第11話:秀頼、ツクヨミのトラウマと戦う
【紀元前一万四千年 五月二十四日日 秀頼 23歳 魔界】
その光から抜け出すと私達は真っ暗な空間にいた。
いや、わずかに周囲は見えるのだが、黄昏時のように薄暗く見えにくい。
ここはどこだ!?何故、天沼矛がツクヨミに触れたことでこの世界に来た?
まさかここはツクヨミの心の中なのか?
ならば、我らのすべきことは暗黒魔力を手に入れた原因を突き止め、ツクヨミの心を癒すことか。
「秀頼ちゃんよ。どうやらここは、魔界のようじゃぞ。ほら感じるであろう。周囲が濃い暗黒魔力で溢れておる」
確かに周囲には、私やクレオスとは明確に異なる禍々しい魔力が溢れている。周囲が暗いのもこの魔力のせいだろうか?
しかし、ここが魔界ということは、ツクヨミの心の中ではないのか?それとも、ツクヨミの記憶の中にある魔界ということだろうか?
「私達は天沼矛でツクヨミを刺したためにここに来たのだろう?ここはツクヨミの記憶の中ではないのか?」
「もちろん、その通りじゃ。これはツクヨミが暗黒魔力に目覚めた時……人生で一番つらい想いをした時の記憶じゃろうな」
その舞台が魔界という訳か。弟の攻撃を受けて魔界に放逐されて……。
だが舞台が魔界ということは、魔界に来た後でスサノオによる放逐よりもひどい目にあったということか?
「だとすればここでどん目にあったのだ?弟から魔界に追放されるよりひどい目など、思つかぬのだが」
「はっきりとは分からぬな。じゃが、やつはわらわのことも恨んでいたようじゃ。もしかしたら、わらわの偽物にでも襲われたのかも知れぬの」
クレオスの偽物か。確かに弟に放逐された上に姉から襲われれば酷い目とは言えるだろうが……。
ううむ、何かもう一つ裏がありそうな気がする。
「考えてばかりいても仕方ないであろう。ツクヨミを探すぞ。やつの記憶の中なのじゃから、近くにいるはずじゃ」
「ここに来た理由、そしてここで何をせねばならぬのかも、ツクヨミに会えばわかるじゃろう」
なるほど。確かにこうして考えているよりは、その方が手っ取り早そうだな。
そう言って私達は周囲を見回す。周りには何体か魔物と呼ばれる生物たちがいるようだ。彼らは周囲より暗黒魔力が強く、見た目も真っ黒だ。
さらに探索範囲を広げていくと、暗黒魔力の中にクレオスに似た、強い光の魔力を発する存在が感じられた。
どうやらこれがツクヨミのようだな。
だが……ツクヨミの近くに周囲とは比べ物にならないほど、暗黒魔力が集まっている存在がいるな。
私はその膨大過ぎる暗黒魔力の量に体の震えが止まらなくなった。
「お、おい、何だ何なのだ、この暗黒魔力は!!」
「私の魔力感知が間違っていなければ、こいつの魔力はクレオスの3倍はあるぞ!」
「わらわの魔力感知でもそうじゃな。恐らくツクヨミはこの存在に暗黒魔力を与えられたのじゃろう。そしてわらわ達と戦ったときの魔力量から考えて、この存在を食ってはおらぬはずじゃ」
確かに、さっきまで戦っていたツクヨミの魔力はクレオスの二倍強くらいだった。大きくはスサノオを食って増えた分だけという感じがする。
三倍のヤツとスサノオを両方食っているなら、元の4倍ほどになるはずだ。
今ツクヨミの側にいるやつは、ツクヨミに暗黒魔力を与えた上でツクヨミを殺さず立ち去ったことになるが……一体どういうことだ?
「とにかく行ってみるしかあるまいの。この存在Ⅹを何とかすることが、この記憶の中でのわらわ達の役割のようじゃ」
もし、ここでの問題を何とかできたとしても、現実世界にも存在Ⅹはいるはずなのだよな。
ならば、ここで存在Ⅹについて弱点なりなんなりを分析しておかなければ、現実世界で殺されてしまうかも知れぬわけだ。
それほどの暗黒魔力を持つ者が相手では、世界そのものがわずかな期間で暗黒魔力に覆われてしまいそうだからな。
こうなってしまっては、私が対抗策を編み出さぬ限り世界は、人類は終わりということだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私達がその場所に辿り着くと、そこには馬の体にスサノオとアマテラスとツクヨミの体が生えた、真っ黒い異形の生物がいた!
