第5話:又兵衛、魔法プリンセスを目指す
【慶長20年(1615年)五月一日 秀頼 23歳 大坂城 評定の間】
気づけば、私と幸村は元の『評定の間』にいた。
だが妙だ。ついさっきまで評定の間には、家臣がごった返していたのに、今では母上と又兵衛を残して、誰もいなくなっているではないか!
「母上、これはどうしたことです。皆はどこへ行ったのですか」
「ついに、徳川の襲撃が始まったのです。又兵衛は『試練』のために残ってもらいましたが、他の者は迎撃に向かいました」
徳川が、ついにこの大坂城まで来たのか!まずい、もう本当に時間がないではないか。
こうしている間にも、家臣達のかけがえのない命が失われていく。モタモタしている暇はないぞ!
「又兵衛、どうやら時間がないようじゃ。私と一緒についてきてくれるか?」
「ああ、もちろんだぜ。一人だけ残されてうずうずしてたところだ。早く試練ってのに連れて行ってくれよ」
相変わらず口は悪いが、幸村と並んで豊臣家で一番頼れる男なのだ。多少のことには目をつぶらなくてはな。
「では、クレオス。どうすれば試練を始められるのだ?」
『ふむ、それでは 『またまた又兵衛 ぴかりん てぃんくる』と唱えてくれ』
何だか、今度は又兵衛の名前を呪文に含めてきたな。幸村のときはこんな感じではなかったと思うのだが。
まあいい、徳川が城に攻めかけているのだから、細かいことを気にしている場合ではないな。
そう考えて私は、覚悟を決めてクレオスの言った呪文を唱えた!
「『またまた又兵衛 ぴかりん てぃんくる』」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【慶長20年(1615年)五月一日 秀頼 23歳 オーロラの海 】
呪文と共に、私達は不思議な空間に転移した。
まるで虹の中にいるように、周囲は七色の光に覆われている。
『これは『オーロラ』というものじゃ、太陽風とか細かい説明はせんが、北方で見られる自然現象じゃな。綺麗じゃろう?』
「自然現象はわかるが、このように中に入ることができるものなのか?」
虹であれば、どう近づこうとしても近づけぬものだが。
『普通は無理じゃのう。じゃから、このオーロラは魔法でできた特別制じゃ。触れてみよ、液体のようになっておるじゃろう。お主らの試練は、このオーロラの海を力を合わせて泳ぎ、向こう岸にある『聖杯』を手に入れることじゃ』
「聖杯?とは何だ?」
『あー、又兵衛ちゃんの魔法を引き出すためのキーアイテムというとこじゃな。装飾がついてキラキラしておるから、見れば分かると思うぞ』
これまで出てきたステッキや衣装のように可愛い感じの何かが置いてあるということだな。見ればわかるというなら問題ないか?
「それでよう、この足枷は何だ?」
又兵衛の言葉を聞いて、私は自分の足を見た。そこには見たこともない材質の足枷がはめられていて、又兵衛の足かせと鎖で繋がれていた。
『この試練は二人の絆を高めるためのものじゃからの。二人三脚スタイルで、向こうまで泳ぐのじゃ!魔力の波長を合わせれば、難しくはないぞ』
なるほど、先ほどの料理のようにこれも魔力の波長を合わせる訓練なのか。
そして共に困難を乗り越えること自体も、絆を深めるきっかけになるであろう。
「又兵衛よ。これが必要な手順というならば、やってみるしかないだろう。何せ徳川軍は城の外まで来ているのだからな」
この空間にいれば私達だけは安全かも知れぬが、城には母上も幸村も、私の嫁や子もいるのだ。
できるだけ早く、力を手にして又兵衛と共に戻らねばならぬ。
「ああ、秀頼様がいうなら異論はねえぜ。さっそく泳いでみよう」
「待った待った!挑戦の前に、又兵衛ちゃんに自分の姿を見てもらわねばなるまい!」
「せっかくわらわが、ピッタリ似合う衣装を考えたのじゃぞ!」
そう言われて、又兵衛の方を見ると、確かに私や幸村のように、又兵衛が女子になっている。
しかしこれは……私たちより見た目が随分幼いな。
髪型は、特に結ばれていない腰ほどまである長い髪と言ったところか。
服装は橙色を基調とした、華やかな衣装だ。
それに赤や白の花飾りが至る所にあしらわれている。
下半身は丈が地面につくほど長い、『スカート』なるものを履いている。
背丈は私より頭一つ低いだろうか?
