第6話:又兵衛、秀頼の気品に憧れる
【慶長20年(1615年)五月一日 秀頼 23歳 オーロラの海 】
私と又兵衛はそのままの勢いで、再びオーロラの海を泳ぎ始めた。
オーロラ海の中で私は、水をかく度に又兵衛の話を思い出した。
又兵衛もまた、私の背中を見た時のことを思い出しているのであろう。
なんと言うか、しっくり来た感じだ。
心の繋がりを通じて、互いの魔力を通い合わせているような不思議な感覚がする。
泳げば泳ぐほど、私と又兵衛の魔力は同調していき、今では自分の魔力と又兵衛の魔力の区別がつかぬほどだ。
やがて私たちはオーロラの海を泳ぎ切った。
たどり着いた場所は南蛮人から伝え聞いた切支丹の神殿のような場所だ。
中央に台があり、その上に華美な装飾の杯のようなものが置いてある。
あれが聖杯だろうか?
「又兵衛よ。どうやらたどり着いたようじゃの」
「ああ、とっとと聖杯ってのをもらって帰ろうぜ。モタモタしてると、城内に徳川勢が入ってくるかも知れねえからな」
そうなれば、母上はもちろん私の家族は皆殺しであろう。
そんなことにさせてたまるか。せっかく女子にまでなったのだ。私と幸村と又兵衛が、必ず家族と家臣を守って見せる!
私がそう考えていると、又兵衛が聖杯に近づいて行く。
足枷で繋がれている私も、又兵衛の後をついて聖杯に近づく。
そして又兵衛が聖杯に触れると……
「こいつが最後の試練じゃぞ。しっかりと二人の愛を見せつけるのじゃ!」
クレオスの言葉と共に、私達の影から二人の人間が現れた!
一人は……信じがたいが、どうも子供の頃の私のようだ。見覚えのある熊のぬいぐるみを抱えている。
もう一人は、今の女子になった又兵衛に似た少女だが……見たことのない南蛮の煌びやかな衣装で着飾っているな。
「あいつは、あの時の……プリンセス・ドレスか!」
「そーそ。あたしは、あん時の君。『おしゃれするために女の子になれた』君だよ!」
「そして僕は、『ぬいぐるみが本当に徳川軍を打ち破った』僕だ!」
「おしゃれのために女子になれた又兵衛と、ぬいぐるみが徳川軍を破った私だと!?」
これは幻覚なのか?それとも何らかの魔法で実体化されたものなのか?
ともかく過去、我々がなりたいと思っていた存在が今ここにいる!
「そうじゃ!聖杯は、己がなりたかったりそうの自分を映し出す!」
「その理想の自分に打ち勝つことで、より良い自分になるというのが、この試練の肝じゃ!」
「ただし、そのためのキーになるのは、やはり二人の絆じゃからな!そこを忘れるでないぞ!」
理想の自分……こやつらが私達の思い描く理想なのか。
確かに私はいまだにぬいぐるみをとってあるほど、熊のぬいぐるみを気に入ってはいた。
それにできることなら、この難局を私の代わりに誰かに任せたいという想いもある。
つまり、この気持ちを乗り越え、ぬいぐるみなどより幸村と又兵衛を信じる心をもっと強めることが、過去の理想を超えた成長という訳か。
そう思っていると、『ぬいぐるみが戦ってくれた』私が動き始めた。
「そちらから来ないならば、こちらから仕掛けるよ!」
「人形遊び!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【人形遊び】
熊のぬいぐるみが、相手に対して『遊び』を持ちかける。
相手は断ることができない。
遊びの種目は熊のぬいぐるみが決める。
負けた側は『罰ゲーム』を行う。
罰ゲームは、実行者が本人及び周囲に危害を加えないものに限られる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『ぬいぐるみが戦ってくれた』私……長くて呼びづらいな。
やつらは我々の影から生み出されたらしい。よって、ここからは影・秀頼、影・又兵衛と呼ぶとしよう。
影・秀頼が『人形遊び』と叫ぶと、彼が抱いていたぬいぐるみが動き出し、私の方へトテトテと近づいてきた。
『オイラの選ぶ遊びは『鬼ごっこ!』」
「……いいだろう」
こんなところで鬼ごっこなどしている場合ではないという意思とは裏腹に、相手の申し出を受け入れてしまった。
これも影・秀頼の魔法の効果か?
