第1話:秀頼、可愛い魔法少女になる
【慶長20年(1615年)五月一日 秀頼 23歳 大坂城 評定の間】
作戦会議は紛糾していた。外堀と内堀を埋められた大坂城には、もはや江戸方からの攻撃をしのぐ力は残されていない。
ならば、この秀頼が自ら打って出て家康を討つしかあるまい。
だが、私の出陣に関しては母上(淀殿)が強く反対している。母上の意見に賛同する者も多く、そのために会議は堂々巡りをしている。
「ともかく、一度休憩をいれましょう。皆こうも熱くなっては、話がまともに進みませぬ」
皆、母上の意見に賛同し、会議は一時休憩となった。
休憩はいいのだが、皆の顔にはやはり焦りが見える。江戸方は、すでに京を出発し、明日にも大坂城近辺に陣取るという話だ。
もはや一刻の猶予もないだろう。
そう思いながら、私は当てもなく城の中を散策していた。休憩は小半時(30分)ということだったからな。それまでに戻ればいいだろう。
子供のころから、父上の建てたこの巨大な城を冒険するのが好きだった。そんな思い出も、もう明日か数日のうちに私の命と共に消えてしまうのだろうか。
そうして歩き回っているうちに、私は見覚えのない階段を見つけた。どうも地下に通じているようだ。この大坂城に地下があるとは、城主の私でも聞かされていない。
「何だ?ここは?私に内緒の施設とは……。母上が作ったのであろうか?」
地下室は薄暗く、長い地下道が続いていた。これほどの普請をするのは容易ではないはずだ。数百人がかりで数ヶ月はかかるであろう。
城内の者に気取られずにできるものではないと思うのだが……。
私は色々なことを考えながら、謎の地下道を進んで行った。そして、一つの部屋にたどり着いた。
「な、なんじゃ。ここは」
私は思わず声をあげた。
その部屋は、床に怪しい文様が描かれており、祭壇にはいくつもの躯が捧げられていた。
これは、神を祀っているのだろうか?それにしては、異様な気配がするのだが……。
私は祭壇をよく見ようとして、部屋の奥へと進んだ。
そして、私が怪しい文様の上に立った瞬間 突然、その文様が輝き始めた。
「な、何じゃ?何が起こっておる?これが、神仏の奇跡というものか」
私が驚いていると、輝きはより一層強くなっていった。そして、光が文様の中心の一点に集中した。
『はっはっはーー!!千年ぶりの現世じゃああああーーー!!』
そんな声がして、文様の中心から肌の黒い少女が飛び出してきた。年のころは12~13、髪を両側に結んでいる。体つきは年相応といったところだ。
だが、頭には角 背中には羽根が生えておる。どう見ても人間とは思えぬな
何より、床から出てきたのだ。どう考えても普通ではない。これは夢か幻なのか。
「お主は何者じゃ!どうして大坂城の地下になど潜んでおった!江戸方の間者なのか」
『間者とな?随分なことを言ってくれるではないか。わらわは魔界の皇族:魔皇姫クレオスじゃぞ!!お主がわらわを呼び出したのであろう』
そう言われても、私には覚えがない。まさか母上が、こやつを呼び出すために、この施設を作ったのであろうか。
何のために?まさか江戸方から城を守るために?
だとしたら母上は、どこでどうやってこのような異形を呼び出す術の知識を得たのか?
『なるほどのう。大体の話はわかったぞ。つまり、その徳川家康から、この城が守れればよいのであろう』
何故、家康のことがわかったのだ。いや、それより私は間者かと聞いただけで、こちらの事情など話していない。
まさか、こちらの心が読めるのか?
『心も読めずして、魔皇姫は務まらんわ。よしよし。ならば、そなたに力を与えよう。すでにそなたの母から対価はもらっておるでのう』
「対価?母上が何を、お主に払ったと言うのだ?」
金や城を与えたとして、このような魔の者を従えられるものだろうか。それとも、寿命や命を対価にしたのであろうか?
