第15話:秀頼とメイ、ぬいぐるみと話す
【慶長20年(1615年)五月一日 秀頼 23歳 混沌界 ぬいぐるみハウス】
「そうだ!思い出した。くまプリンセス魔法だ!」
「くまプリンセスまほう?それなあに?」
メイが不思議そうな顔で聞いてくる。
そうだ。私は一度体験していたのだ。魔法での合体を!
だが、そうだな。この空間では魔法が使えぬのだ。それでも合体できるだろうか?
「二人の友情が、とても強くなった時、魔力が混ざり合い合体できるのだ。方法は、片方がもう片方を肩車すれば良い」
合体によって二人の魔力が混ざりあえば、光と闇が混ざった『混沌魔力』を生み出せるだろう。その状態なら体を混沌魔力で覆うなりして、他人に触れても消さずに済むようにできるはずだ。
そして、練習を重ねメイ一人でも混沌魔力を扱えるようになれば、やがては合体しなくとも他人に触れられるようになるのではないだろうか?
「へえ!じゃあ、あたしと秀頼も合体できる?」
人形劇で中々、友情は深まったと思うが、どうだろうな?
いや、出来なくて元々なのだ。一旦やってみるのも良いかも知れない。この空間で合体出来るのかどうかを確かめる意味もある。
「やってみねばわからぬが、出来る可能性はあるだろうな。出来なければ、さらに仲良くなれば良いだろう」
仲さえ良ければ、少なくともここを出て現世に戻った時には必ず合体できるはずだ。又兵衛とは合体できたのだからな。
「じゃあ、やってみようよ!生き物を消しちゃわないようにできるかも知れないなら、なんでもためさないと!」
「うむ、それで……やはり体の大きい私がそなたを肩車すべきだろうな?」
「そうだね!あ、この部屋の中ならあたしに触っても消えないみたいだから安心してね」
そうか肩車するということは、体に触れるということだ。
メイが消えないと言うなら信じようとは思うが……。
試したとしても周囲のぬいぐるみとかだろう。生き物では試してないのではないか?
いや、この部屋にいるぬいぐるみは、メイによってぬいぐるみにされた生き物達なのか。
だとすれば生き物に触っても消えないことが立証されていることになる。
「ようし!やってみよう!なあに、出来なければもっと、仲良くなれば良いのだ」
「そうだね!秀頼とだったら、いくらでも仲良くなれそうだもん!」
そう言って、メイは私の肩にまたがり、私は彼女を肩に乗せて立ち上がった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「何も起こらないね?」
「ううむ、やはり外の世界でないと合体できないのか?」
いや、クレオスが私をこの世界に送ったからには、この世界で解決する方法があると考えていたはずだ。
ならば、きっと合体はできる。
少なくとも、もう少し仲良くなってみる価値はあるはずだ。それは、どちらにせよより大きな力を生み出す糧となるだろうからな。
「よし、ならばもっと仲良くなる方法を考えよう。お主は、ねこのぬいぐるみが好きなようだが、何か憐れがあるのか?」
高天原を喰らう前から、ねこのぬいぐるみにする魔法が使えたようなので、生まれつき好きなのかも知れぬ。
だが、それならば尚更ねこのぬいぐるみについて語ることは多いはずだ。
「えーとねえ、高天原を食べちゃった時のことなんだけど」
【メイとねこのぬいぐるみ】
高天原を食らうことで、光の魔力をとりこんだメイは、喜びや幸せという感情を理解できるようになった。
誰かを思う優しさや、他人の痛みも感じることができるようになった。
そのせいで、『高天原の吸収』によって、罪のない人々を皆殺しにしたことが、どんなに酷いことか理解できるようになった。
メイは、絶望によって感情を制御できなくなり、暗黒魔力が暴走した。周囲の全てを破壊し尽くしたため、もう少しで魔界が消滅するところだった。
あまりの心の痛みに耐え切れず、自爆して消えようとしたところで、メイは一匹の猫に出会った。
ぬいぐるみではない、普通の猫だ。魔物でもない、魔界にいるはずのない現世の猫だった。
その猫はメイに懐いた。お互い触れることはできなかったが、メイは生まれて初めての友達ができたことを喜び、理性を取り戻した。
何年か共に過ごし、二人はもっと仲良しになった。その中で、メイは何とかして猫に触れたいと思うようになった。
そして、高天原を食った時、人々をねこのぬいぐるみにしたこと、その時はぬいぐるみになった人々に触っても消えなかったことを思い出した。
「これで、ねこさんを抱っこしたりなでなでしたりできるはずだよね!」
と言って、ウキウキしながら猫に対して『ぬいぐるみにする魔法』を試してみた。
猫は触れても消えなくはなったが、鳴いたり動いたりしなくなった。
友達を失ったことに気づいたメイは、高天原の時以上に絶望し、再び暗黒魔力が暴走した。
だが魔界を滅ぼしかけたところで、猫との生活が頭に浮かんだ。
楽しかった日々を思い出すごとに、猫のことが恋しくなった。
メイは自分がぬいぐるみにしてしまったのだから、何とかして戻してあげないといけないという想いに駆られ、自らを制御して暴走を止めた!