「オイラを捕まえられたら、おまえたちの勝ち!大坂城が落ちるまでに捕まえられなかったらオイラの勝ちだ!」
なるほど、時間が限られている以上、勝ち負けの決め方はそれしかあるまい。
本当の鬼ごっこの決まりだと、次々と鬼が入れ替わり終わりがないからな。
「それで罰ゲームと言うのは何だ?恐らく負けた方が受ける罰則という意味なのであろう?」
ゲームという言葉は知らぬが、文脈から読み取ることはできる。
ここで聞きたいのは、言葉の意味ではなく罰則の内容だ。
「罰ゲームは、『大坂城を見捨てて、ここで僕達と暮らすこと』だ!」
「この戦いに勝てば、あたし達は影に戻らずに済むんだけど~。二人きりじゃ寂しいじゃない?」
「だから君たちにはここに残って僕達と暮らしてもらう。どうせ、僕達を倒せなければ、戻るところも無くなるんでしょう?」
確かに大坂城が落ちてしまえば、徳川による残党狩りが行われるはずだ。
私が戻る場所など、無くなってしまうだろうな。
「その条件は確かに我らには辛いものだが、そなたの魔法ならば何でも要求し得るのであろう、本当にそれが望みで良いのか?」
「もちろんだよ!僕達は君たちを通して、外の世界の危険性を知っているから、この空間から出たくないんだ」
「でも二人きりは寂しいとも思っている。だから、危険性の低い家族が必要なんだよ」
何と言うか、こやつ等はただの『影』ではなく、きちんと人格のある一人の人間なのだな。
それだけに、改めて確認しておかねばならぬことができた。
「もし我らが勝ったら、そなた達は影に戻るのか?」
「そだね~。でもあたし達もさあ、せっかく自我もったんだし消えたくないよね~」
なるほど。二人が意思を持っていて消えたくないならば、私の望む『罰ゲーム』は一つだ。
「ならば、我らが勝った時は、我らの『仲間』となって外の世界に出るのだ!」
「なんだって?こいつらも眷属にするってのか?」
クレオスの話では、眷属が増えれば私の魔力は高まるという。
どうせ、我らはこやつ等を消す決断などできぬのだ。ならば、有効活用させてもらうしっかあるまい。
「俺や幸村みたいに、試練を課されるんじゃねえのか?」
「いや、この試練の中で秀頼ちゃん達は『影』の気持ちを理解することを求められるはずじゃ。それができたときには『絆』は結ばれていると思って良いじゃろう」
つまり、勝とうが負けようがこやつ等も、そして我らも生き残れるという訳か。
だが負ければ、大坂城の者達は殺される。負けるわけには行くまいな。
「条件は決まったようだな!それじゃあ、行くぜーっ!」
そう言ってぬいぐるみの熊が走り出す。私と又兵衛は慌てて追いかける。
しばらく追い掛け回したが、この熊の足は私達より早いようだ。それとも、『遊び』自体がそのような魔法なのだろうか?
「僕の魔法『人形遊び』で使役されているぬいぐるみは『遊びの達人』!つまり、選んだ遊びでは絶対負けない能力を持ちます!」
なるほど。ということはまともな方法で挑んでも絶対捕まえられないわけだ。
しかも私の魔法は相手をぬいぐるみにするものだから、元々ぬいぐるみのこやつにやっても意味があるまい。
この戦いは又兵衛の魔法次第ということか。
相手の虚をついたり、走りに緩急をつけたりして追いかけるが、どうしても捕まらない。
又兵衛は何とかして協力しようと魔力を練っているようだが、聖杯とやらが無くても何かの魔法が使えるものなのだろうか?
しかも、影・又兵衛の方はまだ何の攻撃もしてきていない。こちらが何か手をうてたとしても彼女の魔法で封殺されるのではないか?
「又兵衛!このままでは、埒があかぬ!何かないか!お主と私を繋ぐ、何か特別な思い出が!」
「……あるぜ!そうだ、俺の求め続けたもの、俺の夢!それがあの出来事に詰まっているんだ!」
そんな出来事があったのか!?しかし、それならそれで何故 私は今日まで又兵衛のことを良く知らなかったのだ?
一体、どんなことがあればそんな事態になる?又兵衛の目指す夢に私が関係しているのに、私が又兵衛についてほとんど知らないなどということがあり得るのか!?
