第30話:妲己、偽りの愛で暴走する
【紀元前1100年 6月3日 殷 殷墟 王宮 帝辛 22歳 妲己17歳 】
「何を言っているんだ!そんなことを言えば、朕ら共々殷を滅ぼされてしまうぞ!!」
そうだ。あたしにはこいつ等を何とかする力なんてない。あたしに力があったら……。
『我々としては、九尾の命一つで納めたかったがそうもいかぬようだな』
『ならば我らの手で殷を浄化せねばなるまい』
鳳凰と霊亀がそう言うと四体は天に掌(前足・翼)をかざした。
遥か天上に雷を帯びながら燃え盛る巨大な岩が創造された。
大きすぎて端が見えない。空は岩に覆われて真っ暗になってしまった。
燃え盛る岩の炎と稲光だけが周囲を照らす明かりになっている。
『ま、まさかあれを地上に落とすの?』
『そうだ。まずは一度、殷を焼き払い更地にする。それから大地に豊穣の魔法をかけ、再生させるのだ』
『余計な人間がいなければ、大地は清浄化される。その後、また人間が住み始めれば九尾の居らぬ平和な新世界が創られるだろう』
「い、今いる殷の民達はどうなるのですか?」
『もちろん大地と共に更地になってもらう。新しい土地のための栄養くらいにはなるであろう』
冗談じゃない!せっかく、帝辛と上手くやっていけそうだと思ったのに、あたしだけじゃなく殷ごと滅ぼされるなんて、それもあたしがこいつらに逆らったせいで……!
やっぱり犠牲になるべきだったのかな。そしたら帝辛は助かっただろうか。
『焼き尽くせ!『破滅の隕石』!!』
四霊達がそう叫ぶと、とうとう燃え盛る岩が地上に向かって落ちてきた。
どうすれば……。
「妲己よ!どうせ死ぬのならば、そなたに隠し事はしたくない!故に真実を告げる!!」
帝辛が急にそう叫んだ。真実?初めて会ってからそんなに経ってないあたしに、どんな隠し事をしていたというのだろう。
「朕は、そなたが九尾と知って近づいたのだ。国を富ます瑞獣を嫁にとれば、殷の未来は安泰だと考え、そなたを嫁にとろうとした」
「じゃがそなたの勇猛果敢ぶり、美貌、そして両親を慈しむ心、そなたを見て話を聞く度に九尾か人間かなどどうでも良くなった」
「そなた自身と恋をして、そなたを幸せにせねばならぬと、そう思うようになったのだ」
それが真実か。ホントは九尾を嫁にとろうと思ったけど、あたしのことが好み過ぎて、九尾であることの方はどうでも良くなった。
話だけ聞くと『九尾を手に入れたくて近づいた』ことが『真実』に見えるけど、そうじゃない。
本当の真実は……最初は九尾が欲しくて近づいたとしても、今はあたしをあたしだけを愛しているってことだ!
それが真実の裏に隠された本物の真実!!
そう考えた時、あたしの中にとてつもないパワーが産まれた。
真実の愛『ジャッジメント・愛’s』。
帝辛の真実の告白によって、あたしの中に真実の愛が産まれたのか、これならあの隕石も壊せるはずだ。
ジャッジメント・愛’sは真実を見抜く、あの燃え盛る隕石の真実さえも、あたし達が見抜てやるわ!
あたし達の眼が強い光を放つ。そうすると隕石の真実が見えてきた。
あの隕石は、炎・雷・土・水の四つのパワーからできているのね。
けれど、炎と水・土と雷とかの『反発するはずのパワー』がうまく混じり合えているのは、核となる石があるからよ。
そしてその核となる石の正体は……
あの石は殺生石!周囲からエネルギーを集め、混ぜ合って一つの大きなエネルギーにする石!!
殺生石の弱点は、他を寄せ付けず混ざり得ないパワー……真実の愛!
真実の愛が持つパワーを殺生石にぶつければ、あの隕石は消えるはずよ。
でも、そうね。だったらもっと真実の愛を高めてやる!
「帝辛!だったら、あたしも真実を告げる!」
「あたしだけを愛するという変なあんたにあたしはときめいた!」
「きれいな月の下で愛を語る、あんたにときめいた!」
「あたしの命が助かれば自分の命はいらないと言った、あんたにときめいた!」
「これがあたしの『真実』だあああああーーー!!」
そう言った瞬間、あたしと帝辛の瞳から空中に向かって光が放たれた!
空中に大きな天秤が現れた!!
