第18話:家康と半蔵、暗黒妄想で絆を紡ぐ
【天文24年(1555年)三月十日 秀頼 23歳 駿河国安倍郡駿河府中 今川館 】
半蔵の『闇が呼んでいる』という言葉に対して、家康はにやりと笑って答えた。
「ほう、もう組織が嗅ぎつけてきたのか」
そう言うと、家康は手を空にかざし『なるほど』と言った。
「どうりで黒い風が吹いている訳だ」
そして家康は自分の右腕を抑えながら、半蔵を見つめて言った。
「この俺の右腕に封じられた暗黒邪竜……あんたが用があるのはそいつだろう?」
半蔵は『お見通しのようだな』と呟いて頷いた。
「ああ……あんたはやり過ぎた。組織はあんたと暗黒邪竜の首をご所望だ」
そこで半蔵はニヤリと笑い、自分の八重歯を、家康に見せた。
「だが、そっちはどうでもいいのさ。俺の邪蝕牙はあらゆるものを吸収し自分のものにする」
「暗黒邪竜の力は俺が頂くとしよう。そうすれば俺は組織のヘッドになれる」
家康は『ふふっ』と声を出して笑った。
「面白いことをいうもんだ」
そして、人差し指を立てて『チッチッ』と言いながら左右に振った。
「だが、そういう考え方は真摯とは言えないな」
半蔵もまた微笑んで、両手を大きく広げる。
「いいだろう。俺の闇とお前の闇、どちらがより深淵に近いか……試してみようじゃねえか」
「「面白い!」」
そこまで言ったところで、二人は堰を切ったように大笑いし始めた。
「あんたは、竹千代……いや、元服して松平元信か。これほど闇を理解してくれたのは、あんたが初めてだ」
「それはそうだろう。儂は人質時代から闇の力があれば、その力で陰から世界を動かせればと常に思っておったのだ」
「暗黒の技や呪いの力も色々想像した。まさか、同じことを考えているものがいるとは思わなかったがな」
「それはこちらの台詞だ。9歳で家を出て以来、伊賀の山中に隠れ住みながら、どんな暗黒技があれば、世間をひっくり返せるかと妄想していた」
「これほど気の合うものに出会えるとはな」
「そなた、この辺りに住んでおるなら、共に闇の研究を極めようぞ」
「望むところさ。では毎日・申の刻半に、この場所で待ち合わせるとしよう。そしてお互いの考えた闇と混沌の妄想で戦うのだ」
「俺はこの儀式を、真魔・侵食ごっこと呼んでいる」
「おお!何というかっこいい名前だ!儂も参加させてくれ!闇の儀式・真魔・侵食ごっこに!」
それから家康と半蔵は毎日のように、真魔・侵食ごっこを繰り返した。お互いの妄想が妄想を呼び、十本を数えるほどの巻物に、暗黒の技が記録されていった。
だが一年の時が流れたある日
こんなことしている場合じゃない!
と二人同時に気付いたのだった。
一年の間に情勢は動き、三河では反今川の大戦が起きており、近々初陣という話もある。
変な妄想ごっこで遊んでいる場合ではないのだ!
二人はそう考えて巻物を焼き捨てた。しかし1年間で二人が築きあげた絆は消えない。
それからの戦いで半蔵は家康の影となって、敵を消し、城を焼き、偽情報を流してきた。
松平が徳川となり、勢力が大きくなっても最も信頼する部下は半蔵のまま、変わらなかったのだ。
【家康と半蔵の黒歴史 終わり】
「そうだ!あの日、俺はかけがえのない親友を何があっても守ると誓ったはずなのに!闇の妄想を止め、まともな忍者の修行に打ち込んで、やっと友を守る力を手に入れたのに!!」
悲痛に叫ぶ半蔵に対して、家康は彼の頭に手を置いた。
「お前のその気持ちだけで『勝つには』十分じゃ」
「さあ!思い描け、今や忘れかけた黒歴史!我らが友情の始まりとなった闇と暗黒の宴を!儂と紡いできた日々を!!」
そうか!二人が親友であったにも関わらず、これまで半蔵が魔法少女になれなかった理由は……。
二人の間に『恥ずかしい思い出』というわだかまりがあったからだ!
