28話:秀頼と家康、信康の次元に呑まれる
【慶長20年(1615年)五月一日 秀頼 23歳 家康74歳 地球コア 】
私達の私達だけの新たな次元がここに生まれた。その名は『The・CUTE』あらゆるエネルギーを可愛さに変える超次元じゃ。
恐らく信康の次元は、あの深淵のような目鼻口からあらゆる愛を取り込み、『何か』私達の知らぬ何かに変えるのだと思う。
それが何なのか突き止めることができれば……。そしてそれらを全て『可愛さ』に変えることができれば、信康に人間の理性を取り戻させることができよう。
じゃが、私達の可愛さが飲み込まれれば、私達もまたその『何か』になってしまうかも知れぬ。これは愛を自分達の『次元』に変える戦いなのじゃ。
ならばこちらは先手を取らせてもらおう。私達の『可愛さ』でやつを浄化するのじゃ!
「行くぞ、家康!6つの愛、我らの信念に思いを馳せるのじゃ。私はそなたの想い、『『本質』『不屈』『敵を愛する』を思い、そなたは私の想い『可愛さ』『応援』『許容』を思う』」
「そうすることで、次元全てを浄化するエネルギーが生まれるのですね!!」
六つ全てに一度に思いを馳せるのは難しい。とりあえず、家康を見て込み上げてくる想いを信康にぶつけるとしよう。
「恨みのある五次元人への『敵を愛する』想い、暗黒妄想する姿やたぬきを愛でる姿は『可愛さ』、忠勝や半蔵を始めとする家臣達からの『応援』……どれをとっても家康は魅力的じゃ」
「秀頼さんの、私の敵である五次元人を共に救おうとする『敵を愛する』想いを持ち、ためらいながらも『可愛さ』を求めてくまのぬいぐるみを愛で、そしてあらゆる敵を取り込み『応援』される姿!」
二人の愛が燃え上がり、超次元『The・CUTE』の中心、CU極点からエネルギーが湧き出してくる。
そのエネルギーは六体のぬいぐるみの姿をとる。
くまとたぬきが合体したような見た目、色は薄茶色、全体的にはくまのぬいぐるみに近いが目の周りには茶色い『縁取り』があり、お腹が白い。
うち3体の頭には虹色に煌めくリボンが、残りの3体には青地に星のマークが散りばめられたネクタイが付いている。
三体が手をかざすと、リボンの子達は手からリボンが、ネクタイの子達は手からネクタイが出てきて、信康の方へ伸びていく。
リボンとネクタイは信康の体を包み込む。
「愛の抱擁!!」
愛の抱擁は、私達の信康を愛する想いによって、可愛いぬいぐるみが彼を応援し、彼の持つ『何か』エネルギーを可愛さに変換させる技じゃ!
信康をリボンとネクタイに包んだまま、今度は六体の手に『ボンボン』が出てきて、『フレー』『フレー』という言葉を信康にかけている。
この子達は喋れるのか。
そう思っていると、リボンやネクタイが信康の目鼻口に開いた『深淵の穴』に吸い込まれていく。
そして次の瞬間、同じ穴からぬいぐるみが出てきた。
頭に黒く山羊のように曲がった角、背中にもクレオスのような黒い羽が生えている。
そして体が全体的に黒い。
恐らく、信康の超次元では食べた愛を『何か』のエネルギーに変えるはずだ。
そうすると、あの『あくまたぬき』は変えられたエネルギーが変質したものなのだろうが……。
『破滅・絶望歌』
『友は裏切り、可愛きものは老い、敵は貴方を惨殺する~♪』
突然あくまたぬき達が暗い歌を、低い声で歌い始めた。
地球コアを暗いエネルギーが覆う。私達の『可愛い』エネルギーが侵食されていく。
「秀頼さん、私達の衣装が黒っぽくなってきましたよ」
「やつの力に侵食されて、可愛さが奪われているのか。これはまずいのう」
私達も可愛さを高める工夫をせねばなるまい。
私達の次元も信康の次元もただの超次元ではない。
私達の心の進化によってさらに次元数の高まる、進化する超次元じゃ。
やつは私達の『可愛さ』『応援』『敵を愛する』の内、応援を『脅迫』に変えることで、『敵を害する』エネルギーに変えたのであろう。
やつは私達の愛を利用することで、さらに次元を高めようとしておる。
ならば、私達もやつの『何か』を使って進化するのじゃ!