……なんだこれは?
「うう……姉さん、スサノオ!僕が二人を信じきれなかったばかりに、こんな化け物を生み出してしまった……」
そう呟いたのは化け物と対峙している、元服前後に見える少年だ。男だが、青っぽい巫女服を着ている。
恐らくは彼がツクヨミなのだろう。
『混沌化』
謎の化け物がそう唱えると、化け物の体が霧のようになって周囲の暗黒魔力に溶け込んでいく。
まずいな。目に見えぬ敵に奇襲されるなど、冗談じゃないぞ。
「ぐ、ぐああっ!」
その瞬間、ツクヨミが苦しそうな呻き声を上げた。
ツクヨミの体を、黒い澱みのようなものが覆っている。あれは、さっきの化け物か?
その澱みが、少しずつツクヨミの体を溶かし、侵食していく。このままでは、暗黒魔力に取り込まれてしまいそうだ。
「秀頼ちゃん!天沼矛じゃ!!さっきやったように、ツクヨミの体とあの化け物の暗黒魔力を分離するんじゃ!」
「あ、ああ。そうだな」
このまま放っておけば、ツクヨミは記憶の通り暗黒魔力に飲まれてしまう。だが、それを防ぐことさえできれば、ツクヨミの気持ちに何らかの変化を起こせるはずだ。
私は天沼矛を構え、ツクヨミを侵食していく暗黒魔力へと突き刺す。そして、慎重にツクヨミから暗黒魔力をより分けていく。
だが天沼矛を伝って、こちらにも暗黒魔力が移って来た。まずいぞ、これでは私も取り込まれてしまう。
私が光の魔力に覆われていると言っても、相手は神であるツクヨミすら侵食するほどの暗黒魔力なのだ。長いこと触れていて良いものではないだろう。
くっ……意識が、奪われる。邪悪な気持ちが溢れてくる。まずい、このままでは取り込まれてしまう!
「天照光!」
クレオスの背中の鏡から強い光が発せられて、私に引っ付いていた暗黒魔力が光の魔力に変わる。
「今の内に、ぬいぐるみに変えてしまうのじゃ!そうすれば、暗黒魔力に戻ることはない!」
クレオスの力で、暗黒魔力を光の魔力にしたとしても、すぐに戻ってしまうのか。それを防ぐために、私の魔法でぬいぐるみにするのだな。
「わ、わかった!」
「きゅるきゅる くまくまりゃ~」
私にまとわりついていた光の魔力がぬいぐるみに変わる。一方で、周囲の魔力は暗黒魔力のままだ。
やはり暗黒魔力を直接ぬいぐるみにはできぬのだな。そうすると、私には攻撃手段がないということになるのだが……。
「姉さん!と……ま、まさか救世の聖女!?一体、どうしてここへ!?」
ツクヨミが私達に気づき、そう叫んだ。このツクヨミは記憶の中のツクヨミだから、クレオスとは千年以上、記憶の落差がありそうだ。
そう考えると、どうして来たのか説明するのはわりと難しいのかも知れない。
「詳しい説明は、こやつを倒してからじゃろうな」
確かに、この化け物を倒さない事には、ゆっくりとこちらの事情を説明する暇は無さそうだな。
「じゃがツクヨミよ。昔わらわが言ったじゃろう?わらわは何があってもそなたを守る。どこにいても、駆けつけるとな!じゃから、心配するでない!」
「このような化け物、わらわと秀頼ちゃんなら一ひねりじゃ!」
クレオスはドヤ顔で、ツクヨミを守ることを告げた。
あまり大ぶろしきを広げないで欲しいが、化け物を倒さないと始まらないのは確かだ。できることなら、本当に一ひねりで倒したいものだな。
それにしても救世の聖女とは何だ?現世でもツクヨミが私のことをそう呼んでいたが……。
『混沌神、【源神モード】』
霧になっていた化け物がまた、馬の体に三貴士の頭が生えた状態に戻り、今度はさらにイザナギとイザナミらしい頭が生えてきた。
「そ、そんな僕は父上や母上のことまで……」
そうか、暗黒魔力は穢れや恨み辛みによって生まれる。
そう考えれば、ツクヨミが恨んだ人物や信用できない人物が合体してあの化け物になっていると考えられる。
ツクヨミについて古事記や日本書紀で詳しく語られていないから良くは分からないが、イザナギやイザナミに対しても思う所があったのだろう。
化け物は混沌神と名乗った。ツクヨミが恨み辛みを持つ神達の姿が歪に混ざり合った化け物、だから混沌神と言うのだろう。
ツクヨミ自身の頭もあることから、自分自身すら信用できていないことがわかる。
『【混沌・審判≪カオス・ジャッジメント≫】』
混沌神がそう言うと、やつの体から剣と鏡と勾玉が現れた。
そしてその三つは融合し、剣を銃身として銃口に鏡がつき、引き金に勾玉がついた奇妙な銃に変化した。
そして鏡に周囲の暗黒魔力が集まっていく。混沌神自身の数倍ほどもある強大な魔力だ。
あれを私達に向かって撃つつもりなのか?