「あたしが、治してあげないと!あたししか治せないんだから、あたしが責任を取らなくちゃいけないの!」
「ひどいことしちゃったの、あやまらなきゃ。それでもう一度、一緒に暮らすんだ!」
そして、猫を元に戻す方法を探す中で、意識を保ったまま相手をぬいぐるみにする少女・秀頼を見つけた。
【メイとねこのぬいぐるみ:終わり】
「だから、ねこさんをぜったい、元のねこさんに戻して上げないといけないの!」
そうか。メイも辛い思いをしていたのだ。聞くべきではなかったか?いや、より深く彼女のことを知ることができた。
彼女の絶望、彼女と猫の友情、そして覚悟!
やはり、私はこの子が好きだ。もっともっと知りあいたい仲良くなりたい!
そう思った瞬間、私達の目の前に二体のぬいぐるみが現れた。
その二体の内、熊のぬいぐるみが口を開いた。
『ついに、君たちの友情が僕達を目覚めさせたね』
続いてねこのぬいぐるみも喋った!
『ありがとう。メイ、秀頼。けど 世界を守るためにはここからが重要よ』
その言葉を聞いて、メイはねこのぬいぐるみを全力で抱きしめる。
「ニャーちゃん、良かったああああ!!喋れるんだね!動けるんだね!!」
『え、ええ。そうよ。貴方達のお陰で、また動けるようになったわ』
「良かったよおおおおお!!!」
そう叫びながら、しばらくメイは泣き続けた。
そうか、私達の友情が何か特殊な魔法を生み出して?二体を動けるようにしたのか?
そういえば、熊のぬいぐるみの方も動いている。こやつは、私が5歳の頃 南蛮人からもらった、あのぬいぐるみであろうな。
合体はできなかったが、何かが進展したということか。
「ええと、そなたはくまごろうであったか。そなたも話せるようになったのだな」
『ああ、もちろんだよ。君達同士の友情、そして僕達に対する友情こそが、僕達が話せるようになるためのキーワードだったわけさ』
そうか。私とメイだけでなく、ぬいぐるみに対する友情も必要だったのだな。だから、私がくまのぬいぐるみの話をし、メイがねこのぬいるぐみの話をしたことで、二体が動き話せるようになったわけだ。
「それで世界の危機とは何なのだ。私とメイが親友になれば、世界は救われるのではなかったか?」
メイが現世の礎を染めれば、今の世界が滅びて闇世界が訪れる。メイが死んでしまうと光の氾濫が起きるという話だったはずだ。
メイがこのまま現世の礎を染めないでおいてくれれば、次の破滅の冥女が生まれるまでの50億年、世界は平和なままのはずだ。
そう言った私に対して、くまごろうは『チッチ』と言って人差し指を振った。
『いや、救世の聖女と破滅の冥女が友情を結んだことで、混沌の氾濫が起きようとしているんだ』
くまごろうに続いて、ねこのぬいぐるみ……ニャーちゃんも、メイに抱かれたまま話し始めた。
『そもそも混沌エネルギーとは、異なるエネルギーを持った二人が友情を育むことで二つのエネルギーが混ざり合って生まれるもの。つまり友情エネルギーなのよ』
『救世の聖女の光魔力と、破滅の冥女の暗黒魔力、この二つの究極パワーが混ざり合うことで、世界における混沌エネルギーが増え過ぎた』
『そのせいで、混沌の氾濫が起きようとしている』
『『あの時と同じように』』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「前世で混沌の氾濫が起きただと?」
