俺が忠勝の言葉に混乱していると、忠勝はボロボロになった自分の服を指さして言った。
「お陰でこの通り、我々は魔法少女ですら無くなってしまった」
そう言われてよく見ると、焼け焦げた二人の衣装は、家紋の入った袴のように見える。
魔法少女になるになる前に着ていた服ってことか?
しかし、二人の性別は女子のままのようだ。
ボロボロの服の隙間から乳房が見えそうで、目のやり場に困る。
ちらちらと、忠勝達を見る私に対して、半蔵は恥ずかしそうに目を背けた。
「……『性別』というすでに払った代償は変わらないみたいだね……」
ともかく……。
忠勝達は我らの絆に触れて正気を取り戻した。
しかし、そのために魔皇族の力を借りられなくなり、魔法少女ですらなくなってしまったということか。
「それで、自分達ではどうにもならないから、俺たちに家康を救えってのか?」
「しかし、魔皇族は貴方がたや家康を操って、何を為そうとしているのですか?」
そう尋ねた幸村に対して、忠勝は顔を青くして答えた。
「今の家康公……い、いや、家康公に憑依した魔皇帝クレカオスの目的は、もはや日ノ本の支配などではない!」
「クレカオスは、魔界に繋がる道、『魔道』を開こうとしている」
魔界に繋がる道を開く!?それは、魔皇族や魔皇帝が直接こちらに来られるようになると言うことか!?
魔力の供与や憑依ではなく、魔皇族そのものが来るとすれば、魔皇少女すらまるで及ばない魔力を扱えるのだろう。
確かにそいつは世界の危機だ。
「魔道が開けば、魔界から無数の魔物がこちらへと渡ってくる。もちろん魔皇族や魔皇帝クレカオスもだ!」
「そうなれば人類は滅亡だ。世界はクレカオスの暗黒魔力に飲まれ、魔物と魔族以外の生物は生きられなくなる」
人間が絶滅する!?い、いや人間だけではない。犬も猫も馬も植物も……。
忠勝の言葉が本当なら、魔物と魔族?という魔界の者達以外は生きられなくなるのだ。
「家康公を倒し、我らのように正気を取り戻させることが出来れば,まだ間に合うかもしれぬ」
「じゃ、じゃあ早く地下室に行かねえと!俺たちが力を貸して、何とか秀頼様を勝たせねえと世界の終わりじゃねえか!」
俺は周囲を見渡す。大坂城が無くなってしまったため、地下室の入り口がどこだったのか、分からなくなっている。
「ええ、急ぎましょう、地下室はあそこです」
幸村は少し離れたところを指差して言った。確かにあの辺りから、異常な魔力を感じるな。
「ま、又兵衛!幸村!」
忠勝に呼び止められ、俺達は振り返る。
「必ず、皆を!この世界に生きる全てを救ってくれ!!」
「……私達は、もう祈ることしかできない。だからお願い……」
「ああ、もちろんだ!」
「お前達の主人を思う気持ちは俺たちと同じだ!それに世界を守るためには、家康も救わなきゃいけねえ!」
「必ず助けるぜ!家康も秀頼様も、世界もだ!」
そう叫びながら、俺と幸村は地下室の入り口に向かって走り出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【慶長20年(1615年)五月一日 秀頼 23歳 大坂城 地下室『降魔大神宮』】
[秀頼視点]
飛翔の魔法で壁と天井を突き抜けた私は、地下室の天井もぶち破り、ついにあの不気味な地下室へと突入した。
そこには、家康らしき魔法少女と母上がいた!
魔法少女の家康は、眼鏡をかけていて、青い三つ編みの髪が特徴的だ。
身長は私達よりは高いが、忠勝よりは低いか?5尺と……3寸ほどはあるだろう。(160㎝ほど)
衣装は形だけなら巫女のようだが、全体的に色が黒っぽい。
それと、なぜか脇の部分が露出している。
「ようやく来ましたね。会うのは二条城以来、4年ぶりでしょうか?あの時、お招きいただいた通り、大坂に来ましたよ」
家康は落ち着いた話し方で微笑みながらそう言った。
4年前、私は破れかぶれで家康を挑発した。その結果、こうして大坂城が危機に追い込まれたわけだが、あの時はああ言わねばそのまま徳川の臣下に降らされてしまっただろうからな。
「私も、そなたに会うのを楽しみにしておったぞ。それにしても、天守で会うかと思えばこのようなところで会うとはの」
「ふふふ、それは仕方ないでしょう。この場所こそ、貴方達にとっても私達にとっても、とても重要な場所なのですから」
ここが重要な場所……。それはクレオスを呼び出した場所だからか?
だが、家康達もどこかにこのような祭壇を持っていて、魔皇族を呼び出しているのであろう。ならば、どうしてここがそこまで重要なのだ?
ここを潰して、我らを変身できないようにするつもりなのだろうか?