あんなのはさすがにどうにもできないぞ!
「ク、クレオス!何か手はないか!そなた、何があってもツクヨミを守ると言ったであろう!」
「わ、わらわにもこれは……と、ともかくツクヨミの中にあるわだかまり、我ら兄弟に対する不信を何とかして払拭するのじゃ!」
何とかと言ってもな。3人に対する情報が少な過ぎる。
『ジャッジメント!『カオスレーザー』』
その言葉と共に鏡に溜め込まれた暗黒魔力が光線となって、こちらへと放たれた!
私達は忽ちに飲み込まれる。心が、邪悪に染まる。全てを破壊し殺し、我がものにせねばという想いに駆られる!
ダメだ、何とか……堪えなければ……。世界をこの手で終わらせることになる!
私の中で光の魔力と暗黒魔力がせめぎあう。その苦痛の中で、私の脳裏に一つの場面が浮かぶ。
『茶々よ、そなたに託そう!神の作りし最後の希望『救世の聖女』を!』
これはクレオスの声か?
その言葉と共に、三種の神器らしい剣と鏡と勾玉から、強い光の魔力が放たれる。
そして次の瞬間、母上……淀殿の手に一人の赤子が抱かれていた。これは昔の私なのか?
「天照大御神様、世界を救うため『救世の聖女』確かに預かりました」
そこで脳裏に浮かんでいた場面が途切れる。
どういうことだ?私はクレオスによって、三種の神器から生み出されたのか?
そんなことが可能なのか、というのは愚問だろうな。魔法少女ですら、人をぬいぐるみにするのだ。神、それも天照大御神という上位神であるクレオスならば、神器から人を生み出せても不思議ではない。
母上は本当の母上ではなく、救世の聖女とはクレオスが世界の危機に際して地上に使わせた救世主……ということか。
赤子ながらに、本当の母親から別人に渡されたということを感じ取っていたのであろう。だからこそ、今この場で最悪の思い出として蘇ったのだ。
だが、だったらなぜ、クレオスに会うまで私は男だったのだ?救世の『聖女』なのに……?
「ク、クレオスよ!世界を救う最後のチャンスだ!正直に答えてくれ!そなたは私の母上なのか!?」
「そ、そうじゃ!だが、わらわだけではないぞ!お主は我ら三貴士がその兄弟愛の証として、世界に決定的な危機が起きた時のために作り上げたのじゃ!」
「さ、三貴士がだと!?」
兄弟の間で子供を……いや、私は神器から産まれたのだ。三貴士の子と言っても人間のような方法で産んだわけではないのだろう。
「スサノオは草薙の剣に、わらわは八咫鏡に、ツクヨミは八尺瓊勾玉に、ありったけの光の魔力を込めた」
「そしていつか世界に危機が訪れたときには、神器を集めて祝詞を捧げれば、神器の魔力を触媒として我ら兄弟の力を受け継ぐ救世の神が生まれるようにしたのじゃ!」
そして、ツクヨミによって世界に滅びがもたらされそうになったから、母上に命じて私を生み出させたという訳か。
神器を集めたのだから、当然朝廷はこのことを知っていたのであろう。それでも家康・秀忠を将軍にして政治を任せたのか。
いや、神の子がいるなどという話が出れば、帝の御身が危うくなるだろう。朝廷としては苦渋の決断だったわけだ。
「よく聞けよ!秀頼ちゃん、そなたほど愛を受けて生まれたものは他におらぬ!わらわ達はもちろん、秀吉も茶々も惜しみなく愛を注いだ。それはお主も分かっておろう!」
「だからわらわが教えてやろう!わらわと、スサノオと、ツクヨミが!どんな思いでお主を作り出したかを!」
「失われかけているわらわ達の兄弟愛の源泉を!これを聞けば秀頼ちゃんもツクヨミも、暗黒魔力をはねのけられるはずじゃ!!」
いよいよ私達の戦いは佳境を迎えるようだ。