第19話:家康、過ちを語る
【慶長20年(1615年)五月一日 秀頼 23歳 家康内いえやすない 『いえやす』 】
扉を開け部屋に入ると、そこは畳張りの和室だった。
その中央に一人の少年が座っている。どうやら子供の頃の家康らしいな。
さっきの記憶で見た元服頃の家康よりかなり幼い。7つか8つぐらいに見える。
「貴方たち、よくここへ辿り着きましたね」
「ここへ辿りつくには、僕のことをよく知り、好意を抱かなければなりません。大抵の人はどこかで挫折してしまうのですが」
まあ普通はそうなのだろう。だが、私達は家康の過去、その考え方や行動を知って強く好感を抱いた。世界を背負っていることを別にしても、家康と友達になりたいと願ったのだ。
そうだ。私達こそ、家康の友達になるのに相応しい。家康の心にわだかまりがあるなら、解きほぐしてやりたいと誰よりも思っている者だという自負がある。
「私達は信念を持って君に好意を持つことに成功した。さあ!今こそ私達と友達になろう。そして、共に混沌の氾濫を止めるのだ」
クレオス達が押し留めてくれてはいるが、すでに混沌の氾濫は始まっている。
混沌の氾濫によって、世界中の混沌エネルギーが家康に集まりつつある。家康の混沌エネルギーが一定値を超えれば家康は理性を失う。
理性を失った家康は、世界のあらゆるものと友情を結ぼうとする。友情エネルギーは混沌エネルギーだ。友情によって、世界の全てが家康と混ざり合えば、世界は家康を残して実体のない混沌エネルギーになってしまう。
家康の思い出を理解し、一緒に新たな思い出を作ることができれば、理性を取り戻させることができるはずだ。
かつてニャーちゃんが石になったとき、メイはそうやって理性を取り戻したからな。
「そうですか、ならば」
「僕の最大の秘密。世界への反逆とも言える秘密と、それを生み出してしまった苦悩を理解することができたら……貴方方と友達……いえ、唯一無二の親友になれるでしょう」
家康がそう言うと、ぽわんという音がして家康の周りを囲むように、信楽焼のような二足歩行のたぬきが八体現れた。
『我ら、ぽんぽこ楽団。皆様が家康様のお友達に相応しいならば、まずは我らの試練を乗り越えなされませ』
そう言ってぽんぽこ楽団達は、
家康ぴんぽこ 家康ぱんぽこ
ぽんぽこ ぽんぽこ 腹踊り
と歌って、腹を叩きながら踊った
腹を叩いているだけなのに、様々な楽器の音が奏でられ、美しい旋律を作り出した。
『バイオリンに、ビオラ、チェロ、コントラバス……とぼけた歌詞だけど、演奏は本物のオーケストラ並みね』
どうやらニャーちゃんは奏でられている楽器の正体が分かるようだ。
いや、楽器が分からなくともこの音は素晴らしい。我々が聞き入っていると、突然周囲に変化が訪れた。
地面が激しく揺れている!地震か!?
これまでの人生で感じたこともないほど、大きな揺れの地震が起こり、私たちはひっくり返りそうになる。
「皆!手を繋ぎ、持ち堪えるのだ!」
ぴしゃーーーん!
私がそう言い終わる寸前に私の頭に向かって雷が落ちてきた。
「.ぐはっ!?何だこれは?まさか、たぬき達の能力か?」
魔法少女になっているから、雷を受けたくらいでは死なないが、体力は大きく持っていかれる。
ごおおおおおおお!!
「今度は火か!!皆、意識を友情に集中するのだ。家康のことを思え!やつの攻撃が混沌エネルギーによるものなら、私達の友情で打ち消せるはずだ!」
私達は互いに手を握り、二つの宝箱で得てきた家康の思い出、そしてそれによって生まれた家康への想いに意識を集中させる。
びゅうううううう~~!!
