第22話:秀頼と家康、『たぬきシュバイツ無双連撃』を演じる
【慶長20年(1615年)五月一日 秀頼 23歳 家康74歳 きゅわるん恋獄 アトラクション たぬき・シュバイツ無双連撃・控室 】
『あ、言い忘れましたが~、秀頼様は『白幻ノ霊狸』を、家康様は『朧影の化狸』を着てくださいね~♪』
白幻ノ霊狸と朧影の化狸?
そう言われて飾られている衣装を見ると、それぞれの衣装には札が下がっていて、衣装の名前らしき文字が書いてある。
目的の衣装を見つけるのは簡単だった。
黒い衣装が並ぶ中、その衣装だけは銀色の光を放っていたからだ。
名札には間違いなく、白幻ノ霊狸と書いてある。
朧影ノ化狸が全体的に黒っぽいのに対して、白幻ノ霊狸は白っぽいな。朧影ノ化狸と対になっているのであろうか。
1.薄い黄色と、銀の光沢が混ざり合った色
2.頭にはたぬきらしい丸っこい耳
3.腹には黒い文字で『天下泰平』と書いてある
4.尾は九つに分かれていて、白く輝いている。
色合いからすると、狸というより狐のようだが、姿形は狸で間違いないな。
色は白いが、これも暗黒妄想をくすぐる衣装なのかも知れぬ。
私は白幻ノ霊狸を手に取って、家康に尋ねた。
「家康よ。この衣装はそこまで素晴らしいのか?」
「もちろんです!漆黒の暗黒妄想衣装が立ち並ぶ中、この衣装だけは、白と銀を基調にしているにも関わらず異彩のカッコ可愛さを放っています。これは暗黒妄想の新しい扉を開いたと言っても過言ではないですよ!」
な、なるほど。思った以上に白幻ノ霊狸は家康の趣味に刺さるらしい。
家康の勢いに気圧されながらも、私は考える。
家康がそれほど好きならば、本当に素晴らしいものだのだろう。
私としては可愛さにかける点が少し気になるが、家康の妻を目指す以上、何としてもカッコ可愛く着こなさなくてはなるまい。
「よし、ではともかく衣装を着て舞台とやらに出よう。遅れれば殺すと言うなら急がねばなるまい」
「そうですね。では……」
私達は衣装を手に取り、着替え始めた。
しかし、芝居とは何をやらされるのだろうか?
デートスポットというくらいだから、恋物語だろうか。
いやデートスポットの名前、たぬき・シュバイツ無双連撃とは恐らく芝居の題名であろう。
少なくとも恋物語ではなさそうだ。
では一体どんな……?
そう考えているうちに着替えが終わった。
「それでは参りましょう。この衣装でどんな芝居をするのか楽しみです」
「.ああ、行こう。私もどんなことになるのか楽しみだ」
衣装の良さは私には、はっきりとはわからぬ。だが、芝居が面白そうというのは本音だ。
なにしろ芝居などやったこともないからな。初めてのことに、ワクワクするのは当然であろう。
それも仲の良い友達と一緒ならば、尚更よ。
そう、きっとこの芝居で私と家康は……。
夫婦になれるはずだ。
希望と覚悟を胸に私達は舞台に続く扉を開けた。
【慶長20年(1615年)五月一日 秀頼 23歳 家康74歳 きゅわるん恋獄 アトラクション たぬき・シュバイツ無双連撃・舞台裏 】
『時は江戸時代、悪代官:悪熊・金茂は悪事によって私腹を肥やしていた』
先ほどの音を飛ばす機械で、言葉が聞こえてくる。芝居のあらすじのようだ。
舞台には蔵のようなセットが用意されており、蔵の中には大量の冷凍シャケが積まれていた
……何故、冷凍シャケなのだ?
たぬきとシャケは関係なさそうだから、熊の好物ということだろうか?芝居には熊も出てくるのか?
そう思って舞台の中央を見ると、確かに着物を着たツキノワグマらしき者が立っていて、台詞を言い始めた。
彼も役者なのだろうか?
「くーまくまっくまっ!」
「数々の悪事を重ねたことで、ついにこれだけの財産が集まったクマ!」
「これだけの冷凍シャケがあれば、この悪熊・代官が天下を手に入れることなど簡単クマ!」
ツキノワグマがそこまで言ったところで、部隊の上の方で赤い光が見えた。
どうやら舞台裏にいる者だけに分かる合図らしいな。私達の出番と言うことなのだろう。
「秀頼さん、いよいよ出番ですね」
着替えながら台本を読み込んでいたが、台詞の記憶は曖昧だ。
だが、台本を持って舞台に出たのでは規則違反で殺されるかも知れぬ。
普通に覚えてなくてトチる分には許して欲しいところだ。
「ああ、我らが飛び出し、あの悪代官を問い詰めるのだったな」
「緊張しなくても、大丈夫ですよ。楽しみましょう。この芝居の目的は恋人同士になることなんですから」
「ふふ、それもそうだな。では行くぞ!」
そうだ。気負っている場合ではない。楽しもう。楽しむことがきっと、家康との恋に繋がるはずだ。
そう考えながら、私達は舞台に飛び出した!
【慶長20年(1615年)五月一日 秀頼 23歳 家康74歳 きゅわるん恋獄 アトラクション たぬき・シュバイツ無双連撃・舞台 】
舞台に飛び出した私達は、最初の台詞を叫んだ!
