第13話:秀頼、破滅の冥女に出会う
【慶長20年(1615年)五月一日 秀頼 23歳 大坂城 地下室『降魔大神宮』】
「さあ!救世の聖女・豊臣秀頼よ!今こそ、我と共に『魔界』と戦うのだ!」
「ちょっと待ってくれ、戦うのは良いとしてもさっきの『思い出』だけでは、魔界そのものというのがどんな存在なのか、まるでわからぬぞ。どうやって戦おうと言うんだ?」
確かに今の私とツクヨミの光魔力は膨大だが、二人合わせてもまだ、魔界に敵うとは思えぬ。
私が数千年分の魔力から作られたというなら、まだ成長の余地があるのだろうが、今のまま挑んでも勝てる気がせぬ。
「よし、良いだろう。我はずっと魔界に、奴の中にいたのだ。やつが何者なのか、どう戦えばいいか話すことはできる」
「おお、久しぶりに、ツクヨミの頭脳が見られるのだな!」
どうやらツクヨミにはある程度、策があるようだ。そんなツクヨミを見て、クレオスは兄弟と仲直りできたことを心底 喜んでいるようだな。
喜ぶクレオスを、ツクヨミも見つめ返す。反省と懐かしさと、愛情が入り混じった複雑な表情だ。
「ああ、姉さんに報いるためにも、我の話を聞いてくれ」
「魔界と一体化した、あの存在は魔界の礎が産み出した『破滅の冥女』だ。全ての世界を暗黒魔力によって満たし、魔界に作り変えるのがやつの目的だ」
暗黒魔力で、現世を魔界に作り変える?そんなことが可能なのか?
いや、そう言えば世界には礎があるんだったな。俺達の住む世界にもあるんだろう。それを暗黒魔力で染めれば、現世は魔界になるということだな。
「やはりそうであるか。人々の恨み・憎しみがついに世界を滅ぼすところまで来てしまったのだな」
そこまで聞いて、段々混乱して来た私は補足説明を求めた。
「ちょっと待ってくれ、話がよく分からない。破滅の冥女とは何なんだ?恨みや憎しみとどう関係がある?」
「どこの世界にも恨み・憎しみがある。この世界や黄泉国、高天原にもだ。それらの恨み・憎しみはほんの少しずつ、暗黒魔力として魔界に流れ込んでいる」
「魔界の礎には、その暗黒魔力が少しずつ溜められていく。そして、一定量を超えると、あらゆる世界を暗黒魔力で満たし、滅ぼす『破滅の冥女』が産まれるのだ」
この世に憎しみが溢れている限り、いつかは破滅の冥女が世界を滅ぼすという訳か。それを防ぐために救世の聖女がいる……?
「そして、穢れた世界を全て魔界に変えることで、闇の新世界を作り出すのだ」
「その闇世界では、人々の喜びや幸福が少しずつ高天原の礎に貯められていき、一定量を超えれば救世の聖女が産まれ、光の魔力で全ての世界を高天原に変える。それが本来のシステムなのだ」
「光の時代と闇の時代、その変遷を世界は50億年ごとに繰り返しているのだ」
今の世界では憎しみが溜まって、破滅の冥女が世界を滅ぼす。闇世界では幸福が溜まって救世の聖女が世界を滅ぼすのか。
だが、クレオス達は本来闇世界を滅ぼすための存在である救世の聖女を、光が支配する今の世界に呼び出した。破滅の冥女を倒し、光の世界を滅ぼさないためにだ。
私だって、今隣にいる仲間達、家族や家臣達が死んでしまうのは嫌だ。例え理に逆らおうとも、世界を救わねばなるまい。
「だが、我ら高天原の神は愛する者達のため、流れに逆らうことにした。なあに、光と闇の交代が1億年ほど遅れたとしても、世界にそこまで影響はあるまい」
「その通りだ!!いくら定めだからと言って、家族や家臣たちを……いや、世界に生ける全てのものを見捨てるわけにはいかぬ!」
私とクレオス達で、破滅の冥女を倒すしかない。それができば、次に魔界の礎に憎しみがたまるまでは、世界が滅びずに済むからな。
「それで、ツクヨミは私が産まれてから、20年以上やつの中にいたのであろう。何かやつを倒す方法は思いついたのか?」
ここで私は話を最初の質問に戻した。
破滅の冥女が何なのかはわかったが、聞けば聞くほど倒せる要素がない気がしてきたからな。
ここらで弱点の一つでも教えて欲しい所だ。
「やつを倒す方法は一つ、礎を光の魔力で染めることだ。問題はその作戦だな」
「そのために必要な条件は二つ!一つは救世の聖女・秀頼が秘めた力を全て引き出すこと!もう一つは……」
「やつと話し合い、友達になることだ」
「なんだと……?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
世界を滅ぼす破滅の冥女と友達になる?
