第3話:秀頼、眷属を作ることにする
【慶長20年(1615年)五月一日 秀頼 23歳 大坂城 評定の間】
「どわああああっっ!!!!」
私はステッキの力で何とか、自分の姿勢を制御し飛び込むように大坂城の天守・評定の間へと転がり込んだ。
「ふう、死ぬかと思ったぞ」
どうやら、休憩が始まってからすでに小半時が流れていたらしく、評定の間には母上と、豊臣家の名だたる家臣たちがすでに揃っている。
「あ、私は……」
しまった。評定の間に帰ってきたはいいが、悪魔と契約して女子になったなど誰が信じよう。
私が秀頼だと説明しても、恐らくはわかってもらえまい。どうしたものか。
「おお!!秀頼!ついに魔法少女の力を手に入れたのですね」
部屋の奥にいた母上がそう叫んだ。やはり、クレオスとの契約は母上がしたのだな。躯がそなえてあったことを考えると、そのために兵を犠牲にしたのかも知れぬ。
「え、ええ。というか、母上は私が秀頼だとわかるのですか」
「自分の子供の姿がわからぬ母親がおりましょうか。女子になっても秀頼は秀頼ですよ」
母上の言葉に家臣達がざわつく。さすがに人間が男から女になるなど、誰も見たことも聞いたこともないだろうからな。
じゃが、母上は基本的に豊臣の家臣を掌握している。母上の言葉なら、と納得する者もでてきた。
正直どうかとは思うが、そんなことを言ってはおれぬ。徳川軍が間近に迫っておるのだからな。
「母上、ご報告があります。ご存じかも知れませんが、家康は魔の者と契約し、私以上の力を持っておるようです。何か対策はございませんか」
私の質問に母上が答える前に、横から一人の人物が割り込んできた。
『そのためには、『眷属』を作ることじゃの。魔に類するものは眷属が増えるほど力を増すのじゃ。眷属自体も戦ってくれるしの』
そこにいたのは、クレオスであった。こいつ、さっき私を庇って忠勝にやられたのでは無かったのか?
このクレオスが本体でなく幻影だとしても、一度やられれば明日まで出てこられないと言っていたはずだ。
『なんじゃ、幽霊でも見たような顔をして。言うておくが、魔法少女の魔法は基本的に殺傷能力がないのじゃ。忠勝の魔法も『相手を可愛い衣装にする』というものじゃな』
殺傷能力がない?そういえば私の魔法も相手を熊のぬいぐるみに変えたり、空を飛んだりと相手を傷つけるようなものではないが……。
「待て、ならばどうやってそんな能力で徳川と戦えと言うのだ」
『そこは頭の使いようじゃな。熊のぬいぐるみにする魔法でも敵軍をめちゃめちゃにできたじゃろう?』
『忠勝の魔法にしても、『可愛い』という条件さえ満たせば、拘束具なんかを着せることもできる。使い方によっては相手を無力化、あるいは殺せることもあるということじゃな』
なるほど『基本的には』殺傷力がないが、殺せないわけではないということか。
「それにしたって、お前はどうやって逃げてきたのだ?忠勝が自分の能力を知っているならば、お前を無力化するような衣装に変えたのではないのか?」
『この体は、魔力で作り出したものじゃからの。いくらでも大きくも小さくもなれる。拘束具を抜けたり、やつに見えぬほど小さくなるくらいは余裕じゃ』
そういえば、そう言っておったな。確かにいくらでも小さくなれるなら、逃げるくらいはできるのかも知れぬ。
『じゃから、あの場では、何をされても問題ないわらわが、お主を庇うのが最善じゃったということじゃな』
なるほど。つまりこやつは自分が無事なのをわかってて、私を庇ったのだな。もちろん感謝はするが、心配して損をした。
「なるほど、お前が無事な事情はわかった。それで、眷属を増やすと言うのはどういうことだ?」
『意味はそのままじゃな。お主の魔力を分け与え、新しい魔法少女を作り出すのじゃ。お主を信頼しておる家臣に頼むのがよかろうの』
豊臣の家臣に私が魔力を分け与え、魔法少女にする?