10歳くらいか、もう少し下に見える。
このような体で戦えるのか?と思わぬでもないが、魔法で戦うのであれば問題ないのであろう。
「魔法姫・又兵衛ちゃんじゃ!」
「全身に花をあしらい、『華のプリンセス』をイメージしてみたのじゃ!」
「どうじゃ?感想は?」
そう言われた又兵衛は、女子らしい高さに加え、少し幼さの残る声で答えた。
「どうって、こんなヒラヒラしたの俺には似合わねえだろう」
又兵衛は繋がれた足を煩わしそうにしながら、クルクルと回るような仕草で、自分の着ている服を確認する。
身長が低くなったせいか、動きづらいようで、転ばないかヒヤヒヤするな。
「そんなことはないぞ!言ったであろう!又兵衛ちゃんにぴったりの衣装を選んだと!」
「ほら、見てみるが良い!」
クレオスは、私や幸村の時にも出した姿見を又兵衛の前に出した。
又兵衛は、自分の姿にあまりに驚いたのか、鏡を見つめたまま、動かなくなってしまった。
「又兵衛よ。女子となって衝撃が大きいのはわかるが、今は一刻を……」
「か、可愛らしい、なんという可愛さだ。これが俺か!」
「そうか、これだ。これが俺の望んでいた姿か。そうか、これでいい。これでいいぞ」
どうやら又兵衛は、幼女に近い自分の見た目を気に入ったらしい。
私には理解が難しいが……。
いかん、これでは絆を結ぶどころか、心の距離が開いてしまう。
「又兵衛!今の姿が気に入ったなら、それは喜ばしいことだ」
「じゃが、今は江戸方が城にまで押し寄せている。絆を深める試練に集中してくれ」
クレオスの茶番に付き合うのもここまでだろう。
「ああ、すまんすまん。そうだったな。まあ大丈夫だ。この姿なら、何でも出来そうだぜ」
大した自信だな。根拠が無さそうなのは気になるが、この状況では自信過剰なくらいで丁度良いだろう。
「よし、では今度こそやってみよう。いいか?息を合わせるのだぞ」
「ああ、合点だ!」
私達は液体のようなオーロラの中をかき分け、先に進もうとした。じゃが、進めば進むほど、足枷が重くなってきて、どんどん下に沈んでしまう。
「あっ!」
危ないと思ったときにはもう遅かった。下のオーロラのない空間まで沈んでしまったらしく、私達の体はオーロラから投げ出され、落下した。
ヒューーーーン
妙な音と共に私達は、最初の出発点に転移していた。
『このように、例え失敗したとしてもスタートに戻されるだけじゃからの。安心して挑戦を続けるが良い』
落ちても戻ってこられるのか……。どのような仕組みになっているのか気になるところだが、今はそれどころではないだろうな。
それよりも今は、又兵衛と力を合わせトラップを突破することだ。
「よし!もう一回やってみるぞ。そうだな、今度は『1、2』と声を合わせることで、互いが水をかく時期を合わせてみよう」
「いいな、それなら行けそうだぜ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから私達は何度となくオーロラ遊泳に挑戦したが、どうしても上手くいかなかった。
水をかく時期は合わせることができたのだが、又兵衛の魔力操作がどうしても上手くいかぬ。
そして、いくら上手く水をかいたところで、互いの魔力操作がバラバラではまるで泳げぬのだ。
そこで私は考えた。幸村の時は過去の思い出が起点になった。今度も過去の思い出によって魔力を合わせることができるのではないか?
「クレオスよ。さっきのトーク・サイコロとやらを使ってくれ。このままでは埒があかぬ」
二人の過去を共有すれば、何か打開策が思い浮かぶはずじゃ。また恥ずかしい話をすることになるかも知れぬがやむを得ぬ。
『いやいや、お主達にはサイコロなど必要ない、仲良しエピソードがあるではないか』
「エピソード?出来事という意味か?しかし私は今日まで、又兵衛のことをほとんど知らなかったのだぞ?」
もちろん父の忠臣として活躍していたことは聞いたことがあったが、あくまで人づてに聞いたもので、直接又兵衛に会ったことなどほとんどないはずだ。
「そうか、あの時のことだな。秀頼様は小さかったから覚えてねえかもしれねえが」
そう言われて驚く。小さい時がいくつぐらいのことかはわからぬが、私と又兵衛を結び付ける強い思い出があるということなのか?
「私は覚えておらぬが、一体何があったのだ?」
【又兵衛が秀頼を救った話】
【慶長3年(1598年)八月十八日 秀頼 6歳 大坂城 評定の間】
その日、大坂城は静まり返っていた。お加減が悪いとは聞いていたが、ついに太閤殿下が亡くなられたのだ
城を上げての葬式が行われ、諸大名も参列したが終わってみれば寂しい雰囲気が漂っていた。
あの破裂するような笑顔がもう見られぬのだと思うと心が痛くなる。
その日の夜、城内の者は皆寝静まり物音一つしない真夜中の事……。
俺は小用のため便所に向かう途中、城外にあり得ない人物を見かけた。
「あれは?まさか秀頼様か?どうしてこんな深夜に、外を歩いてんだ?」
そこに忍びの様な女が接触しようとした。
俺は慌てて、城を飛び出し女を止めようとしたが、突然意識が朧げになり、その場に寝転んで泣き始めた。
「……徳川魔法鬼士の『裏』 魔法忍者・半蔵……」
「豊臣秀頼の身柄、確かに頂いた」
その女は、全身が忍び装束で顔も般若の仮面で覆われており人相は見えなかった。
だが、仮面の奥から怪しげな魅力が溢れていて、顔も見ないのに美人だと分かった。
俺は体も自由に動かねえし、無性に泣きまくってしまうしで、まるで抵抗できなかった。
だが、その瞬間、俺の前に俺を守る様にして秀頼様が立ち塞がった。
どうやって女の手から抜け出したのか?