『対価は『性別』じゃ!茶々は跡取りの性別を対価として払った。それに対しわらわは、家康を倒す力を与えるということじゃな』
「性別を?」
私が聞き返したのとほぼ同時に、私の体が光りだす。
「な、なんだこれは!?」
『言ったであろう。力を与えるのじゃ。それと、性別の変更じゃな』
そう言った『クレオス』の言葉の意味がわからなかった。いや、何を言っているかはわかるのだが、そんなことが可能とは思えなかった。
私が『家康を倒す力を得る』ことも『性別の変更』も私の知る常識ではどう考えても不可能だからだ。
一気に私の体の光が強まる!そして最後に、『グオン!』という強烈な音と共に、赤い光を放った!!
「な、何が起こったのじゃ。今のは一体……」
そう呟いた自分の声に違和感を覚えた。何だ、この高い声は、まるで女子のような……!!
「はっ!!」
私は慌てて、自分の胸に触れた。そこには決して大きくはないが、確かなふくらみがあった。
「こ、これはまさか……」
私は、胸よりも重要な器官、股間を手でまさぐって確認した。
「や、やはり、ない!なくなっている!!」
『だから言ったであろう。性別を変えると。それより見るが良い!わらわ垂涎の魔法少女コスチュームにしてやったのじゃぞ!』
クレオスがそう言うと、私の前に大きな姿見が現れた。これほど大きな鏡は中々みたことがないが、そんなことを言っている場合ではない!!
鏡の中には、とても可愛らしい、12~13歳ほどの少女が写っている。
それも異常だが、頭には山羊のように曲がった『角』が生え、背中には蝙蝠のような材質の『羽根』が生えている。
また、格好は黒を基調とした、フリルのたくさんついたドレスだ。ところどころに白いリボンがついている。
足元は膝丈ほどもある黒い靴下に、踵がとがった黒い靴だ。
リボン以外はすべて、黒で統一されているな。
「な、な、な、なんじゃ!この姿は!!なんじゃ!この格好は!!」
女子になっただけでも大変なことだが、角や羽根が生え、見たこともない面妖な衣装を着せられている。
これは女子とかいう以前に、人間では無くなってしまったのではないか?
『ふはは!良いぞ良いぞ可愛いぞ!!わらわ好みにコーディネイトした甲斐があるわい!』
「この衣装は、そなたの好みで作ったのか?」
物の怪の趣味で作ったというなら、日ノ本の常識と合わないのも当然か。いや、だがよく見るとかなり可愛いではないか。
一瞬、鏡の中の自分に見とれてしまう。頭が女子のものになりかけているのか?自分が可愛いことを嬉しく感じる。
『ああ、もちろんじゃ。『フリル付きの黒ドレス』はもちろん、『黒ニーソ』も『黒ヒール』もお主の可愛さを引き立てておるであろう』
なんとなく納得してしまう自分に危機感を感じた。私は男……少なくともさっきまでは成人した男だったのだ。可愛い衣装を着て喜んでいる場合ではないだろう。
「この衣装が可愛いことは認めよう。だが、こんなものでどうやって徳川軍と戦うと言うのだ?」
『それはもちろん!魔法じゃ!!』
『魔法』と言う言葉は聞きなれなかった。しかし仙術や呪術のように、人に計り知れない超常の力を扱う技術なのであろうとは思った。
「魔法……とは何だ?私は何ができるようになったのだ?」
私はすっかり子供になってしまった自分の体を撫でまわす。男のときと違い、体全体がふっくらしているのを感じる。なんだか妙な気分だ。
『うむ。それではプリティ悪魔少女:ひでよりちゃんの能力について説明しよう』
「ちょっと待て!なんだその名前は!!ぷりてぃあくま少女とは何だ!そもそも私は成人男性なのだぞ。ひでよりちゃんとは何だ!!」
あまりに理解を越えた、恥ずかしい名前をつけられて私は激怒した。このままずるずると少女扱いされてたまるものか。
『何を言う。可愛い名前ではないか。お主の今の姿をよく表しておる。それより悪魔少女の能力じゃ。徳川軍を倒さねばならんのであろう』
徳川軍のことを言われ、私は下手に言い返せなくなってしまった。確かに今の大坂城は、落城の危機、豊臣家は滅亡の危機だ。
細かいことに拘っている場合ではないのかも知れない。
「はあ、わかった。呼び方はそれでいいから、とにかく能力を教えてくれ」
『うむ。魔法を使うには、まず『きゅるりん きゅるりん まほうのはじまり』と唱えて、魔空間から『きゅるりん・ステッキ』を取り出すのじゃ』
クレオスは、またよくわからないことを言いだした。『きゅるりん』というのが魔法とやらなのか?
