第17話:秀頼達、家康と忠勝の友情に惹かれる
【元亀3年(1573年)十二月二十二日 秀頼 23歳 遠江国敷知郡・三方ヶ原 】
魔法少女となった家康に対し、ツクヨミは彼女の能力について説明を始めた。
『魔法薬師・家康よ。そなたは生き物を魔法植物にする魔法が使える。武田軍をことごとく植物に変えてしまえ。さすれば、実や葉、根などから魔法で回復薬を作り忠勝を治すことができよう』
話が見えてきたな。私が生き物をぬいぐるみにするように、家康は生き物を魔法植物とやらにするのだ。
その魔法植物から素材を手に入れ、それを魔法で薬にする。
回復薬も作れるのだろうが、恐らくツクヨミにとって重要なのは暗黒魔力を高める薬だ。
家康の暗黒魔法によって作られた魔法植物を薬にし、それを服用することで生き物が元々持っていた魔力を暗黒魔力として取り込む……。
そうすれば、家康は敵を倒せば倒すほど強い暗黒魔力を持つことになるわけだ。
その力が大坂の陣で一定値まで達したために、魔道が開けたのであろう。
「うおおおおおおーーー!!!」
「枯れ木に花を咲かせましょう!」
家康がそう叫ぶと、家康の持つジョウロから暗黒魔力が飛び出し、武田軍へと降り注いだ。
するとみるみるうちに、武田兵が黒い幹の樹木へと変わっていく。
それまで平原だった三方ヶ原は忽ち、魔法植物の森になってしまった。
そして、しばらくするとそれらの樹に実がなり始めた。
「回復薬錬成!」
家康の言葉と共に、魔法植物の果実が家康の元に集まり、瓶に入った薬に変化した。
家康はその薬を掴んで、忠勝の元に駆け寄る。
薬を飲ませると、すぐに忠勝の傷が塞がっていく。馬鹿な!4、5人から切り付けられ、全身から血を流していたのに……。
「こ、これは?拙者は生きているのか?」
「忠勝!無事だったのだな!!」
忠勝は突然、美人の女性から話しかけられて面食らっているようだが、状況から彼女が家康だと判断したようだ。
「家康様、なのですか?ここは、森の中?拙者の傷は……?武田軍はどうなったのです!?」
「武田軍は儂が魔法で植物にした。そしてそれらから取れた果実を加工して回復薬を作り、そなたの傷を治したのじゃ」
家康の言っていることは事実なのだが、荒唐無稽すぎて忠勝はすぐには受け入れられないようだ。
「つ、つまり異形の力を手に入れてまで、拙者を救ってくれたと……」
「当然じゃろう!儂とそなたは、共に夢を追う同士じゃからな!二人でぽんぽこ・ランドとコンコン・ランドを作るのじゃ!」
「な、ならば!拙者にもその異形の力をくださいませ!このような力を持つ者が二人になれば、日ノ本の統一など容易でございましょう」
忠勝の言葉に応じて、空中のツクヨミが語り掛けた。
『家康の眷属になると申すのだな。そなた達にはすでに絆がある。家康が認めれば、新たな魔法少女となれるであろう』
ツクヨミがそう言うと、忠勝の体が輝き始める。
「すべてを着飾る、おしゃれの妖精!魔法服飾師・忠勝!!」
忠勝はそう叫んだ。だが、私と初めて会った時、確か忠勝は『魔法戦士』と名乗っていたはずだ。
途中で職業が変わったのか……?いや、忠勝の能力は『可愛い服に着替えさせる』のはずだ。ということは魔法服飾師のままで変わっていないはず。
『魔法服飾師は、あらゆる可愛い衣装を素材なしで作り出し、相手に着させる魔法を使う。それならば、たぬきやきつねの衣装も無限に作り出せるであろう』
「ま、真か!!だが、戦には使いにくいな。いや、相手の動きを止めるだけなら、使いようはあるか……」
「まあ、油断はできぬが、これで我らは最強というわけじゃな。準備を整えたら駿河、そして甲斐に攻め入り、武田を滅ぼしてくれる!!」
「おお!そうしたら次は関東、東北……織田殿以上の領地になりますな!」
手を取り合って喜び合う二人……。私とメイ、くまごろう、ニャーちゃんの四人はそれを黙ってみていた。
「かわいい!!」
突然、メイがそう叫んだ。
「可愛い?確かに魔法少女になった家康達は可愛いが……」
「それもそうだけど!たぬきさんときつねさんのテーマパークが作りたいなんてかわいいじゃない!それにそれに向かって努力する姿も可愛いわ!」
確かに彼らの夢、夢に向かう姿も非常に好感がもてる姿ではあるな。可愛いか、そうだな。彼らは男性であった頃から可愛かったわけだ。
「あんな可愛い人達なら、すっごい仲良しになれそう!仲良くなって、あたしもねこさんのグッズを見せてあげるの!」
どうやら、メイは『家康の想いを知り』『家康に共感する』という条件を満たしたようだ。
私はどうだろうか?