「待て!悪熊代官、悪熊肥後守金茂よ!」
「お主の野望を知った以上、見逃すわけにはいかない!」
私達の言葉に対して、悪熊代官は大げさな仕草で驚く。
「な、なんじゃ貴様等は!!」
その言葉に対して、私は天を仰いで叫んだ。
「天に代わって、正義を執行する光の騎士、白幻ノ霊狸!」
一方、家康は左手で目と口を隠し、右手で脇腹を掴む構えをとった。例の『闇を統べる者の構え』だ
「正義に代わって悪を討つ闇の騎士、朧影ノ化狸」
「光と闇は流転する」
「正義と悪は紙一重」
「「だが、人々を苦しめ、平和を揺るがすものはたとえ正義でも我らが討つ」」
「それが」
「我ら」
「「光闇の執行官、たぬきシュバイツ!!」」
決めの構えと台詞を決めた私達に対して悪熊代官は『なにぃ!』と叫ぶ。
「悪熊代官よ!そなた、たぬき農場のたぬき全員に、きつね耳が生える薬を飲ませ、新種の動物として売ることで私服を肥やしていたであろう」
「そうして手に入れた冷凍シャケを食べて、悪熊力を高め、将軍 熊川・家ベアを倒し天下を奪おうとした罪は明白!」
「人々の平和のため、我らが成敗する!!」
悪熊代官の罪状を述べた私達に対して、悪熊代官は『くーまっまっ』と言って笑い飛ばした。
「なるほど貴様等が、悪代官四天王を倒した、あのたぬきシュバイツクマか」
「だが、やつらは我ら『代官悪事同盟』の中では小者クマ!」
「我らの悪事を邪魔するものは、ここで討ち取ってくれるクマ!」
そう言って悪熊代官は合図をするように、手を振りかざした。
「出会え!子熊代官達よ!」
悪熊・代官がそう叫ぶと、さっきまで私達のいた舞台裏から二足歩行の子熊が百頭ほど這い出してきた。
彼らはやはり着物を着ていて、腰に刀をつけている。
その刀を抜いて、我らに切り掛かってきた!
台本通りだが、私はろくに斬り合いなどしたことが無いからな、少し緊張する。
戦いといえば魔法と友情を使ったものばかりだったからな。
家康は刀を躱して、黒く光る巨大な尻尾で子熊達をはたき飛ばしていく。
私は九つに分かれた尻尾で子熊達を締め上げる。
こうして、子熊達を倒すのが無双連撃という訳だ。
今のところ、全て台本通りにいっている。
さて、ここで勝利の決め台詞が入る。
だが、台本によればここの台詞はドイツ語なる言葉で書いてあった。カタカナで振り仮名が振ってあったとはいえ、とてつもなく発音しにくい言葉だ。
ドイツ語が暗黒妄想に相応しい言葉ということなのだろうが……。
ここでトチると台無しになるな。
『Rückkehr ins Licht.(光に還れ)』発音はしにくいが長い言葉ではない。
ここでカッコよく決めることができれば、芝居が盛り上がる。
そうすれば、私たち二人の心情にも何か変化が起きるかも知れぬからな。
私は意を決して、決め台詞を叫んだ。
「るきゅきにゃ……っ」
しまった。焦りすぎたか、慌てる必要はない。元々、付け焼き刃の台本で演じているのだ。多少間違えて元々だろう。
私は気持ちを落ち着かせて、言い直そうとする。
「ル…くきゃ……いんしゅっ……」
そこまで言って顔が赤くなるのを感じた。
家康と悪熊代官が、まじまじと私を見る。
笑っているわけではないのだろう。どちらかと言えば心配してくれている。
だが、だからと言って私が恥ずかしいことに変わりはない。
「う、うわあああああああ」
私は思わず呻き声をあげてしまった。まずい、台本にない行動は『規則』に反する恐れがある。落ち着かなくては!
「ひ、秀頼さん大丈夫ですか?」
「い、家康……だ、台本にない台詞を話しては……」
私がそう言うと、家康は慌てて口を塞いだ。
それと同時に、例の声を飛ばす機械から声が流れてきた。
『緊急警告:台本にない台詞が感知されました』
『おやおやおや〜。秀頼さん、随分と可愛いことになっていますねえ〜♪』
これは控室で話しかけてきたやつのようだな。
やつが、ここで介入してくるのか。だが、規約違反だと言うならすぐ殺すはずだ。
台詞をトチったことによる罰でも与えてくるのだろうか?
『ではアドバイスをあげましょう。貴方はこれまでクレオスに変な呪文を唱えさせられたけれど、一度も言い間違えませんでしたよね〜?」
『それは貴方の中に可愛いものへの愛が常にあったからなんです〜♪』
自分では気づいていなかったが、確かに魔法少女としての呪文はトチったことがない。
そうか。最初は否定していたが、可愛いものへの愛が呪文へと現れていたのだ。
『つまり今の貴方は家康ほど暗黒妄想を愛していないから、決め台詞を言うのに戸惑いがあるんですねえ〜♪』
『もし家康さんが秀頼さんに、暗黒妄想と可愛さを併せ持ったカッコ可愛い台詞で告白することができれば……』
『秀頼さんの、暗黒妄想への愛が高まり決め台詞が言えるかも知れませんね〜♪」
家康がカッコよさと可愛さを併せ持った言葉で、私に告白する……!?
確かにそれができれば、暗黒妄想を好きになるだけでなく、家康への恋に落ちることができるかも知れない!
「い、家康よ!聞いたであろう。どの道どこかしらで私達は恋に落ちねばならぬのだ!ならば今ここでそなたの暗黒妄想と私への愛をぶつけてみせよ!」
どうやらここが私達の恋の最重要点らしいのう。家康に全てを任せることになるが、頑張ってもらうしかない。
「わ、分かりました。僕の暗黒妄想、そして貴方への想いを告白します!」
そう言って家康は口を開いた。