つまり私や忠勝のように、男に魔法をかけて女子にするということか。
そうすることで、魔法が使える新たな戦士が生まれる。その上、私の力も上がるなら、確かに徳川に対抗できるかも知れぬ。
じゃが……。
「いくらなんでも、女子になってまで豊臣を護ろうと思ってくれるものがおるのか?」
私の声を聞いた家臣達がざわつき始めた。
我々、武士は男子であることに誇りを抱いておるからな。いくら豊臣に尽くしてくれる者達でもそう簡単に女子になることを承服できまい。
「拙者にお任せくだされ」「俺にやらせてくれ」
二人の声が重なった。
「おお、幸村に又兵衛か!!豊臣に多くの武士あれど、お主達ほどの使い手は他におらぬ!!じゃが、本当に良いのか?」
【真田・源次郎・幸村】
関ケ原合戦で、秀忠軍を足止めした智将・真田昌幸の息子で、その武勇・知略は昌幸以上とすら言われる。
【後藤・又兵衛・基次】
黒田官兵衛の右腕として、智の官兵衛・力の又兵衛とうたわれた剛の者、朝鮮出兵では敵の城に一番槍を刻んだ。
そして二人とも、大坂冬の陣『真田丸の戦い』で共に協力し、獅子奮迅の活躍を見せ、江戸方に数え切れぬ死者を出した、当代きっての英雄だ。
「……当たり前でございます。例え女子になろうとも、私が家康を討たねば……!!」
幸村は拳を握りしめ、城外を睨むように見つめてそう言った。
幸村は、関ケ原で改易されて以来、紀伊で軟禁生活を送っていた。父・昌幸も、その時代に病で亡くしたようだし、徳川への恨みが強そうだ。
逆に又兵衛は楽しそうに笑いながら言った。
「俺ぁ、秀吉公にも黒田のとっつぁんにも返しきれねえ恩があるからよぅ。俺が女になって徳川が倒せるなら、是非やらせて欲しいもんだねぇ」
家臣の中には又兵衛の言葉遣いに顔を顰めるものもいたが……。とにかく、今頼れるのはこの二人だけだ。
「よし、ならばクレオス。どのようにすれば私の魔力を二人に分け与えられるのか、教えてくれ」
『うむ、ではステッキを二人へ向けて構え、『ぽわぽわらぶり~ 愛の始まり』と唱えるのじゃ!』
まただ。奇妙な呪文だと思うのに、何だかワクワクするような気持ちがある。このまま精神が性別に引っ張られていったら、私が私で無くなるのではないか?
いや、今はそんなことを気にしている場合ではないな。
ともかく徳川家を倒さぬことには、私も皆も死んでしまう。そうなれば私の自我どころではあるまい。
「分かった。ならば!」
私は『ステッキ』を幸村と又兵衛へ向けた。
「ぽ、ぽわぽわらぶり~ 愛の始まり~」
私の言葉とともに、ステッキと幸村の体が光り始めた。
そして、周囲が一瞬 暗転し、次の瞬間には全く知らない場所にいた!!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【慶長20年(1615年)五月一日 秀頼 23歳 ぽわぽわキッチン 】
ここはどこだ!?
私が来た場所には、壁から伸びる細長い鉄の管や、上に鍋が置かれた台のようなものがある。
それから、謎の箱もあって管のようなもので壁に差し込んである。
一体に何に使う道具なのだ?
そして、周りを見回せばここには私と幸村、そしてクレオスの三人しかいないようだ。
さっきまで大坂城の天守にいたというのに、一体いつの間にどうやって、こんなところへ来たのだ?