何故、守られるべき秀頼様が飛び出したのか?それは分からなかった。
だが俺は、その背中をとてつもなく頼もしく感じた。
そう、あれは秀吉公と同じ、自分では戦えもしねえのに、先陣に立って旗を振り声を上げて皆を鼓舞した秀吉公の背中と同じだ!
その時、俺の頭に在りし日の秀吉公の姿が浮かぶ。
『もう一押しだ』『頑張れ』と声をかける姿が浮かぶ。
それと同時に、俺の前に立つ秀頼様が、何か言葉を発した。
「が……ん……ばれ」
その瞬間、俺の中で何かが弾け、気がつけば女に飛び掛かっていた。
俺の攻撃を受けて女は、何故かまるで抵抗をせず、しばらく揉み合っている内に、夜回りの門番たちが駆けつけた。
【又兵衛が秀頼を救った話:終わり】
「分からねえことだらけの事件だったが、俺が秀頼様に忠誠を誓おうと思ったキッカケさ!」
「太閤殿下がいなくとも、いや例え生きておられたとしても、俺は秀頼様の背中について行こうってな!」
攫われそうになった私を、又兵衛が救った。
言葉にしてしまえばそれだけのことだが、私がフラフラと城外に出たことも又兵衛が動けず泣き出してしまったことも、どう考えても尋常のことではない。
それに私を攫おうとしていた者は、魔法忍者だと名乗ったのであろう?
つまり、敵は徳川の間者、魔法を使って私や又兵衛を操り、私を攫おうとしたということか。
私が思考の沼にはまっていると、クレオスが『うーむ』と言う言葉と共に、状況を説明してくれた。
「その魔法忍者とやらが使ったのは、間違いなく魔法じゃな。問題は、どんな魔法なのかじゃが……」
「その能力は、多分『おままごと』であろう」
予想しない言葉が飛び出したせいで、私と又兵衛は愕然とする。
「おままごととは、子供が家族の役になりきって遊ぶあれのことか?」
「そうなのじゃ」
「恐らく、敵の魔法は何らかの条件でままごとの『配役』を与えるのであろう」
「秀頼ちゃんは、外にいてしかるべき『配役』を与えられたせいで、城外に出たのじゃ。恐らくは、『門番』とかじゃろう」
「又兵衛ちゃんは、動けなくて泣き続けたのであれば『赤子』の配役を与えられたのであろうな」
『配役』を与える魔法?そんなものがあるのなら、好きな『配役』を与えて、思うように操れるではないか!
そのような者が江戸方にはいるのか。
「じゃが、だとすればどうして又兵衛は、魔法を打ち破り、相手に襲い掛かることが出来たのだ?」
クレオスの話が真ならば、又兵衛は『配役』を解かれぬ限り、どうやっても動けなかったはずだ。
何か魔法が解ける条件を満たしたのであろうか?
「それは絆であろう。魔法は魔法少女同士の絆でより強くなる」
「その一方で、より強い絆によって対抗されると案外簡単に解けたりするのじゃ」
つまり、又兵衛が私に感じた信頼感によって、敵が又兵衛の魔法が一時的に解けたと言うことか。
「恐らく攫いに来たのは魔法少女本人ではなく、『魔法忍者』の配役を与えられた普通の少女だったのであろう」
「じゃから、家康との絆が弱く、ちょっとこちらの絆が深まっただけで抵抗できたんじゃろうな」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
しかし、そうか……。又兵衛は普通の人間でありながら、私への絆の力で魔法少女から私を守ったのか。
私は再び、又兵衛の方を見つめる。
今は小さくなってしまった又兵衛の体が、とてつもなく大きく感じられた。
経緯はともあれ、人の身で魔法少女の策を破るなど、普通に出来ることではない。
それが私への信頼から来るものだったと言うのも、私の心を震わせた。
これで心が動かないはずがない!!
「又兵衛よ。私を守ってくれてありがとう。やはりお主は豊臣一の奉公者だ」
「いや、俺が動けたのは、秀頼様の背中に無限の可能性を感じたからさ。俺だって、あのとき秀頼様に助けられたんだ。ありがとうはこっちの台詞だぜ」
「そうか、そう言ってくれると真にありがたい」
又兵衛と会話するのが、心地よい。強く、絆が深まった事を感じる。
もう一度、オーロラの海に挑戦してみよう!