やつは目鼻口の穴から私達の攻撃を吸って、それを歌にして返してきた。
私達はその歌を活かす反撃をせねばならん。
つまりやつらの不気味な歌に合わせて、楽しい舞を舞うことで歌の力を可愛さに変えるのだ!
そうじゃ、やつらが不気味な歌で私達の可愛さを利用するならば、私達はその歌に合わせて『可愛い舞』を踊って、奴らの力を逆利用してしまえば良いのじゃ!
脅迫の力を応援に戻し、『敵を駆逐する力』と敵を愛する力に戻し、より強い可愛さをぶつけるにはそうするしかない!
それができれば……私達の力とやつの力を合わせた『可愛さ』をぶつけられれば、信康を『何か』から解き放ち、正気に戻すことができるはずじゃ。
「家康よ。分かっておろう。やつの力をそのまま返すには、一度やつの力を取り込む必要がある。そうでなければ、力の打ち合いが永遠に続くであろう」
「そうですね。秀頼さん得意の『精神感応』ですか。信康の力を取り込み、可愛い舞を踊れば、やつの想いを知ることができますからね」
さすが家康は分かっておるな。じゃが今回は私だけではない。家康も信康の心を覗いてもらわねばならぬ。
信康にとって家康は父、かけがえのない存在よ。信長からの命令を受けた時の気持ち、家康の判断をどう思ったか。
五次元人とのやり取りをどう思ったのか。それを理解せぬことには、やつの力を利用することなどできまい。
「よし!行くぞ!!あの歌を取り込む舞、その名は……」
「「信康マーチ!!」」
そう叫んだ私達は、手を繋いで二人でクルクルと回り始める。
私達の回りで、リボンとネクタイがとれたくまたぬき達が、ボンボンを振って囃し立てる。
回転によって生まれた渦巻が、周囲のエネルギーを渦の中に巻き込んでいく。
そしてそれらのエネルギーは渦の目である私達に、取り込まれていく。
浄化する手段を思いつかない内にやつの力を取り込むのは自殺行為じゃが、信康を本当の意味で救うためにはどうしてもやつの心に触れねばならぬ。
この方法であれば信康の想い、絶望を直に感じることができるはずじゃ。
「「くるくる回る くるくるダンス 貴方の心を私に見せて」」
私達は抱き合い、さらに回転数を増やす。私達の体にやつの『何か』の力が取り込まれていく。
見るぞ。信康の想い。これが本当に最後の戦いだ!
【天正7年(1579年)九月十五日 秀頼 23歳 家康74歳 恐山 】
黒い力に包まれた私達はどこかへ転移した。信康の心の中に入ったのであろうか?
私達の努力で、過去における信康の死は防がれたはず。ならば、彼の記憶も変わっているはずなのじゃが……。
ならばこの期に及んでも、彼を悩ませているものは何なのだ?
見れば周りは木も建物もない平地じゃ。
わずかにゴツゴツした岩があるが、地面にも岩にも苔や草木は全く生えてないの。
その平地の中央に祭壇のようなものがあって、そこから先ほど信康が使っていた『何か』の力が沸き上がっている。
もしや愛を喰らう獣でありながら、これまで何も問題を起こさないでいた信康が豹変したのは、これが原因なのか?
じゃ、じゃが超次元の力なのじゃぞ?元々この宇宙にそんな力があるはずないのじゃが……。
「これでよしと。ついに俺の真の力が目覚めたぜ。豊臣も父も消し、俺がこの宇宙の支配者になるための力『虚数の愛』がな」
虚数の愛、それが奴の持つ『何か』の名前か。
じゃが虚数とは何じゃ?愛を虚数にする力……?
