第35話:三階層の戦い~セレナの歌・敗れる!!~
【慶長20年(1615年)五月一日 秀頼 23歳 クレオス ?歳 セレナ 430歳 めかりダンジョン 二階層】
「分かりました……この子達の気持ち、私が歌にします!」
セレナは袖をぎゅっと握りしめ、深く息を吸い込んだ。
そして、神殿中に響き渡る不協和音に負けないよう、力強く歌い始めた。
「ねえ、遊ぼうよ 一緒に笑おうよ」
「寂しいから 誰かと繋がりたいの」
「見て見て私を ここにいるよって」
「独りぼっちは嫌なの だから遊ぼうよ」
セレナの歌声は優しく、だが確かな意志を持って神殿中に広がっていく。
歌に込められた『遊んで欲しい』という切実な願い。
それが波となって、私とクレオスの心に届いた。
「……っ!これは……遊びたい、という気持ちか……!」
私の中で何かが弾けた。嫉妬の感情は消えないが、その奥にある本質が見えてきた。
この魚達は嫉妬しているのではない。ただ、誰かに構って欲しくて、遊んで欲しくて、寂しくて仕方がないのだ。
「わ、わらわも分かったぞ!こやつら、ただ遊びたいだけじゃったのじゃな!」
クレオスも同じように気づいたようだ。フリルだらけの姿のまま、魚達を見つめる。
「ならば遊んでやろうではないか!鬼ごっこじゃな!!」
「ああ!全ての魚に触れてやろう!!」
私達の中で、嫉妬の感情が別の衝動へと変わっていく。
遊びへの熱中、夢中になる気持ち。それが暴走気味に膨れ上がった。
「わらわが一番に触るのじゃ!!」
「いや、私が先だ!!」
私達は理性を半分ほど取り戻したものの、今度は鬼ごっこへの執着が爆発していた。
超次元によって速度を限界まで上げ、私達は神殿中を光の速さで駆け回り始める。
「待て待て~い!」
クレオスが紫の光を纏いながら魚を追いかける。魚を愛しく思うことで『愛玩』の超次元が働いているのであろう。魚達もキラキラと輝きながら逃げ回る。
「捕まえたぞ!一匹!」
私が赤い光で魚を包み込むように触れる。触れられた魚は嬉しそうにくるくると回った。
魚達もまた、この遊びに夢中になり始めていた。
逃げ回り、時には私達の周りをわざと飛んで挑発し、また素早く離れていく。
「二匹目じゃ!」
「三匹目!四匹目!」
私達は神殿の壁を蹴り、天井近くまで跳び上がり、必死に魚達を追いかけた。
魚達の動きも次第に活発になり、楽しさと比例するように輝きを増していく。
「あと五匹!」
「待つのじゃ~!」
神殿中が赤と紫の光で満たされ、金色の魚達が光の帯を引きながら飛び交う。
不協和音はいつの間にか消え、代わりに魚達の楽しげな音が響いていた。
そしてついに。
「最後の一匹、捕まえたぞ!!」
私が最後の魚に触れた瞬間、全ての魚達が私達の周りに集まってきた。
「今です!」
セレナが両手を胸の前で組み、目を閉じた。
「波よ、全ての心を繋げて!『波紋共鳴・心の調べ』!!」
セレナの体から青白い光の波紋が幾重にも広がっていく。
その波紋が魚達に触れると、濁っていた金色の光から黒い霧のようなものが剥がれ落ちていった。
濁りが完全に消えると、魚達は美しい純金色に輝き始めた。
「わあ……」
セレナが目を輝かせる。
魚達は喜びに満ちた様子で、セレナ、私、クレオスの周りをくるくると飛び回る。
まるで感謝を伝えるかのように、時折私達の頬や手に優しく触れていく。
「ふふ、くすぐったいですぅ」
セレナが笑顔で魚達を見つめる。
私とクレオスも完全に理性を取り戻し、魚達を優しく撫でてやった。
その時、魚達の体から黄金色の光が溢れ出し、それが一つの奔流となって中央の魔法陣へと注がれていった。
魔法陣が眩い黄色の光を放つ。
やはりモンスター達と魔法陣の光は色が違うようだ。
『ええのう!やはりセレナこそ真の聖女じゃ!!』
『じゃが、まだまだこれからじゃぞ!』
『次こそが、本当の試練じゃ!セレナよ、心して挑むのじゃ!』
草薙剣の声が響くと同時に、魔法陣が私達を引き寄せ始めた。
私達は、まだまとわりつく魚達に手を振りながら、三階層へと転移していった。
【慶長20年(1615年)五月一日 秀頼 23歳 クレオス ?歳 セレナ 430歳 めかりダンジョン 三階層】
転移の光が収まると、私達は巨大な洞窟に立っていた。
天井は高く、壁は草薙剣の超次元を示す『黄色』に輝いている。
そして、その奥から……地を震わせる轟音が響いてきた。
「な、何じゃ……?」
クレオスが警戒する。
その瞬間、洞窟の奥から巨大な影が現れた。
八つの首を持つ、巨大な蛇。
いや、龍に近い。
それぞれの首は太く、鋭い牙を持ち、金色の鱗に覆われている。
「八岐大蛇……!」
私が叫ぶ。
日本の神話に登場する、伝説の怪物だ。
草薙剣は八岐大蛇の死体から出てきたという。
草薙剣が八岐大蛇を蘇らせたというのか?