「それはどういう意味なのだ?この場所はそなた達にとって、どんな意味を持つ?」
「その質問に答える必要はありませんね。知りたければ、私を倒せば良いでしょう」
さっそく戦闘態勢に入った私と家康に対し、後ろについて来た影・秀頼と影・又兵衛が割って入った。
「待ってください!僕達だって、戦います!せっかくついて来たんですから」
「そうそう!このアイドル・魔法少女、影・又兵衛ちゃんを忘れてもらっちゃ困るわ!」
そう言って、影・秀頼はくまのぬいぐるみを家康の前に置いた。
「人形遊び!」
『オイラの選ぶ遊びは『じゃんけん』!』
くまのぬいぐるみがそう叫んだ。なるほど、じゃんけんなら戦闘力に差があっても、運次第で勝てる可能性があるかも知れぬ。良い作戦だな。
「面白い魔法ですね。では、お付き合いいたしましょう」
「『じゃんけん・ぽん!!』」
家康が出したのは『グー』、影・秀頼のぬいぐるみが出したのは『チョキ』か。残念だが、家康の勝ちだな。
だが、その瞬間に家康は私達が予想しなかった行動に出た。
「『暗黒拳』!!」
そう言って家康は『グー』の拳をぬいぐるみの『チョキ』の手にあてる。
すると、ぬいぐるみの体内にあった影・秀頼の魔力が霧散して、ぬいぐるみは動かないただのぬいぐるみになってしまった。
「く、くまごろう!!なんてことをするんですか!!」
「敗者には、相応の対価が伴うものですよ。それにもう一度魔力を込めれば動かせるのでしょう」
「そ、それはそうですけど……」
ぬいぐるみはまた動かせるらしいが、家康にまた同じ技を使われれば結局動かなくなるだろう。
実質、この戦いに影・秀頼の力は使えなくなったと言うことだ。
それより、何だ?今の家康の攻撃は?拳が触れただけで魔力が霧散したぞ?
これが家康の魔法なのだとすると、どう戦ったらいいのかわからぬな。
触れた魔力を霧散させられるのであれば、私の『ぬいぐるみにする魔法』もやつに当たった時点で霧散させられてしまうだろう。
身体強化するような魔法なら、まだ戦いようがあったかも知れないが……。
「みんなー!可愛いは正義っだよ!!」
影・又兵衛がそう言うと、私に向かって影・又兵衛の魔力が星になって飛んできた。
それによって、私の体に力が溢れてくる。これまでの何倍もの速度で動けそうだ。
「これならば!」
そう言って私は家康に接近する。
「『暗黒拳』」
家康はそう言って掌を私の体にぶつけた。いわゆる掌底というやつだ。どうやら暗黒拳は拳を握らずとも使えるらしい。
影・又兵衛が与えてくれた星の力が霧散し、掌底を食らったことで私の体も近くの壁まで吹っ飛ばされた。
「ぐああっ」
「あ、あたしの『応援』でもダメなの!?」
これはそもそもの格闘センスが違い過ぎるな。家康は長年の鍛錬と実戦で、体術も含む戦闘技術を身に着けておるが、私は鍛錬だけは頑張って来たものの実戦経験はゼロだからな。
いくら身体能力を上げたとしても、触られたら無くなってしまうのでは意味があるまい。もちろん触らずに攻撃する方法など、こちらにはない。
いや、考えるのだ。魔法少女になってこれまで、クレオスが私に無駄なことをやらせていたとは思えぬ。
ならば、魔法少女が戦うための力は『絆』なのだ。これまでのことは単に眷属を作るだけでなく力を引き出すための鍛錬だったと考えられる。
絆をさらに深め、私と影達との力をさらに引き出すことができれば家康とまともに戦えるはずなのだ。
「まずは、影二人を消させていただきますね」
『暗黒炎』
【暗黒炎】
暗黒魔力を炎に変えて周囲を燃やす。その炎には暗黒拳と同じく魔力を霧散させる力がある。
「影二人は貴方と又兵衛の魔力から作り出されたもののようですね。この暗黒炎に触れればたちまち霧散するでしょう」
まずい、どうする!?二人が消されれば戦力は低下……いや、二人とだって少なからず絆を結んでいるんだ。
二人を消させてたまるものか!
想え、二人のことを!又兵衛と共に影・秀頼達と戦ったあの時を!
二人との戦い……そうか!
『きゅるきゅる くまくまりゃ~』
私は自分の姿を超巨大なぬいぐるみにして、影・秀頼と影・又兵衛の上に覆いかぶさった。ぶっつけ本番だったが、やはり変身するぬいぐるみの大きさは変えられるようだ。
そしてさらに!
『きゅるきゅる くまくまりゃ~』
もう一度呪文を唱え、影・秀頼と影・又兵衛を米粒よりも小さなくまのぬいぐるみにした。
いくら暗黒炎の範囲が広かろうと、ここまで小さいものに触れるのは簡単ではあるまい。
二人自身が逃げ回るなら、尚更だ!
一方、私は暗黒炎に触れて何度かくま化が解けかけるものの、その度に呪文を唱え直して、くまに戻った。
そんな私を見て、家康は一旦暗黒炎を止めて、私の胸元を見つめてきた。
よく見ると、私の胸元で何か印のようなものが輝いている。
「友を守る絆の力……すでに天照紋が目覚めているのですね。これは一刻の猶予もありません」
「天照紋?」
私のとぼけた返事に対して、家康は覚悟を決めた表情になった。
「もはや、この私の躯を捧げて魔道を開き、この身に魔皇帝クレカオスを宿らせるしかないでしょう」
「ま、魔皇帝じゃと!?そ、それに……待て、躯を捧げればお主は死ぬのだろう!?どうして、何のためにそのようなことを!」
「それはもちろん、この世を暗黒の闇に染めるため……。あの日の暗黒を取り戻すためですよ」
「あの日じゃと?世界は一度暗黒になったことがあるのか?
「それは……見てのお楽しみ、ですよ」
周囲が夜になったように真っ暗になり始め、家康の眼の光が失われていく。
「ま、待て!家康!!どうしてそこまでして世界を……」
「守って……くれ……」
「え?」
「秀忠を……皆を……ワシはこれまでだ…だ、か……ら……」
家康の言葉は途切れ、家康の体に膨大な魔力が入り込む。
躯の飾られた祭壇に、黒く円状の穴が開きそこから、羽根と角が生え、そして三国志の関羽のような立派な髭が特徴的な魔皇族が現れた。
「ようやく現世に戻れたか。それじゃあ、俺の暗黒世界を取り戻すとするかな」
ついに魔皇帝クレカオスが現世に現れた。