片方の天秤には『真』という文字が描かれていて、もう片方には『虚』という文字が描かれている。
「『裁け!ジャッジメント愛's!!あらゆる偽りを!!』」
「殺生石よ!朕達のジャッジメント愛'sは見抜いたぞ!そなたは四霊同士の憎しみ、歪み合いによって作られたもの!」
『だから、四霊同士の真実の友情をぶつければ消えてなくなるはずよ!!』
あたし達は四霊達を見る。
ジャッジメント愛’sに対して隠し事はできないわ。
『四霊の歪み合いは、誰かが世界を滅ぼす目的で九尾を生み出したのではないかと疑い合っていることね!』
けれとあたしは元々普通の小狐だった!
九尾の力を手に入れたのは、有蘇氏の……父母と亡くなった姉の愛が途方もなく大きかったからに過ぎない!
『あたしは普通の狐が進化した!四霊の手で産み出されたんじゃない!!』
これが四霊の友情の真実だ!!
あたし達がそう叫んだ瞬間、あたしの言葉が文字の塊となって天秤に向かって飛んで行った。
そしてそれらが『真』と書かれた天秤に乗せられる。
天秤が大きく片方に振れると共に燃え盛る岩が消失した!!
真実を知ったことで、四霊が友情を取り戻したからだ!
『な、なんとまさか我らの力を凌駕する愛を手に入れるとは』
そう言って驚いたのは麒麟だ。
一方、応竜は落ち着いた様子で、あたしと帝辛に話しかけてきた。
『なるほど、九尾よ、帝辛よ。そなたの愛は誠、真実の愛じゃ。その愛がある限り、我らは地上に手出しせずとも良さそうじゃ』
霊亀はその大きな頭を、あたし達の方に向けて、ニヤリと笑った。
『じゃが、今の隕石に乗って、「その時」に世界を救う英雄もまた、この地上に降り立った」
『そなた達の愛から真実が失われた時、英雄は目覚め、世界の平和のため、そなた達を討つであろう』
『ゆめゆめ忘れるでないぞ。真実を、失ってはならぬ』
そう言うと四霊たちの姿は霧のように消えてしまった。
けど、大丈夫だ。あたしと帝辛は真実をぶつけあった。
心が通じ合った。本当の恋人、いや夫婦だ。
あたし達の愛があれば、きっと殷はもっともっと繁栄する。
「のう、妲己よ」
「好きだ!殷よりも、世界よりも、そなたが!」
その言葉こそが、帝辛の真実だった。
【紀元前1095年 6月3日 殷 殷墟 王宮 帝辛 27歳 妲己 22歳 】
『どういう意味?あたしはあんたの元を離れる気なんてないわ』
「言ったであろう。5年前、四霊の予言した『その時』が近づいておるのだ。そなたには崑崙山の『元始天尊』に師事し、脅威を乗り越えるための仙力を身に着けて欲しい」
あたしは九尾だ。偉い仙人に習えば仙術を身に着けることもできるかも知れないけど……。
どう考えても『ジャッジメント・愛’s』の方が仙術なんかより、すごいと思う。
『ジャッジメント・愛’s』でどうにもならないほどの脅威を、仙術で乗り越えられるとは思えない。
だとしたら帝辛の本意は何だろうか?
『あたし達は真実の愛で結ばれた、真実の夫婦よ。分かっているでしょう?あたし達の間で隠し事なんてできないわ』
そう言いながら、あたしは『ジャッジメント・愛’s』を起動して、帝辛を見つめた。
それによって見えたのは『真実の愛では脅威に敵わない』という想いと、『妲己だけでも生き残って欲しい』という想いだ。
帝辛はあたし達では『脅威』ってのに敵わないと思ってるのか。
そしてもう一つの想い、あたしだけでも生き残って欲しい?
崑崙山には、四霊達があの隕石を使って地上に降り立たせたという英雄、太公望こと『呂尚』がいる。
四霊の送り込んできた英雄の側にいれば、英雄が脅威を取り除くまで彼の側にいることで、死なずに済むってわけか。
けど、帝辛はここに残って殷の民を守るつもりなのね。
瑞獣でも仙人でもない帝辛は崑崙山に入れないから……。
『話は分かったわ。けど、あんたを見捨てるなんてできないわね。5年前、あんたがあたしを見捨てなかったように、あたしはあんたを見捨てない』
「だが、此度の『脅威』は真実の愛でもどうにもならぬ。むしろ真実の愛を歪めるような脅威じゃ。朕達では太刀打ちできまい」
『ジャッジメント・愛’s』は真実の愛を誓った帝辛の真意を見抜く。
それによると、脅威とは世界に『瘴気』ってやつがバラまかれることらしい。
王である帝辛は四霊やその他の瑞獣・仙人などによって、脅威の内容を知らされていたんだ。
『真実の愛をさらに高めればいいのよ!瘴気なんて、あたしが何とかするわ。逆にあんたを見捨てたりしたら力が消えちゃうでしょ』
「言ったであろう。瘴気は真実を歪める。ゆがめられればそれは『偽りの愛』じゃ。朕達は力を失ってしまう」
帝辛は『真実の愛』が消えることにすでに確信を持っているみたいだ。
そう考えた時に、あたしの中で何かが弾けた。
真実の愛は無敵のはずなのに、真実の愛は永遠なはずなのに!