一瞬、何をバカなことをと思うが、もしそれができれば破滅の冥女が世界を滅ぼすことも、救世の聖女が闇世界を滅ぼすことも無くなる。
つまり光と闇の交代という、大量の死者を出す理そのものを止めることができるわけだ。
しかし、理想論としてはそうでも、とても現実的な話とは思えぬな。
第一、向こうがこちらを殺しに来れば、友達になどなれはしないだろうに。
「我は思ったのだ。秀頼殿は少女、そしてやつも少女ならば、分かり合えないことはないと!」
「少女同士なら分かりあえるというものでもあるまい。一体どうやって、友達になれと言うのだ」
クレオスも言ったように、ツクヨミは頭脳を使うことを得意とするはずだ。
つまり、こんな荒唐無稽な話を考えもなしに言っているわけではないのだろう。
友達になれと言うなら、それなりの策を持って言っているはずだ。それ次第では、本当に友達になれるのかも知れぬ。
「まず、これまでに暗黒魔力に抗うことができたのは、我らの兄弟愛だけだ。つまり暗黒魔力を倒せるのは『愛』しかない訳だ」
闇世界では、喜びや幸福が世界を滅ぼすと言っていたな。つまり暗黒魔力は喜びや幸福など、『前向きな心』に弱いわけだ。
そして、『愛』は最上級の前向きな心なのだろう。
「そして、この世界にはやつに匹敵する力が秀頼しか存在しない。だから、お前がやつに対して『愛』で挑むことしか、やつの暗黒魔力に対抗する術がないのだ」
「……つまり、まず何とかして私がやつを好きになり、その上でこちらを好きにさせるよう口説き落とせということか?」
普通の恋愛ならば分かるが、魔界そのものを好きになって口説けとは、話の規模が大きすぎて訳がわからないな。
困惑し、不安な気持ちを訴えるようにツクヨミを見つめていると、ツクヨミは私の肩を掴み『大丈夫だ、策はある』と言った。
「そなたがやつを口説き落とすためには、二人がゆっくり話せる空間、共に戦い合わなくて済む空間が必要だ。それにはすでに目星をつけてある」
「そんな空間があるとして、やつをそこに誘い込むことができるのか?」
「ああ、やつは高天原を食ったことで、体内に多くの『光の魂』を抱えている。やつの中にわずかでも優しい心がある限り、話し合いの余地はあるのだ」
「自分から入ってこさせる方法があるというのか?一体、どうやって……」
「そこは、わらわ達三人が今度こそ力を合わせる時じゃな」
クレオスがそう言ってツクヨミに抱き着いた。
「それはそうだが、姉さん余り密着しないでくれ。恥ずかしいではないか」
「こうせねば、互いの力を同調できまい。それより、ちゃんと秀頼ちゃんに説明してあげるのじゃ」
「あ、ああ。我ら日ノ本の神々は『和』の象徴だ。つまり人々を繋げ、共に高め合うことについては、プロなのだ」
「じゃから、わらわ達三人の全魔力を使って、神器『友達の輪』を作り出す。これは友達になりたいもの『同士』を指定する空間にワープさせる道具じゃな」
友達になりたい者同士をワープ……転移させる道具だと?三貴士の魔力が莫大なのはわかるが、そんなことができるのか?
いや、それより友達になりたい者『同士』だと?