それは私達もそうなのだろう。家康と恥ずかしい思い出を分かち合ってこそ、友達になれるのだ。
半蔵は家康の言葉に面食らっていたが、冗談で言われたのではないことを理解しているようだ。
半蔵は頭を押さえ目をつぶって、過去の記憶を探り始めた。
すると、天にツクヨミが現れた。
『半蔵よ。家康との絆、確かに認めたぞ。だが、良いのだな?女子になり、異形の力を手に入れることになるぞ?』
「元々俺ははぐれ者さ。家康様を守れるなら、何にだってなってやるぜ!」
半蔵がそう叫んだ瞬間、まだ倒れていない忍者達や、周りの樹々から黒い靄が噴き出して半蔵の体に入り込んだ!
半蔵の体が黒い炎で燃え上がり、炎が渦を巻いて天に向かって放たれた!
炎の中から現れた半蔵の姿は、それまでとは変わっていた。
「深淵より出ずる、漆黒の闇……。魔法くの一、服部半蔵……」
『半蔵の能力はおままごと、敵に台本を与えシナリオ通りに動かさせる能力だ。魔法がかかりさえすれば、敵はそなたの意のままになる』
「……そいつは面白れぇ……」
【魔法:おままごと】
台本:殺陣
斬り役:徳川家康
斬られ役:伊賀忍者
半蔵が『おままごと』の設定を唱えると、まだ残っていた忍者達が一人ずつ家康に斬りかかった。
家康は決められた動作をこなすように、次々と忍者達を斬っていく。
「成敗!」
家康はそう叫んで、忍びのまとめ役らしい男を斬った。
「なるほど……配役がハマれば、最強……だな」
「半蔵よ。ついにお前と忠勝、二人の眷属ができた!この力があれば天下も夢ではないぞ!」
「……そうだな……今こそ俺たちの闇で、乱世を……終わらせる……」
家康と半蔵は互いに左手で目と口を隠し、右手で脇腹を掴む構えをとった。
どうやらこれが彼らの言う『闇の者』がカッコをつける時の構えのようだ。
「やはり覚えていたな」
「忘れるものか、我らが編み出した『闇を統べる者』の構え」
「さあ」
「闇よ、蠢け」
「この日の本を暗黒に覆うまで」
そう言って二人の世界に入る家康達を四人で見ていると、メイが叫んだ。
「ちょー、カッコいいよ!」
カッコいいとは、家康達のことか?格好が良いと言えなくもないだろうが、あまり一般的なかっこよさではないような気がするのだが……。
そう考えていると、メイはキャッキャっとはしゃしながら『闇を統べる者の構え』を真似して言った。
「だって闇に邪に暗黒だよ!?」
「言葉だけでも、日常の裏に隠された力って、感じでワクワクしちゃうでしょ!」
「しかも!しかも邪触牙とか暗黒邪竜とか、文字をちょっと組み合わせただけで、色んなイメージが浮かんできて、心の底が打ち震える感じがするの!」
メイは大げさな身振り手振りでまくしたてる。
随分と暗黒用語が気に入ったようだ。これなら、さらに、家康と友達になりたいという想いを強めることができそうかな?
「でも本当に心を打たれたのはやっぱり絆だね。二人は『暗黒妄想』を繰り返して仲良くなったんだもん」
「『暗黒妄想』を諦めてでもお互いを守ろうとしたし、結局最後は暗黒妄想に戻れたもんね」
「あたしも、二人と友達になって一緒に暗黒妄想したいと思っちゃった!!」
どうやら、メイは完全にこの思い出から家康への友情を感じることができたようだ。
次は私の番だな。
私は彼らの絆をどう感じただろうか?
彼らは、はたからみればどんなに恥ずかしいことであっても、暗黒妄想こそ、お互いにとってかけがえのない本質であることを、深く理解していた
25年の空白があっても家康は、半蔵の本質が暗黒妄想であることを見失っていなかった。
半蔵もまた、家康が25年間 政治と戦に忙殺されながらも、常に心のどこかで暗黒妄想のことを考えていたことを知っていた。
私が強く惹かれるのは、その『相互理解』だ。これこそ友情に欠かせぬものだろう。
私は魔法少女になってからずっと、理解によって敵と友になってきた。
どんな相手にも事情があり、良く知れば友になれる可能性があるのだと知った。
その私から考えても、この相互理解は理想だ。なんと言っても25年の時を経ても、何ら疑うことなく相手の信念を理解し続けていたのだからな。
そうだ。私も彼らのことをもっと知りたい。どんな思想の元に暗黒妄想を思いつくのか、私も工夫次第で思いつけるのか……?
