第16話:家康と忠勝、夢のために戦う
【慶長2年(1615年)五月一日 秀頼 23歳 大坂城跡 】
元の世界に戻ってくると、そこに大坂城はなく、その代わりに富士山にも匹敵するほど巨大な城が建っていた。
大坂城や安土城すら、これほど大きくはない。一体なんだ?この城は?
「おお!秀頼ちゃん!!ついに戻ったのだな!」
そう言ったのは上半身は白、下半身は黒の巫女服を着た少女だ。
顔は西洋人よりに見える。だが、口調からしてこやつはクレオスなのだろう。
「お主、クレオスなのか?どうしたのだ。その姿は?」
「ついに特異点が、すべてを吸収し始めたからの。皆の力を合わせて食い止めておったのじゃ。そなた達が戻ってくるまでの」
特異点を食い止めていた?そんなことが俺とメイ以外に可能なのか?
「又兵衛から聞いた『くまプリンセス魔法』でわらわとツクヨミが合体して基本の超パワーを得た」
「そこから、影・又兵衛のアイドル魔法と幸村の料理魔法で能力にバフをかけた。お主の眷属である二人はお主に合わせてパワーアップしておったからの!」
「そして、忠勝と半蔵に家康の魔力の特徴、どうすれば少しでも長く抑えられるかを教えさせた。世界の危機に加え、家康が助かるかも知らんのじゃ。彼女達も快く協力してくれたわい」
三貴士に、私の家臣、影達に加え家康の家臣もか。まさに総力戦だな。
「それらの力を影・秀頼に集め、ゲーム・かくれんぼを仕掛けたのじゃ。その舞台として混沌魔力で作られたこの大決戦城が生まれたのじゃ」
影・秀頼の能力はぬいぐるみを通じて、遊びを仕掛けることだったか。
本来、混沌魔力の前ではあらゆる魔法は無効化される。
だが、クレオスとツクヨミが合体によって生み出した膨大な混沌魔力を使うことで、無理やり能力を通じさせたわけだな。
影・秀頼の『遊び』なら、ゲームの続行中には相手に危害を加えることができない。
だから、家康はかくれんぼをしている間、何も吸収できないと言うことだ。
つまりクレオス達は、私達と家康が仲良くなるための時間を作ってくれたという訳だな。
「だが、それでもわらわ達が家康を抑えていられるのはせいぜい30分というところじゃ。それを越えては、城もわらわ達も混沌魔力に飲まれてしまうじゃろう」
「それまでに、家康を正気にもどさねばならんわけじゃな」
30分と言えば小半刻か。世界の運命を決めるにしては短い時間だが、今の私たちならばそれだけの時間があれば十分であろう。
「よし、メイ くまごろう、ニャーちゃん、城へ向かおう。家康と遊びに行くぞ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
入口から少し入ったところに鉄でできた部屋のようなものがあった。
クレオスによると、これは『えれべーたー』というもので、乗れば天守まで運んでくれるらしい。
エレベーターに乗ったところで、私に抱かれたくまごろうが話し始めた。
『ねえ秀頼、特異点は近付くものすべてを吸収するんだ。部屋に入った時に引き離されないよう手を繋いで行った方がいいよ』
『最終的には仲良くならないといけないけど、いきなり吸い込まれたら、私たちも混沌エネルギーに変えられてしまうわ』
なるほど、話し遊ぶための時間を作るためにも最初を凌ぐ必要があるわけだな。
「じゃあ、つなごう!」
メイはそう言って私の手を掴む。反対側の腕ではニャーちゃんを抱えている。
私も繋いだ手とは反対側にくまごろうを抱える。これで4人の友情エネルギーは一つだ。
私達がお互いのことを思い、友情エネルギーの高まりを感じていると、エレベーターが天守につき、ゆっくりと扉が開いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【慶長20年(1615年)五月一日 秀頼 23歳 大決戦城 天守 】
部屋に入ると、強い力によって引っ張られそうになった。
見れば部屋の中央に長身の女性がいる。あれが魔法少女になった家康だろう。
「皆!互いの事を思え!一緒に遊んだ日々を思うのだ!そうすれば、やつに引っ張られることはない!」
私は妙な確信を持って、その言葉を叫んだ!これまでの経験から友情が何とかしてくれると心の奥底で信じているのであろう。
私も思う想う、くまごろうのことを想う!