【秀頼の威厳】
それはあの日『二条城会見』の時だ。
家康が関ケ原に勝ち、家康そして秀忠が将軍になったことで秀頼様が関白になれる可能性はほとんど無くなった。
そんな中、家康と秀頼様が京都・二条城で会見することになった。これには豊臣家に臣下の礼をとらせる目的があった。
家康が歳で死んでしまう前に豊臣家を降らせようというわけだ。逆に言えばこの会見で秀頼様が膝を折らなかったから、大坂の陣が起きたとも言える。
「久しぶりであるな。家康殿」
そう言った秀頼様の所作には気品と威厳が溢れていた。
確かに秀頼様は子供の頃から、関白を継ぐものとしてあらゆる作法を練習してきた。
だがあの時の動きには、ただの動作ではない威風堂々とした気品が宿っていた。
その姿を見た家康は一瞬だが言葉を失い、すぐに返答できなかった。
秀頼様の動きに見とれたのだ。そしてすぐに、この男を生かしておいては徳川の未来はないと思ったのだろう。
そしてしばらく歓談した後の、秀頼様の言葉が衝撃的だった。
「次は大坂で会おう」
あの時の秀頼様は若年ながら、豊臣のおかれた状況をきちんと理解していた。
にも関わらずあの家康に対して言ったのだ。
今度はお前が大坂に来い、と。
言葉だけ聞けば観光に来れば案内するという意味にも取れるが、そもそも家康は臣下の礼をとらせようとして江戸によんだのだ。
それを今度はお前が来いというのは徳川には従わないということ。
徳川が攻めてくれば相手をするし、戦いたくなければ、降伏しに来いということだ。
秀頼様は、豊臣の劣勢を認識してなお、何一つ恐れることなく堂々と、その言葉を言い放った。
しかもあらゆる作法に則った動き、話し方でだ。
それを見て俺は、自分が英雄になるのた足らないのはこの気品なのだと感じた。
そして目の前の英雄を何としても殺させないと誓ったんだ!
【秀頼の威厳:終わり】
「そ、そうだ!俺は、いや私は気品を身に着けねえといけねえ!!」
「せっかく可愛くなったんだ、この可愛さを活かす気品があれば、魔法は使える!!」
「魔法プリンセス又兵衛・エレガント!!」
又兵衛がそう叫ぶと同時に又兵衛の魔力が、西洋鎧を来た騎士に変化していく。
と言ってもその大きさはぬいぐるみと変わらぬ程度だが、とにかく数が多い。
影・秀頼のぬいぐるみと同じほどの大きさの鎧騎士が十体ほど現れた。
「行け!プリンセス・ガード!!ぬいぐるみを捕まえるのだ!!」
さすがのぬいぐるみも、同じほどの素早さをもった相手が十体もかかってきてはひとたまりもない。
鎧騎士達の手がぬいぐるみに触れた……と思った瞬間、突然 影・又兵衛が叫んだ。
「この魔法アイドル・又兵衛のことを忘れちゃ駄目よ!」
そう言って、影・又兵衛が激しく踊り始めた。
「ほわわん きゅるるん 私は又兵衛♪」
「きらめき どきどき ときめきビーム」
そして心をときめかせるような歌詞の歌を歌い始めた。
私も又兵衛も、その歌と踊りに見入ってしまう。これが影・又兵衛の魔法か!
影・又兵衛は、手を振り足を振り時には回転してこちらに愛嬌を振りまく
彼女が踊るたびに彼女のまとう魔力が周囲に光となってキラキラと振りまかれる。
そして動きを止め、こちらを指差したり片目を瞑る仕草を見せた時には、魔力が星の形となって飛び出した。
「みんなー!可愛いは正義っだよ!!」
その言葉と共に、影・秀頼のぬいぐるみの熊の背中に羽が生えて、熊耳に赤と白のリボンがつき、瞳が星になって、お腹にハートの紋章が浮き上がった。
これは、ぬいぐるみの可愛さを高めることで強化したのか!
そう思った瞬間、鎧騎士達が捕まえたと思ったぬいぐるみが、霧のように消えた!
「中々やりますね。でも、僕達のコンビネーションには勝てませんよ」
又兵衛が『気品』に目覚め魔法が使えるようになったというのに、まだ敵わぬのか?
つまり、そうか過去の絆ではなく……今!ここで、私と又兵衛が新たな絆を紡ぐ必要があるのだ。
そうすれば、目覚めるはず。私と又兵衛の新たな力、併せ技の魔法が……!!