「それでは、向こうが友達になりたいと思っていなければ、呼び出せないのではないか?」
「言ったであろう。やつは高天原を取り込んだことで、光の魔力 喜びや幸福、友情や愛に興味を持っている。自分を倒すという救世の聖女にもな」
その時点で、純粋な破滅の冥女では無くなっているとも言えるのかも知れぬな。
だが、相手に交渉の余地があるというのはありがたい。
「ではその『友達の輪』とやらは、今すぐに作れるのか?」
「うむ、それは可能じゃ。じゃが、わらわとツクヨミは魔力を完全に使い果たしてしまうでの、それ以上秀頼ちゃんをサポートすることはできぬぞ」
「そもそも、二人の行く場所は『混沌空間』だ。魔法など使えぬし、誰も出入りなどできぬよ」
混沌空間?何だ、それは?
誰も、三貴士でさえ出入りできない空間に私と破滅の冥女を送り込むのか。邪魔はされぬだろうが、誰も助けてくれぬ状況とも言えるな。
「ふむ、そうか。確かにあそこならば無駄な争いをせず話し合いだけに集中できよう」
「クレオスよ。一人で納得してないで、私にも混沌空間について説明してくれぬか?」
「光と闇が50億年ごとに入れ替わるというのは話したが、この変遷の時に光にも闇にも染まらず、二つの魔力が混ざり合った第三の魔力が溢れる空間が産まれるのじゃ。それが混沌空間じゃな」
「この混沌魔力は、我々が『魔力遮断物質』と呼んでいるものだ。光にも闇にも染まらぬ魔力なので、我らには扱えぬのよ」
暗黒魔力でも光の魔力でもないから、扱えないか。ともかく混沌空間で魔法が使えぬことは確からしい。
少なくとも、破滅の冥女と殺し合うことにはならずに済みそうだ。
「よし、ならばやってみることにしよう。なぁに、これまであらゆる敵と、友になってきたのだ。相手が破滅の冥女であろうと、仲良くなることにかけては私の前に出る者はいまい」
「じゃが秀頼ちゃんよ。くれぐれも相手を殺してはならんぞ」
「現在、破滅の冥女がいることで光と闇はバランスを保っている。もし破滅の冥女が死ねば『光の氾濫』が起き、世界中の全てが混沌魔力に覆われるであろう」
「そうなったら高位の神を除いて、ほとんどの生き物は存在できまい。再び光と闇が分かれ生き物が産まれるまでに何兆年かかるかわからぬ」
破滅の冥女が死ねば、世界中が混沌界のようになってしまうのか。これは責任重大だな。くれぐれも破滅の冥女とは喧嘩せぬようにしなければならぬ。
「それと一応言っておくが、話し合いに50億年以上かかってしまうと、魔界の礎に暗黒魔力が溜まり、『二人目の』破滅の冥女が産まれてしまうのじゃ」
「本来一人のはずの破滅の冥女が二人になれば、光と闇のバランスが崩れ、『闇の氾濫』が起こるはずだ。この場合も世界は混沌魔力で覆われるであろう」
さすがに50億年もかからぬだろうが、気に止めておいた方が良いかも知れぬな。
「では、世界を、この宇宙と高天原……あらゆる世界のことを、頼んだぞ」
「わらわの分まで頑張ってくるのじゃ!!」
そう言うと、ツクヨミとクレオスは光の魔力を一点に注ぎ始める。恐らく、ツクヨミはスサノオの魔力も込めているのであろう。
その光が、段々と輪の形になっていく、これが『友達の輪』か。
「よし、今じゃ秀頼ちゃん!この輪をくぐれ!!」
「あ、ああ!わかった!行ってくるぞ!!」
「二人共、これまでありがとうな。私は絶対世界を救って見せる。いや、破滅の冥女も救ってみせるぞ!」
私はそう言って『友達の輪』をくぐり、混沌界へと転移した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【慶長20年(1615年)五月一日 秀頼 23歳 混沌界 ぬいぐるみハウス】
輪を潜って、混沌界に入るとそこは部屋全体にぬいぐるみが棚に陳列された部屋だった。
そして部屋の真ん中に椅子があり、そこに黒いドレスを来た大人しそうな少女が座っていた。
「いらっしゃい、世界の運命を決める、楽しい遊びの時間の始まりね」