『侵入者……』
八つの首が、それぞれ異なる声で喋る。
『我らの領域に、足を踏み入れた……』
『許さぬ……』
『排除する……』
『信用ならぬ……』
『裏切り者め……』
『我ら以外は、誰も信じぬ……』
『去れ……』
『さもなくば、焼き尽くす……』
これまでのモンスター達は、無言だった。
魚達は攻撃してきたが、それでも言葉での意思疎通は無かったな。
さすがに最終層は勝手が違うということか?
そう思っていると、突然八つの頭が大きく口を開いた。
「まずい!避けろ!」
私が叫んだ瞬間、八つの首が一斉に炎を吐いた。
轟音と共に、灼熱の炎が私達に向かって飛んでくる。
「愛玩・箱入り娘!!」
クレオスがそう叫ぶと、私達の回りに障壁が現れた。
炎が障壁にぶつかり、爆発する。
だが、炎の勢いは凄まじく、障壁が軋む。
「可憐・スーパープリンセス!!」
私はクレオスの『箱入り娘』に対して、可愛さの超次元によって『守るべき対象を超可愛くした』。
同じ箱入り娘でも、お嬢様よりお姫様の方が守られるべき存在だからのう。
お陰で私とクレオス、セレナはフリルと宝石が沢山ついたドレス姿になっている。
「セレナ!私達が攻撃を防ぐ!」
「何とか、あのモンスターの『気持ち』を理解するのじゃ!」
勝手は違うようだが、やらなければならないことは恐らく同じだ。
表面に出ている攻撃に惑わされず、やつらの気持ちを探るのだ。
こやつらもクレオスライムの『友達になりたい』や魚達の『遊びたい』と同じように、何かの気持ちを伝えたいはずなのだ。
私は八岐大蛇の首達を見つめる。
『見る』ことは私がこれまであらゆる敵達と『愛し合う』ための最初の入り口だった。
首達の喉が光る。炎を吐いてくるようだ。
違和感……。こっちを見ていない?炎を吐くのに照準を合わせないのか?
だったら何を見てるんだ?
炎が発射される……まだこっちを見ていない。見ている先は……他の首達だ。
発射の瞬間を合わせようとしているのか?それにしては、互いの目を見ていない。
見ているのは首辺りだ。発射の瞬間に首が光るなら、やはり発射の瞬間を合わせようとしいるのか?
炎が出る瞬間、首の鱗の内、一枚だけ黄色に輝くものがあった。他は金色なのに……。
首達は他の首のあの鱗を見ていたのか?
さすがに発射の瞬間は首がこちらを向く。
「愛玩・箱入り娘!!」
「可憐・スーパープリンセス!!」
先ほどより激しい炎だが、まだ防御は可能なようだ。
これまでのモンスター達は色々な色をしていた。色々な色の光を放っていた、だが転移魔法陣の色はいつも黄色だった。草薙剣の超次元の色だ。
あの黄色い鱗は超次元の力の源なのではないか?
だとすると、何故他の首の『黄色い鱗』を見るのだ?お互いで守り合っているのか……?
いや、違う。
いくらなんでも、炎を吐く直前まで見続けているのはおかしい。
守るためなら、攻撃の後に確認するはずだ。
ならば、試してみる価値はあるのう。
「あの、秀頼さん何かするつもりなんですか?」
セレナは人の感情の波に敏感だ。
私が八岐大蛇の動きを読み取り、策を仕掛けようとしているのがわずかに感情に出ていたのだろう。
「やつらの絆が本物かどうか確かめようと思ったのじゃ」
「絆が本物かどうか、ですか?少なくとも、私が感じるあの子達の感情は『首同士の信頼』と『それ以外への不信』ですけど……」
セレナがそう感じているなら、私の考えは間違っているかも知れないな。
だが、やはり試してみよう。このまま防御し続けてはジリ貧だからのう。
八つの首が再び炎を吐こうとする。
今度は私達の防壁を破るべく、炎を一点に集中するようだ。その分、炎の効果が及ばない範囲は広い。
そう考えながら、私は炎をくぐり抜けてで八岐大蛇に接近し、首の一つに抱き着いた。
なるべく、あの黄色の鱗の近くに行くんだ!