あの時のことを想う、そう5歳の頃私がくまごろうを連れて江戸に行こうとした時のことだ。
考えてみればおかしなこと、盗賊に襲われた私を、丁度よく通りかかった見回りの兵士が見つけるなど、偶然であるはずがない。
魔力を感じ得るようになった今ならわかる。あの時、兵士を呼んでくれたのはくまごろうだ!
転生で前世の魔法は使えなくなっていたのに、あの時 唯一使えた魔法『くまの気配』で兵士を盗賊の元に誘導しくれたのだ。
私は徳川を倒してくれなかったと怒ってしまったが、あの頃からくまごろうは友情を見せてくれていた。
「「『『友情結界』』」」
力が溢れる!先ほど、混沌界への道を開いた『友達の輪』が、私達を囲むように現れた。
そして私達の回りに見えない壁のようなものが現れた。引っ張られる感覚が弱まった。これは家康の混沌エネルギーから我らを守る結界らしい。
ようし、これならば家康と話す時間を作ることができよう。
そう思っていると、メイが何かを呟き始めた。私と同じように、過去の友情を思い出したのだろうか?
「ニャーちゃんは、あたしがおかしくなって暴れたときに、あたしの頭に一緒に暮らしてた時の映像を出してくれたんでしょ?」
「おかしくなってたあたしが、急に治っちゃうのはおかしいもん」
「ニャーちゃんは、ぬいぐるみにされた後、最後の力であたしの暴走を止めてくれた。自分が助かろうとするよりも、あたしのことを優先した」
そう呟いたと共に、メイの体が輝き始める。
そうだ、メイだ!共にいると楽しい、共に遊ぶと楽しい、何より……。
「ぬいぐるみ好きの人にわるいひとなんかいない!!!」
「己より他人を優先するものが、悪人のはずがない!」
「私はメイが好きだ!くまごろうが好きだ!!ニャーちゃんが好きだ!!」
「あたしも、秀頼が大好き!ニャーちゃんが大好き!!くまごろうも大好き!!」
「「『『フレンズ・インフィニティ』』」」
私達四人がそう叫ぶと家康を囲むように友達の輪が現れた。
そして私たちの輪と家康の輪が引っ付き、○と○が一つの形となり∞になった!
家康と我らの意識が繋がる!同時に私達と家康の体の中で混沌魔力が流転し始めた。
このままだと、我等全員が混沌魔力に飲まれ、世界を混沌魔力に溶かそうとするかもしれぬな。
だが、一つになった以上、家康との対話は可能なはずだ。
さあ、ここからは我らの得意分野だ!!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
気づけば私たちは真っ白い空間にいた。
「ねえねえ、なんにもないとこに来ちゃったよ?」
四人で周囲を見回すが、本当に何もない。ただの真っ白い空間が見える限りにわたって続いている。
ここは家康の心の中なのか?しかし、肝心の家康がいないではないか!
そう思っていると、私たちの目の前に金属で出来た宝箱が現れた。
「何だ?この箱は?」
あからさまに怪しいが他にできることもない。開けてみるべきだろうか?
「くまごろうよ、どう思う?この箱は罠だと思うか?」
『いや、僕達は家康の深層心理にいる。恐らくこの箱は家康の心を端的に表す思い出が詰められているはずだよ』
『今の家康を形作るキッカケになった、一番大切な思い出が入っているってことね』
一番大切な思い出か。家康を知るために重要なのは間違い無いな。
「しかし、勝手に思い出を覗いて良いのか?後、開けたら家康がわすれてしまうというようなことはないのだろうな?」
『世界の危機だからね。多少のプライバシーの侵害は許して欲しいものだ』
『箱から出たとしても、家康の中にあることは変わりないのだから、忘れたりしないんじゃないかしら』
確かに、このままでは家康も死んでしまうのだから、拘っている場合ではあるまい。忘れさえしないのであれば問題ないだろう。
「じゃあ開けるんだね?開けたら家康の思い出がみられるの?」
『そのはずだよ。最も映画のような形なのか、記憶の世界に飛ばされるのかは分からないけどね』
「ならば、私が開けよう。くまごろうとニャーちゃんが開けるには重そうだからな」
箱は私の背の半分くらいはある。人間が開けるにはさして苦労はないが、ぬいぐるみの背丈ではフタに手が届かぬだろう。
そしてできれば、メイを危険に晒したくないからな。
そう考えながら、私は二つある宝箱のうち右側のフタを持ち上げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【元亀3年(1572年)十二月二十二日 秀頼 23歳 三方ヶ原 】
宝箱を開けた瞬間、私達は宝箱に取り込まれ気づけば見知らぬ場所に移動していた。
そして大量の軍勢が私達の横をすり抜けていく。どうやら、この世界のものには触れぬらしいな。
地面には立っていられるのだが、周囲の草木や人間には触れないようだ。
ふと見れば、一人の武将が敵に取り囲まれている。
旗印からすれば、囲まれているのは徳川軍、囲んでいるのは武田軍か?