普段なら体ごと吹き飛ばされそうな大風が吹く。地震・雷・火事・大山風と言ったところか。
その時、私達の体から8つの宝玉が生まれた。
それぞれには『可愛い』『努力』『犠牲』『尊重』『カッコいい』『相互理解』『守りあう』『希望』の文字が刻んである。
それらは家康の方に向かっていき、家康の体に入り込んだ。
「ああ……ああああ……!」
家康は呻きながら泣き崩れる。
そして顔を上げて私達を見つめながら言った。
「なるほど、これほど僕を理解してくれているなら……」
「分かりました。貴方達は僕にとって最後の希望です。お話ししましょう、僕の秘密を、最大の過ちを!」
家康がそう言うと、周囲の景色が一変した。
転移かと思ったが、ここは家康の中であったな。単に魔法で目に見える情景を変えただけかも知れぬ。
周囲は大きな湖のほとりだ。湖の向かいに富士山が見える。湖面に逆さ富士が写っている。
ここは富士五湖のどれかのようだな。家康のお気に入りの場所なのだろうか?
そこに丸くて足のついた台がおいてあり、五つの椅子が台を囲んでいる。
「まずはテーブルについてください。食事をとりながら話しましょう」
どうやら、あの足のついた台はテーブルというらしい。西洋では話す時にテーブルを囲むものなのだろうか?
家康は日本人だが、西洋の習慣を知っていたとしてもおかしくはないか。
私達が席につくと、突然テーブルの上に皿に盛りつけられた料理が出てきた。
妙に赤い汁の中に茄子が入っている。見たことのない料理だ。
「これは麻婆茄子という、中国の四川料理です。僕は茄子が好きなのですが、この料理は歳を食った僕にまた違った茄子の魅力を提供してくれました」
どうやら家康お気に入りの料理らしいな。彼とさらに深く分かりあうためにも、ここはご相伴に預かるとするか。
「異様に辛いのは確かですが、辛味と旨味がうまく混じり合い共に引き立て合うことで、たまらない美味しさを引き出しているのです」
確かにこの味わいは全く未知のものだ。食うごとに、舌と腹が茄子を求め、箸が全くとまらぬ。
舌が焼け付くように熱いのだが、それでもどんどんと食べてしまう。
「全く、世界には我々の知らぬ旨いものがあるものですね」
「明ならばまだしも、西洋の食事などはほとんど食べたことがありません。このまま世界が滅びたらもったいないことこの上ないですよね」
家康も私たちも貪るように麻婆茄子を平らげた。
世界には旨いものがある……か。冗談半分だろうが、確かにこの味を無くしたくはないな。
腹が膨れ歓談したことで少し互いの緊張がほぐれてきた。
「それではお話ししましょう。私が何を隠しているのか。そのすべてを」
【家康の秘密】
[家康視点]
【慶長15年(1610年)十月十八日 家康 69歳 忠勝 63歳 伊勢国 桑名郡桑名 桑名城】
「ついにこの時が来てしまったか」
今から14年前に服部半蔵が死んだ。そして今また本田忠勝が最後を迎えようとしている。
二人はよく儂に仕えてくれた。お陰で天下は手の届くところまで来たが……。
大坂には『救世の聖女・豊臣秀頼』がいる。結局やつを倒すことのできぬまま、儂には眷属たる魔法少女がいなくなってしまった。
やつが力に目覚めれば儂一人ではとても敵わぬ。何とか戦う術を編み出さねばなるまい。
じゃが、この歳から忠勝や半蔵ほどの親友を得ることは不可能であろう。ならば、どうするべきか?
「い、家康様……お、お聞きください。我の言葉を……そして、どうか天下を……」
[侍は首取らずとも不手柄なりとも、事の難に臨みて退かず。主君と枕を並べて討死を遂げ、忠節を守るを指して侍という]
そうだ。忠勝は何があろうとも儂と共にあり、槍においても魔法においても儂の敵を薙ぎ倒してきた。
だが、今 忠勝は儂と枕を並べることなく先に逝こうとしている。ならば何故遺言にこの言葉を選んだのであろうか。
この言葉に、何か儂しか分からぬ合図が含まれているのか?
討死を遂げ、忠節を守る……。これは一見、死ぬことで忠節を見せるという意味にとれるが……。
もし、『死して尚、忠節を尽くすべし』という意味だとしたら……?