そうか、努力だな。
一つの夢に向けて、ひたすらに努力し続ける姿は美しい。私は魔法少女になるまで、徳川を倒すという目標のために、努力し続けてきたとは言い難いからな。
誰しも自分にないものは憧れるものだ。あの二人のたぬきときつねに向かう姿勢は美しい。
もし友達になれたら、これまでどうやって『グッズ』を作って来たか聞かせて欲しいものだ。苦労譚もあれば、同じ数だけの成功もあったことだろう。
その中で二人は絆を深め、より可愛いグッズを生み出していったのであろうな。
ああ、そうか。どうやら私も条件を満たしていたようだ。今は家康と仲良くなりたくてしょうがない。
「私とメイは、家康に友情を感じることができたようだ。くまごろうとニャーちゃんはどうだ?」
私の質問にくまごろうが答えた。
『そうだねえ』
『何の躊躇もなく、家康を守ろうと飛び出した忠勝、自分のために傷ついた忠勝を救うべく何の躊躇もなく魔法少女になると決めた家康』
『この決断の影には、積み重ねられた友情の日々があったはず。僕はそれが尊く、素晴らしいものだと思う』
『僕も前世でニャーちゃんを守るため命を賭けた。だから彼らの思いがよくわかるのさ』
『だからこそ彼らと語りあいたい、友へ恋人への想いを!僕もまた彼らと、是非仲良くなりたいよ!!』
おお!事の他、この思い出は皆の心を打ったようだな。
「ニャーちゃんはどうなのだ?そなたが家康に友情を抱けば、この試練は突破できそうだぞ」
『そうね。家康も忠勝も大きな夢を持っている。でも、殺されそうになった時、かけがえのない自分の夢よりも、相手の夢の事を考えていた』
確かに忠勝は、家康の夢を叶え自分の夢を託すために、家康を守ろうとした。
そして家康もまた、忠勝が夢を叶えぬまま死んではならぬと思い、魔法少女になったのだろう。
彼らは互いの夢を心から尊重していた。
『友達を思い、友達を理解して、友達の夢を思う。とっても素晴らしいわ。私も彼等の夢を叶えてあげたくなった。そのためにも、お友達にならなくちゃいけないわね』
ニャーちゃんがそう言った瞬間、周囲の風景が収納されるかのように、目の前の一点に集まっていく。
そして周囲が真っ暗になったところで、その一点にある『宝珠』が輝き始めた。
『宝珠』には『忠勝』との銘が刻まれている……。これが家康と忠勝の友情の結晶と言うことか?
「この珠が試練突破の証のようだな。これを持っているということが、二人の友情を理解し、家康に友情を抱いているという証になるのだろう」
「じゃあ、もう家康とおともだちになれる?」
「いや、宝箱は二つあった。恐らくはもう一つの宝箱で家康と半蔵の友情を体験することになるのだろう」
家康の家臣で魔法少女になったのは、忠勝と半蔵のはずだ。ならば半蔵が魔法少女になったときにも、特別な思い出があるのだろう。
「じゃあ、こんな楽しい思い出がもう一つあるんだね!」
「ああ、そうだ。家康と友達になるためにも、その思い出を見せてもらおう」
そう言っていると、周囲の風景が変わり再び元の白い部屋に戻って来た。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【慶長20年(1615年)五月一日 秀頼 23歳 家康内 思い出部屋 】
目の前には開かれた宝箱と、閉じた宝箱がある。開かれた方はさっき忠勝の宝珠を手に入れた方だ。
「さっそくもう片方の宝箱も開けてみようと思う」
メイ・くまごろう・ニャーちゃんともに異存はないようなので、私は宝箱に近づいた。
すると宝箱の蓋に、文字が書いてあることに気づいた。
『失われし黒歴史』
黒歴史とは何だ?半蔵との思い出が入っているのではないのか?