『そうだよ。僕は前世で救世の聖女だった。その子、今世ではニャーちゃんと呼ばれている子は破滅の冥女だったんだ』
くまごろうはニャーちゃんを指さしてそう言った。
つまり、前世でくまごろうとニャーちゃんは友情を育み、そのせいで混沌の氾濫が起きた。
二人は氾濫を止めるため努力したが、結局世界は無に戻ってしまった。それから幾兆年かの時を経て、再び世界に生き物が生まれた……という訳か。
「でも、そんなのあたし達で止められるのかな?」
ニャーちゃんを抱きしめたままのメイが、首をかしげてそう言った。
『君達と、僕達。四人の友情があれば、恐らくは可能だろう』
『混沌の氾濫が起きると、現世・高天原・魔界・黄泉……すべての世界の友情、他人を信じ、慈しむ気持ちが『特異点』と呼ばれる一人の人間に集まるわ』
『それが、君たちにとって宿命の相手……』
『そう、徳川家康だ』
家康に全ての友情エネルギーが集まる?だが、家康は確か魔道を開くためにその身を捧げて死んだはずだ。
「家康は死んだはずだぞ。その友情エネルギーとやらが集まれば、人は生き返るのか?」
『死んですぐなら、生き返るだろうね。今も家康の死体にちゃくちゃくと友情エネルギーが集まっている。そろそろ意識を取り戻すはずだ』
『ただし、大量の友情エネルギーを注ぎ込まれた特異点は理性を保てないわ。あらゆるものと友情を育もうとして、混沌エネルギーを振りまき、世界の全てと混ざり合うのよ』
『そうなると、世界は特異点だけを残して、実体を持たない混沌エネルギーへと変化してしまう』
世界が混沌エネルギーだけになってしまうのか。それでは家族も部下も、メイやクレオス達も死んでしまう訳か。
「世界から、だれもいなくなっちゃうの!?そんなのダメだよ!」
「ああ、それは何としても防がなくてはいけない。だが、どうするばいいのだ。家康をもう一度殺すのか?」
『いや、それだと家康から溢れた友情エネルギーが暴発して、世界を飲み込むことになる。結果としてはやはり、世界が混沌(友情)エネルギーだけになってしまうだろう』
『事態を治めるには、家康がエネルギーを取り込んだままで理性を取り戻すしかないわ』
家康が理性を取り戻せば世界は守られる?そ、そうか!そうだ。答えは最初から出ていた。
家康が友情エネルギーを操ることができるようになるには……。
「なるほど、私とメイが家康と友達になればいいのだな」
そうだ。かつてメイは猫と仲良くなることで理性を取り戻した。
家康も友を得ることができれば、理性を取り戻せるということだ。
私の言葉に、メイは飛び上がって喜ぶ。
「あ、それでいいなら簡単だね!」
元々、家康とは友達になりたいと思っていたのだ。私の最大の敵であり父上の好敵手だからな。
やつを越えねば、私が天下を制することなどできぬだろうと常々、思っていた。
だが、私は色んな者達と友情を育み成長していく内に、倒すのではなく手を取り合うことこそ、より大きな結果を生み出せるのだと分かった。
だからこそ、家康と友達になるのだ。世界を守り、家族を守り、敵を守るために!
「そうだな!簡単なことだ、いくぞメイ!独りぼっちの家康を仲間に入れてあげるんだ!」
「うん!家康がどんな子か楽しみだよ~!」
こうして私達は最後の戦いのために、家康の元へ向かった。