魔法薬師は薬を作る。薬によって傷を治し、力を高めることはできるが、だからと言って死したものを生き返らせることはできぬ。
もちろん、乱世において兵は死と隣り合わせにある。そんな薬が作れるならば、作りたいとは常々思っていた。
しかし、魔法少女になってから30年余り、実験を続けてきたが、そんな薬は未だできぬ。
忠勝の意思を掴み切れなかった儂は、もう一度 忠勝に呼びかけた。
「忠勝、そなたは……」
だが、忠勝は返事をしなかった。そればかりか身じろぎ一つせぬ。
すぐさま典医が呼吸と脈を確かめた。
「本多平八郎忠勝様、ご臨終でございます」
そう聞いた時、儂の脳みそに忠勝との思い出が溢れかえった。
そう、ついに長年の夢であった『ぽんぽこ・ランド』と『コンコン・ランド』が完成し、その喜びを分かち合った、あの時のことだ。
作り始めたのは慶長8年(1603年)だった。当時は豊臣の勢力がまだ強く、ここで私財を投げ打つのは危険であったが、儂達にはあまり時間が残されていないことを感じていた。
そして、それから5年後の慶長13年(1608年)ついに、ぽんぽこ・ランドとコンコン・ランドは完成した。
儂達の思い描いた理想の施設を作り上げたのだ!
可愛いたぬき・きつね衣装
忠勝の魔法で可愛い衣装を出し、それを模したものを針子達に縫わせた。
可愛いたぬき・きつね像
木工職人や石工が頑張ってくれた。信楽焼のように現実的なものもあれば、可愛さを誇張したものもある。掌に乗るほど小さいものもあり、皆たぬき・きつねの魅力を引き出している。
書物コーナー
国中から物語を集め、家臣達にも新しい話を考えさせた。儂が書いた小説もある。たぬきを魔法少女のようにした絵姿もいくつか用意した。
そして、お披露目にあたって家臣一同を招いての大パレード!
感無量というのは、ああいう気持ちをいうのだろう。儂も感動のあまりひたすらに涙を流し、いい年をして抱き合い、讃えあい、はしゃぎ回ったわい。
人生において最も楽しかった瞬間と言って良いであろうな。
それと並び得る、戦での最高の思い出はやはり関ケ原じゃ。
あの戦で天下が見えてきた。未だ大坂には『救世の聖女』がいるが、今や儂は征夷大将軍となり、天下まで手が掛かっている。あとは儂の寿命の問題じゃ。
あの日まで、儂と忠勝は魔法を使って豊臣恩顧の勢力を大きく減退させられないかと考え、色々と実験をしていた。
半蔵はすでに亡くなっていたから、どうにか二人で策を編み出す必要があったのだ。
そこで生み出されたのが、たぬきスーツじゃ。
忠勝の魔法は相手を可愛い衣装に変えることができる。だが、可愛くさえあれば、衣装に色々な『設定』を付けられることがわかった。
たぬきスーツは、見た目だけ見れば、頭の部分にたぬきの顔がつき上下のつながった寝巻きじゃ。
じゃが、たぬきということで、『可愛いものに化ける』能力を付けることができた。
これを活かし関ヶ原では、子犬に化けた半蔵が小早川秀秋の陣に侵入した。
陣深く入ったところで、一度元に戻って、今度は服部半蔵に化けたのじゃ。
魔法忍者・半蔵は間違いなく可愛いからのう。当然、たぬきスーツによって化けることができる。
半蔵に化けた忠勝は、半蔵の魔法『おままごと』で秀秋に『裏切り者』の役を与えた。
小早川秀秋は西軍を裏切り、これが戦の決め手になった。
あの時の嬉しさも言葉では言い表せぬ。魔法とは言っても効果のわかりやすい儂の魔法と違って忠勝の魔法は戦に生かしにくかったからの。
やつの魔法が、儂が将軍になる決め手となったのだ。儂も忠勝も嬉しかった。
戦勝の宴は、夜通し盛り上がったのう。
儂が思い出に浸りながら、忠勝の遺体を見つめていると、突然忠勝の遺体が強い光で輝き始めた。
家臣たちが戸惑う、儂も慌てそうになって自分を落ち着かせる。これは、魔法か?
そう思っていると、はるか東の空が同じように輝き始めた。
そして何かが空を飛んでくる、あれは……。
「は、半蔵の遺体が空から飛んできた!」
14年前この手で墓に葬った服部半蔵正成の遺体が、桑名城へと飛んできた。しかも、遺体はまるで朽ちておらず、今死んだばかりのように新鮮だ。
二人の遺体、そして儂の中に今まで感じたことのない力が感じられる……これは友情が、生み出しているのか?
この力なら、もしかして……二人を生き返らせることが出来るのでは?