捕まった首が私を振り落とそうとする。
このままでは、振り落とされそうだ。
「可憐・抱っこ!!」
私は超次元を使い、可愛さを活かした技でしがみつくが、少し弱い。
「クレオス!支援してくれ」
「わかっておる、いくぞ!!」
「愛玩・束縛愛!!」
クレオスが紫の光を放ち、私の体を強固に首に固定する。
二人分の超次元の力で、私は首から振りほどかれない。
『くっ……!仕方がない!』
他の七つの首が、私に向かって炎を吐く準備をする。
「今だ!」
私は炎が放たれる瞬間を待つ。
七つの首が一斉に炎を放った。
その瞬間、私は超次元の力を解除し、首から飛び離れた!
今度も炎は一点に集中しているので、軌道さえ読めれば避けるのは難しくない。
そして、七つの首から放たれた炎は……。
私がしがみついていた首に、直撃した。
「ギャアアアア!」
首が悲鳴を上げる。
特に、喉元の黄色い鱗に炎が当たり、その鱗が焦げている。
『お、お前達!何をしている!』
攻撃された首が激昂する。
『わ、我らに選択肢はなかった!やつが離れなかったのだ!』
他の首が弁解する。
『それはそうだが……黄色い鱗が傷ついたらどうするんだ!』
『これは我らの力の源なのだぞ!』
『もし壊れたら、我は力を失ってしまう!』
『我は』か……。やはり黄色い鱗が壊れて力を失うのは、首一つずつらしい。
つまり全部の首に一つずつ黄色い鱗があって、鱗が壊れれば首が一つ失われるわけだな。
攻撃された首が叫ぶ。
『分かっておる!だが、仕方がなかったのだ!』
『お前こそ、なぜもっと早く振りほどかなかった!』
『何を言う!お前達の攻撃が速すぎたのだ!』
『いや、お前が弱いからだ!』
『黙れ!お前達こそ信用ならぬ!』
その瞬間、八つの首の連携が乱れた。
『貴様!我が兄弟を傷つけた!』
『許さぬ!』
『いや、待て!なぜ防げなかった!?』
『お前が遅れたからだ!』
『何を言う!お前こそ動きが鈍かった!』
『違う!お前達が私を信じていないからだ!』
『何だと!?』
八つの首が、互いに非難し始めた。
信頼が揺らいでいる。
「やはり……!」
私は確信する。
この八岐大蛇は、互いを信頼しているようで、実は脆い絆で繋がっているだけなのだ。
そして、その脆さを突かれると、すぐに疑心暗鬼に陥る。
『お前のせいだ!』
『いや、お前だ!』
八つの首が互いに噛み付き合い始めた。
まさに、内部崩壊だ。
「「セレナ!」」
私とクレオスは同時に叫んだ。
八つの首が互いに噛み付き合う中、私達は視線をセレナに向ける。
「分かっておろう?この八岐大蛇が抱えている気持ちは『不信』じゃ!」
「ああ!互いを信じきれていない……それが本質だ!」
「は、はい!」
セレナは戸惑いながらも頷く。
「なら、やることは一つじゃな!」
「私達が培ってきた『信頼』を歌にして、あの八岐大蛇に聞かせるのだ!」
私とクレオスは同時にセレナの背後に立ち、手を彼女の肩に置いた。
「可憐・プリティアイドル!!」
スーパープリンセスが守るべき存在なら、プリティ・アイドルは可愛さに特化した存在じゃ。
私の超次元・『可愛さ』を最大限に引き出すことができる!
「愛玩・喉ケア!!」
可愛い者を慈しむ心によって、体の調子を良くする超次元技か!!さすがはクレオスじゃ。
セレナの体が赤と紫の光に包まれる。
「わ、分かりました……!二人の想いを、歌に込めます!」
セレナは深く息を吸い込み、目を閉じた。
そして、八岐大蛇が噛み付き合う轟音の中、歌い始めた。
「繋がる心 離れぬ絆」
「どんな時も そばにいるから」
「疑わないで 信じているの」
「私達は一つ 永遠に共に」
セレナの歌声が洞窟中に響き渡る。
八つの首が一瞬、動きを止めた。
『よくも兄弟を』と言ってたやつっぽいな。
心ある首から順に、私達の信頼が、歌を通じて伝わり始めたのだ……!
そう思った瞬間。
『『『『『『『『やかましいわ!!』』』』』』』』
8つの頭が一度に叫んだ。
そして、噛み付き合うのをやめ、今度は一斉に私達に向かってきた。
『貴様らの茶番など見たくもない!』
『我らの前で信頼を見せつけるな!』
『虫唾が走る!』
八つの首が完璧な連携で私達を包囲する。
そして——。
『『『『『『『『焼き尽くせ!!』』』』』』』』
八つの首が同時に、完璧なタイミングで炎を吐いた。
一点の乱れもない。完璧な連携だ。
互いを不信がってはいても、危機に瀕しては、団結するこということか!
だ、だがセレナの歌が効かぬとは、私達の信頼に何の落ち度があったのだ……?
炎は『箱入り娘』の壁を突き抜けてくる。
『可憐・くまたいよう!!』
私はとっさに炎に燃えるくまのぬいぐるみを出して、八岐大蛇の炎を防いだ。
どうやらこの階層の戦いは、一筋縄ではいかぬようだな。