「クレオスよ!ここは何だ!どうやってここに来た!!ここで何をしろと言うのだ!!!」
『まあまあ、一遍にいくつも質問するでない。ちゃんと順を追って説明しよう』
クレオスは涼しい顔で手を振っている。
幸村は落ち着いているように見えて、クレオスの態度にイライラしてるようだ。
『ここは『ぽわぽわキッチン』つまり料理をするための台所じゃな。お主達にはこれから西洋のお菓子『ケーキ』を作ってもらうのじゃ』
クレオスの言葉を聞いて、私と幸村は呆気にとられた。
恐らくは、幸村もこいつは何を言っているのだ。と思ったことであろう。私もそうだ。
私は、とにかくまずは菓子などを作る目的を聞かねばならぬと思った。
一応、これまでクレオスにやらされたことは、徳川軍を倒す上で意味のある行為であったからな。
ならば、菓子を作ることにも意味があるはずだ。
「待て、待ってくれ。どうして我らが菓子を作らねばならぬのだ」
『それはもちろん!二人の絆を深めるためなのじゃ。今、幸村ちゃんは魔法少女になっただけで、きちんと力を使いこなすには、『絆』が必要なのじゃ』
『そして、二人の仲を深めるために、最高の試練が何か、とステッキが考えた結果、『ケーキ作り』が選ばれたわけじゃな』
そうか、幸村も又兵衛も父上に対して恩義を感じているだけで、私と直接的な絆がまだない。
そのせいで、せっかく眷属になってもまだ力を使えないと……ん、そういえば……。
私は、クレオスの言葉に聞き逃してはいけない部分があったことに気づき、幸村の方を見た。
「お、女子になっている!!なんで気づかなかったんだ!!」
これまで体は武将らしく、背が高く筋肉質だが、顔は美青年という風体だった幸村だが……。
艶やかな黒髪は腰まで伸び、胸には大きなふくらみができていて、鎧がはちきれそうだ。
顔は目が少し吊り上がり、落ち着いた雰囲気で、可愛いというよりは美人といった感じだ。
大和撫子とはこのような者のことを言うのかも知れぬな。
あまりに綺麗なので、私はしばらく見とれてしまった。
「……?若様、どうされました?」
「あ、いや、すまぬ。女子になったお主があまり美しいものだから、見とれておったのよ」
そう言われて、幸村は自分の顔や体を触ったり、声の高さを確認したりした。
『ちなみに、鏡もあるのじゃ!』
そう言ってクレオスは、幸村の前に大きな姿鏡を出した。
「これが私、ですか。なるほど、確かに美しいですね。見とれてしまう、というのも理解できます」
「随分、落ち着いておるな。私など、女子になってしばらくは慌てて何もできなかったのじゃが」
あげくにステッキの使い方もよく知らぬまま、空に飛び出してしまったからな。今も完全に受け入れたとは言い難いのじゃがな。
「ええ、あらかじめ女子になると、言われておりましたから」
「でも、これほど美しくなったのは、嬉しく思います」
確かに女子になるとは伝えておったが、本当になってしまえばもう少し慌てるものではあるまいか。
まあ、話が早くて助かるのも確かだな。
私は咳ばらいをして、一旦場を鎮める。
「ともかく、私と幸村が『ケーキ』とやらを一緒に作り、それによって絆を培えば、幸村は『忠勝』をも上回るほどの力を手に入れられるのだな?」
『忠勝より強いかどうかは、絆次第なのじゃ。忠勝は三河時代からずっと家康に従っておるからの。兄弟以上の絆があるじゃろう』
それを菓子を作るだけで越えなければならないのか。
いや、魔法のステッキが選んだ『試練』が菓子作りなのだ。きっと、これで『ケーキ』を作ることができれば、幸村は忠勝を上回る!!
肝心の私が信じなくてどうするのだ。
「それで『ケーキ』とやらはどうやったら作れるのだ?」
『ふむ。お主達のやるべきことは、『魔力合わせ』じゃな。全く同時に、全く同じ呪文を、全く同じ量の魔力を注ぎながら唱えなければならぬ』
『そうすることで器具が自動的に動き、ケーキを作っていくじゃろう。ただし、あくまで料理じゃからの。一工程でも失敗すれば、まともなケーキはできんぞ』
なるほど。ケーキを作るという目標はあるが、実際には息を合わせることと、魔法の扱いに慣れる特訓というわけだな。
『そうやって、まずは二人の感覚を近づけていくのじゃ。その過程で、苦労を共にすることで、精神的なつながりも得られるじゃろう』
「やりましょう。これで徳川が倒せるなら、菓子を作るしかありません」
「ああ、そうだな。菓子を作り、お主との間に強い絆を作るのだ」
こうして私たちは主と眷属の『絆』を手に入れるべく、ケーキ作りを始めた。