彼らと友になり、彼らやメイが絶賛する暗黒妄想のやり方を聞きたい。彼らと思いを共有したい!!
よし、これでいいぞ。家康への想いは、完璧だ。
「くまごろうよ!私とメイは行けそうだ!君は家康達をどう思う?」
私の質問に対して、家康達を見つめていたくまごろうは、目を瞑りしばらく考えた。
そして目を開き、『やはり……そうだね』と言って話し始めた。
『僕が感動したのは、二人が持つ『お互い守りたい』という強力な意志だ』
『知っての通り、僕は前世で自らを捨ててでも、ニャーちゃんを守ると決意した』
『でも結局、混沌の氾濫を止めることはできず、世界を無に帰してしまった』
くまごろうは遠い目で虚空を見つめる。ニャーちゃんと過ごした日々のことを思い出しているのだろう。
そして抱き合う家康と半蔵を指さして言った。
『だからこそ、共に守り合うと誓い、協力して組織をどこまでも大きくしていった二人の関係は僕が理想とするものだ』
『僕はそんな彼らの意思を守りたい。このままだと、彼らの互いを守りたいという意志ごと世界は再び無に帰してしまうんだからね』
『二度と誰かを僕達のような目に合わせるわけにいかない』
『そうだ。僕は『新しい友達』を『何としても守りたい』んだ!』
くまごろうは拳を大きく振り上げてそう言った。彼にとって、守る・守りあうということこそ何よりも重要らしい。
くまごろうの言葉を受けて、私とメイとくまごろうの思いが共鳴する。あとはニャーちゃんだ!
メイに抱きかかえられたニャーちゃんは、『ふぅ』と一度ため息をついた。
『最後は私ね。私があの惹かれたのは二人が求め続け、最後についに手に入れた『希望』よ』
ニャーちゃんの口から出た言葉は『希望』であった。
家康達が暗黒妄想によって希望を手に入れたと言うことらしいが……、普通に考えただけではよく分からない。
『家康は大大名家で元服し、家臣としての未来に不安を抱いてたわ。半蔵は9歳の頃に家を飛び出してサバイバル生活を送り、生きること自体に不安を抱いていたわよね』
『二人はその不安を、暗黒妄想によって現実逃避をすることで抑えていたのよ。そして二人は出会い、共に暗黒妄想を盛り上げ不安を抑えることで、現実に向き合う勇気を手に入れた』
そうか、暗黒妄想そのものはまやかしに過ぎなくとも、二人で共に妄想し合うことが、二人の心を支えていたのだな。
『その勇気と共に培った『真実の友情』によって、未来に対してまやかしではない本当の『希望』を抱くことができるようになったのよ』
『その果てに25年後、ついには暗黒妄想を現実化し、実際に使える能力に進化させた』
『私とくまごろうが、かつて諦めた『希望』を彼らは持ち続けた。彼らの関係性は私の希望でもある。だから、私も彼等と友達になりたい』
『世界が滅ぼされることで、今また失われようとしている彼らの希望を私が繋ぎたい!!』
その言葉と共に、忠勝の時と同じように周囲の風景が収納されるかのように、目の前の一点に集まっていく。
そして回りが真っ暗になると、その一点に『半蔵』という銘が入った宝珠があった。
さっきのが『忠勝珠』なら、こちらは『半蔵珠』と言ったところだな。
「ねえねえ!二つの珠が揃ったよ!これで家康とお友達になれるんでしょ?」
「ああ、そうだ。私達の覚悟は決まった。今は家康と友達になりたい思いで一杯だ」
『家康の事を、きちんと理解できたと思う。今なら彼の心を解きほぐせるだろう』
『さあ、行きましょう!家康の心のコアへ!!』
ニャーちゃんがそう叫ぶと二つの宝珠が輝き始め、合体して一つになった。
その合体宝珠が空間に、『いえやす』と平仮名で書かれた扉を作り出した。
「いくぞ!皆!!これが最後の戦いだ!!」
私達は、緊張を抑えながら扉を開けた。