それとも思い出したくない思い出ということだろうか?先ほどの三方ヶ原のように、この箱が伝える真実も、我々が知る史実とは異なっているのかも知れない。
つまり家康が、恥ずかしくて隠そうとした半蔵との思い出が隠されているということか……?
それを私達は見ていいものなのか……?
私が悩んでいると、横からメイが入って来た。
「なにやってるの?ほら開けちゃおうよ!」
そう言って、メイは宝箱の蓋を開けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【天正10年(1582年)六月二日 家康 40歳 半蔵 41歳 伊賀国阿拝郡西山村 御斉峠 】
メイが宝箱を開けると、私達は真っ暗な森の中に転移した。どうやら今は夜のようだ。
私は周囲を見回す。
家康の意思に反して恥ずかしい思い出を見るのだから、何としても家康のことを知り、彼と友達にならねばなるまい。
どこか近くに家康と半蔵がいるはずだ。
そう思っていると、私達の脇を黒づくめのいかにも『忍衣装』と言った見た目の集団が駆け抜けていった。
彼らが向かう先には、魔法薬師に変身した家康と、人間のままの半蔵が忍者集団から逃げていた。
「きゅわきゅわ、めでぃすん!」
家康はそう叫んで、瓶から液状の薬を振りまいた!すると、何人かの忍者の体から黒い靄のようなものが噴き出して、忍者はその場に倒れこんだ。
何だ?あの靄は?暗黒魔力に見えるが……しかし、私が魔法少女になるまでは家康一味しか魔法少女はいないはずだ。
この忍者たちは何者なのだ?
「徳川家康、そして服部半蔵よ!主・明智光秀の命により、貴様たちを消す!」
忍者達の頭目と思われる人物がそう叫んだ。忍者達は光秀の命令で家康達を殺しに来たのか。
では、これは伊賀越えというやつか。本能寺の変の直後、堺にいた家康は半蔵の手引きで伊賀を通って三河に逃げたという。
だが、それが可能だったのは半蔵と伊賀の忍者達に繋がりがあって、通してもらえたからだ。
一方で、ここでは伊賀の忍者達が家康と半蔵を殺しに来ている。縁があるはずの半蔵を裏切ったということか?
「殿、そしてあの者達 暗黒の邪悪な力、あのような力がこの世界に存在するとは!」
魔法が使えず、足手まといになっている半蔵が呟く。
「半蔵よ!この力は友を守り、夢を叶えるために存在するのだ!もう誰も犠牲になどせぬ!お主と一緒に三河に帰るのだ!」
だが、忍者達は絶え間なく家康に斬りかかる。何人かは先ほどの薬で浄化しているものの、捌ききれず 家康は忍者達の黒い靄を帯びた太刀で、何度も斬りつけられている。
その度に、すでに倒れた忍者達を魔法植物に変えて、回復薬を作って傷を治しているのだが……。魔力が尽きてきているのか、回復が間に合っていない。
「ああ、この力があると知っていれば、あの日の漆黒の炎を信じていれば!俺の右手に暗黒魔獣が封印されていると、思い続けていれば!!」
半蔵が何か妙なことを言い始めた。漆黒の炎?暗黒魔獣?半蔵は既に魔法に触れたことがあるのか?
だがだったら何故、魔法少女に変身しないのだ?
「ああ、そうか。昔は色々と夢を見たものだな。漆黒の炎も邪眼も右手に封印されし穢れた暗黒魔獣も……。二人で『暗黒の闇忍法』を勝手に考えて、『真魔・侵食ごっこ』で遊んだものだ」
【家康と半蔵の黒歴史】
二人が初めて出会ったのは、家康が14歳、半蔵が13歳の頃のことだった。
その日、義元によって元服を受けた元康は、これから義元のために働き、いずれは祖父・父の旧領地・岡崎城を自分に預けてもらおうと張り切っていた。
家康が城から屋敷に戻る途中、黒いボロキレを纏い、首にも黒い布を巻いた、奇妙な男が話しかけてきた。
「闇が貴様を呼んでいる」
それが半蔵が家康にかけた最初の言葉だった。