あたしは自分の中にうごめく怒りを制御しきれず、無意識に九尾の『魅了の力』を使ってしまった。
「そうか。そなたがそこまで言うのならばこの王城に共にいて、互いをそして民を守る方法を考えよう」
『やっちゃった』と思った。魅了の力で帝辛を操った……。
これであたしはもう、帝辛の気持ちが真実の愛なのか、あたしに操られたことで生まれたものなのか、確信を持てなくなってしまった。
これじゃあ、守りあうどころか、何の力も発揮できないよ。
ごごごごごごごごごご!!
その瞬間、大地と空気が大きく震え始めた。これまで体験した事のないほど大きな揺れだ。
「始まったのか。この世界に訪れるという『脅威』が」
『四霊達の話では、日本の恐山という山が噴火して、世界中に瘴気が飛び散るんだっけ?』
それによって世界中に瘴気がばらまかれるらしい。
それでも『真実の愛』があればなんとかしようがあったかも知れないけど……。
あたしは魅了の力を使ったせいで、愛に疑惑を抱いてしまった。
そして瘴気は偽りの愛を増幅させ理性を失わせ暴走させるらしい。
対処法は疑惑を捨てることなんだろうけど、そのためには魅了の力を完全に封印するしかないよね。
崑崙山では導師としての修行をするらしい。メンタルを鍛えまくれば、偽りを捨てることも可能かも知れない。
愛に偽りを持ったことを帝辛に知られるのは嫌だけど、彼が愛に偽りを抱いていない以上、すぐに『ジャッジメント愛’s』でバレてしまうものね。
あたしがその話を切り出そうとした瞬間、自分の中にあるどすぐろい何かが全身に広がっていくのを感じた。
こ……れはまずい!!
「どうした妲己!!まさか『脅威』の影響がそなたにも出たのか?」
『そ、そう。だから、逃げて帝辛……今のあたしの魅了を喰らったら……あなたが貴方じゃなくなってしまう……そ、そうしたらあなたは……殷は……』
あたしの言葉が真実であることを『ジャッジメント・愛’s』で見抜いた帝辛は、すぐにその場から逃げ出そうとした。
彼の中には真実の愛が残っているから、太陽系外に逃げてしまえばさすがにあたしの魅了や瘴気の影響は受けないだろう。
でも、あたしの中の『偽りの愛』はそれを許さなかった。
『魅了技・理想の彼女』
「な……!」
この技は相手の理想の女性を演じることで、魅了しあらゆる命令に従わせる技……。一度かかれば死ぬまで二度と解けることはない。
あたしと帝辛の愛は『偽りの愛』に囚われてしまった……。
そして瘴気に取り込まれたあたしは、帝辛の権力を利用して悪行の限りを尽くした。
人を銅の柱に縛り付けて燃やし、毒蛇や毒虫を集めた穴に人を落とし、文王に息子の肉を食わせた。
日本では鳥羽上皇を始めとして、その家臣達も『人工殺生石』を作るための実験台にした。
殺生石と、あたしの『偽りの愛』があれば、四霊のあの燃え盛る石を再現し、中国・日本もろとも押しつぶせると思ったからだ。
けど、企みがばれて朝廷軍に攻められて、上野の山奥に追い込まれた。
あたしは変化の術とそれまでの『人口殺生石』の研究記録を元に、殺生石に化けた。
人の世に恨みつらみは尽きない。殺生石に変化すれば、周りから負の感情を受け取って体を強化できる。周りに人が住んでいる限り殺されることはない。
でも、恐山から離れた場所で変化してしまったので、こちらから反撃するほど大きな力は得られなかった。
その上、朝廷軍には高名な陰陽術師がいたらしく、あたしの回りに光の結界を張りやがった。
これであたしは、だれかが結界から持ち出してくれない限り、動くことができなくなった。