「詳しい説明は省きますが、虚数とは数学上の概念でこの世には存在しない数値です」
この世に存在しない数値?それと、あの不気味な力とどういう関係があるのだ?
そう考えた私に対して説明するように、信康は独り言を言い始めた。
「この世のものには座標がある。幅、奥行き、高さ、時間、愛……そして可愛さ」
「だが、虚数の愛はこの座標を虚数にする。虚数にされたものは自然界では存在できねえ。『かけてマイナスになる数』なんか、あり得ねえからな」
「愛を喰らえば愛を虚数にする。可愛さを食らえば可愛さを虚数にする」
「飲み込んだものの座標全てを虚数にすることで、その存在をこの世から消すんだ」
座標を虚数にすることで、相手をこの世から消す!?
で、ではあの力に飲み込まれた私達は何故消えていないのだ。
「簡単なことだ。俺の力をもってしても、あんたの『可愛さ』は虚数化できなかった。だから精神世界に誘い込んで、直接倒すことにしたんだ」
「俺の中で戦って俺が負けるはずねえからな」
なるほど私達の力が特殊過ぎて倒せないと見て、信康の精神世界に誘い込んだという訳か。
そしてこの空間は虚数愛の力に溢れておる。何と言っても信康の精神世界じゃからな。
ならば私達にできることは……。
「『見る』のです。この精神世界を、今対峙している信康を!絶対に信康の本当の気持ちを知るヒントがあるはずです」
そうか、そのためにここに来たのだ。やつにとっては誘い込んだつもりでも、私達にとってはそれこそ望むところなのだ。
この場所で信康は何かをした。それが愛を喰らう獣だった信康が、虚数の愛に目覚める切っ掛けとなった。
「恐らくここは陸奥国の恐山でしょう。ここに何か、僕達の次元とは異なるエネルギーが……」
「おっと話はそこまでだ。この期に及んでパワーの秘密を知られちゃたまらねえ」
「俺様の全力を喰らえ!!そして、お前らも虚数となるんだ!!」
恐山なる山の火口から『虚数エネルギー』が湧き出してきた。
それは私と家康を包み込む。
「か、体が」
私の体が消え始めた。家康の体もうっすらと透明になりかけている。
「これが、虚数の愛が持つ力だというのか。まずい、このままでは」
私の座標が……形が消えていく……。
「い……家康!」
可愛さを高めなければ、このまま消えてしまう前に!
「くまくま……りゃ……」
「ぽんぽこ……ぽん」
その言葉を最後に私達の意識が消失した。
【i年(i年)i月i日 秀頼 i歳 家康i歳 i 】
私は意識を取り戻した。
ここはどこだ?私はどうしていたのか……。
そ、そうだ。私達は座標を虚数に変えられて、消滅してしまったはず。
だ、だが私にはまだ意識がある?
では、座標を虚数にされたとしても消えて無くなるわけではないのか?
だが、だとしてもここはどこなのだ?私の体はどうなっている?
ここは何もない空間だ。そこに意識だけが浮いている。
体はない。脳もないのだから考えることができるとも思えないのだが……。
考えられている。それに周りにあるもの達も何となく感じる。
これは何なのだ?
「ひで……より……さん。ここは、虚数次元……座標が虚数の次元のようです」
私の心に家康らしき声が語り掛けてくる。
虚数の次元……そうか、信康は対象の座標を虚数にすることでこの世から消しているのであったな。
では、虚数になっても消えて無くなる訳ではなく『虚数座標』に移動するだけということか?
それにしては肉体が無くなっているのだが……。
「可愛さ、です。貴方と僕にはそれがある。信康の次元に無い座標を持つ僕達だけは、意識を保ち、意志の疎通ができるようです」
だが、だとすれば虚数の座標を実数に戻す術がなくば、ずっとこのままということか。
どうしたものか、と考えていると家康ではない誰かが私の心に話しかけてきた。
『信康が虚数の愛に目覚めた理由、教えてあげましょうか?』
突然の言葉に私と家康は訝しみ、それでも興味を引かれるのだった。