武田と徳川の戦い、ならばこれは三方ヶ原の戦いだろうか?
「徳川三河守殿、御覚悟なされませ!」
豪華な兜を被った武将が家康と呼ばれた男に斬りかかる。
ザクッ
刀が肩口から入り家康は大きな傷を負った。
馬鹿な。この戦いでは確かに徳川は負けたらしいが、家康は死に物狂いで逃げ、助かったはずだ。
だが、この傷では家康は助からないのではないか?
倒れ込む家康に対して、他の武将が斬りかかる!だが一人の武将が間に割って入った!
その男は槍を振り回して、数人の武田軍を吹っ飛ばした!
「殿!お逃げなされませ!貴方はここで終わっていい方ではない!」
「だ、だがこの傷では……そうでなくても囲まれているのに」
「敵は拙者が倒します!昔、拙者が子供の頃、語ってくれたでしょう、夢を!その夢を果たせぬまま死んで良いのですか!」
【家康と忠勝の夢】
家康の夢は、あらゆるたぬきグッズを集めた夢のテーマパーク、『ぽんぽこ・たぬきランド』を作ることだった。
初めて忠勝と出会う前に、家康はデフォルメされた木彫りのたぬきや、たぬきのぬいぐるみ、たぬきスーツ(パジャマ)などを作っていた。
そして忠勝と初めて出会った時、偶然にも忠勝もまた、独自にきつねグッズを開発しており、似た夢を持っていることで二人は意気投合し、忠勝もコンコン・きつねランドを夢見るようになった。
それからも二人は厳しい政務と戦の合間を縫って、二人でたぬきときつねのグッズを開発してきた!
二人で話を考え絵を描いて、絵本『なかよしコンとポン』も執筆した!
【家康と忠勝の夢 終わり】
「作るのでしょう!夢のぽんぽこ・ランドを!そのためには生き延びねばなりません!」
「今は逃げて、織田殿と共に天下を掴まれませ!そして天下泰平が訪れた時、ぽんぽこ・ランドとコンコン・ランドを作ってください!」
自分の夢、忠勝の夢を背負った家康は、何とか生き延びようと這うようにしてその場を離れようとする。
だが、その瞬間遠くから発砲音がして、鉛玉が忠勝を貫いた!
「忠勝!!」
忠勝が倒れ込む、時間がゆっくりになって周りが暗くなり月の光が周囲を照らし始めた。
『力を求めるものよ。我が手をとるがよい』
空中にツクヨミらしき姿が映し出される。ツクヨミは三方ヶ原の戦いに介入することで家康を魔法少女にしたのか?
『我が手をとれば死にかけの忠勝を救えるだけでなく、圧倒的な力を手にすることができるぞ!』
『その力があれば、誰も死なぬ平和な世を作り出すこともできるだろう。魔法少女の力なら!』
だがこの時点のツクヨミの目的は世界を暗黒魔力で覆うことだったはずだ。
現に家康はそのための生贄にされて一度死んだ。
だとすれば、平和のため誰も死なぬためというのは家康に合わせて口実を作っているのに過ぎない。
本当の目的は家康の魔力を高め続け、彼を生贄にして、魔道を開くことなのだろう。
そう言っている間に家康は契約を決めたらしく体が黒く輝き始める。
「全てを癒す、愛の使者!魔法薬師・家康!!」
薬師!確かにそれは忠勝を助け、自らを助ける力だ!
……だが、この力でどうやって魔道を開くほどの力を手に入れたのだ?
謎は深まる。だが、この謎の先に家康の想いがあるのだ。私達はそれを突き止める。平和と、彼らが求めた夢のために。