9.ダンジョン拡張戦
「地上の人との今生の別れは終わらせてこられたの?」
「……ちょっと煮え切らない感じで終わった」
「その様子だと、ちょっと良い感じの関係の女の子だけど悪の道に引きずり込むのが怖くてフロアボス候補としても誘うに誘えずそのまま逃げ帰ってきたってところかしら」
「ドンピシャすぎて気味が悪いな」
「今の私とあなたは一心同体と言ったはずよ。あなたも、耳を澄ませば私の動向程度ならそれなりに読み取れるはずよ」
「…………? ……はやく肉を食いたい」
「正解よ。お腹が空いたわ、リック」
「まさかここに来て自給自足生活が始まるとは思いも寄らなかったぜ……!」
日が昇れば、俺たち影に潜む者はひとまずの行き場を失う。
ここはダンジョンーアルテミスー。
先のSランクダンジョン崩壊に伴って新設された俺の新しい居場所だ。
とはいえ今まで攻略してきた様々なダンジョンとは違いフロアボスもいなければろくに階層も発達していないと、ないない尽くしで脱皮したてのカニのような脆さを誇る。
「にしても本当にダンジョンになったんだなぁ、ここ」
俺がディーナさんとの別れを済ませてここに帰って来たときには、もうすでにアイシャを核としたダンジョン創成が完了していた。
四畳半ほどの小さな岩作りの部屋の中央には、このダンジョンの核である台座に乗った紅水晶。時価にしておおよそ数千万ベルのお宝だ。
欠片を持って帰っただけでも、10年は遊んで暮らせるレベルだろう。
そしてそんな大事な水晶の分身でもあるアイシャがちょこんと、落ち葉で作った天然ソファの上で正座しながら水を飲む。
フロアの概念もなければ、迷宮の欠片もない。
最短で、真っ直ぐに、一直線で核を破壊できる。
何としてもダンジョン攻略の実績が欲しい冒険者に取ってみれば、こんな楽な話はない。
ダンジョンは、アリの巣のような構造をしていることが多い。
その入り口は地上との連絡網と繋がっており、内部はダンジョンそのものの強さによって広さや深さが決まってくる。
要するに、ここは地上とはひと味違ったある種の異次元空間のようなものだ。
普通ならば第一階層は入り口である地上と繋がっているため、入り組んだ迷宮を配置してみたり様々な罠を置いてある程度の魔物や冒険者の侵入を防いでいくのだが――。
「今は、外から核を狙い撃てるものね。小型魔物が雨宿りしに入ってきて、遊び程度に核を転がすだけでこのダンジョンは消失するわ」
「れ、レベル1ダンジョンって難儀だなおい……」
あっけらかんと水をこくこくと飲んでいくアイシャの達観ぶりは少しだけ心配になるな。
「じゃ、まず俺たちが最優先にしないといけないことってのはダンジョンの入り口と、核であるこの水晶を遠ざけるようにダンジョンを拡張することからか。……具体的には、どうすればいいんだ?」
「他ダンジョンから排出してきた魔物を倒すことによって手に入れられるそのダンジョンの因子を持った《魔素結晶》を、私たちの核に取り込むの」
「この小さい紅水晶の核が、大きくなっていくに従ってダンジョン自体も拡張させられるってことか」
「その認識で間違いないわ。ダンジョン拡張戦は、他ダンジョンの支配している領土の奪い合いを意味するのだから」
――っ!
ダンジョンの周りには、おのずとそのダンジョンの強さに充てられて魔物が出現しやすくなる傾向がある。
ダンジョンが大きくなれば大きくなるほど、強い魔物が寄ってくる。
地上で暮らしていた俺たち人間からしてみれば溜まったもんじゃない。
でも、なんとなくこれで理屈が分かり始めた気がする。
「……ってことは逆に俺たちがダンジョンを大きくして、魔物の出現をコントロールすることも出来るんだな」
俺の問いに、アイシャは「えぇ」と短く答えた。
そして――。
「ちょうどいいわ。この近くに最近、多く魔物が集いだしているポイントがある。恐らくは拡張期に入ったダンジョンよ。彼らのダンジョンが大きくなる前に、私たちがもらい受けましょう」
そうと決まれば話は早い。
かつて魔物にいとも容易く滅ぼされた俺たちの故郷の二の舞にしないためにも、そこに住む女の子たちの平穏を守るためにも。
「ダンジョン拡張戦か、やってやろうじゃないか」
――ダンジョンメーカーになって初めての戦いが、こうして幕を上げたのだった。