そして魔空間から取り出すとは?
『いいから、やってみるのじゃ。お主は言われた通り唱えるだけで良い』
仕方ないか。妙な言葉ではあるが、今は緊急事態だからな。江戸方が動く前に、魔法とやらを使えるようにならねばならん。
「……きゅ、きゅるりん きゅるりん まほうのはじまり~」
私がそう唱えると、私の手の中に、先端に宝石の着いた棒のようなものが現れた。
私は、それを掴んだ。何か不思議な力を感じる。これが魔法の力なのか。
『よおし!可愛い!!徹夜で呪文を考えた甲斐があったわい!!』
「この呪文はお主が考えたのか?」
だとすると、私を辱めるためにわざわざ可愛い言葉にしたということか。
改めて自分が口にした言葉を意識してしまい、顔が赤くなって、恥ずかしさと怒りがこみあげてくる。
『もちろんじゃ!何としてもお主が可愛くなるようにと、必死に考えたのじゃ!!』
嬉々として言い放ったクレオスに、私は怒りを通り越して、呆れを感じていた。
はあ、頭が痛くなってきた。できることなら、こいつを無視して天守に帰りたいところだが、『魔法』とやらの使い方がわからねば、この城は落とされてしまう。
この城には母上も私の息子も、そして徳川全盛のこの時代に変わらず豊臣家に仕えてくれる家臣たちがいる。
城を守る方法があるならば、実行しないわけにいかないだろう。
「そうか。まあいい。ならば、ともかくこの棒をどうすれば、魔法が使えるのか教えてくれ」
『そうじゃのう。ならば……、まずは先陣を一揉みしてやるか』
『まずお主のやることは二つ。空を飛び徳川軍の先陣まで行くことと、先陣を叩くことじゃ。なあに先陣だけなら数万といったところじゃ、軽いもんじゃろう』
「ま、待て。私一人で数万を倒して来いというのか?いくらなんでも無茶では?」
城を盾に戦うなら数千で数万を討つことも可能かも知れぬが、私一人が出かけて行って倒せるのは良くて2,3人だろう。
それとも魔法というのはそこまで大きく情勢を変えることができるものなのか?
『何が無茶なものか。そもそも相手は空を飛べぬのじゃから、こちらが空中から魔法を放てば、抵抗のしようもあるまい』
確かに、真に空を飛ぶ方法があるのなら、一方的に相手を攻撃できるだろう。もし矢を射ったとしても多大な被害がでるはずだ。
その上、魔法の破壊力が凄まじいならば、確かに一人で数万を倒せるかもしれぬ。
「なるほど……!ならば、どうやって空を飛ぶのだ?この羽根を羽ばたかせればよいのか?」
試しにパタパタとやってみるが、体に対して小さすぎる気がする。この羽根だけで飛ぶのは難しそうだ。
『その羽根はあくまで魔力の増幅装置に過ぎぬ、羽根に魔力を込めることで、飛翔魔法が自動的に発動するようになっておるのじゃ』
「羽根に魔力を込める?」
魔力というのがどんなものか、はっきりはわからないが、確かに自分の中にそれまで無かった『力』が存在するのが感じられる。これが魔力なのか?
いわゆる『丹田』に、それまで無かった不思議な感覚を感じる。この『力』を羽根に移せば良いのか。
私は目をつぶり、精神を集中させる。そして少しずつ丹田の『力』を羽根に移していく。
『あ、待て!まだ説明が終わっておらぬのに……』
私の体はものすごい勢いで、地下室の天井をぶちぬき、そのまま天守閣までの床と天井をぶち抜いて、城外に飛び出した!