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8.前途多難なフロアボス捜し

 夜が来る。

 Sランクダンジョンの崩壊が間近に迫ったなかで俺は、すっかり灯りの消えた冒険者ギルドの前に立っていた。

 ギルドの中で唯一光が灯っていたのは奥の職員室。


 普段ならばもうギルド職員さえ出払っているはずのこの時間だが、どうにも様子がおかしい。


 窓の外からちらりと中を覗いてみると、机の上に置かれた書類を見つめながら一人の少女が嗚咽混じりに膝を抱えて泣いていた。


「帰ってくるって言ってたじゃないですか、嘘つき……! 嘘つき……!! そんなのあんまりです、あんまりじゃないですかリックさん……!」


 書類は恐らく、パーティーメンバー死亡届。

 恐らくランドレースやヨークシャーたちが勝手に出してしまったのだろう。

 冒険者稼業においては野生に現れる魔物討伐、依頼者からの依頼に応じたクエスト、ダンジョン攻略などと大きく3つにカテゴライズされるが、その中で最も死亡率が高いのがダンジョン攻略である。

 入り組んだダンジョンが多い故に救出隊なども駆けつけることはほとんど出来ず、パーティー死亡届が最も信憑性が高いものとされる。


 こうして俺が生きて地上に戻ってくるなんてのは、奇跡――と言っても過言ではないくらいの出来事なのだ。


「女の子を守るって、笑顔にするっていつも言ってたのに……。こんなに泣いている女の子を置いて行くなんて、罪作りにも程があるんですからね……」


 少女の名前はディーナ・マリルーシャ。

 鮮やかな茶色のポニーテールと本来あった綺麗な顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。


 冒険者ギルドの受付嬢にして、いつも俺の話し相手になってくれていた優しい少女だった。

 俺が魔法を使えなくても、冒険者になれなくても、彼女はいつも俺の味方でいて応援し続けてくれていた。

 冒険者になれない俺は強い魔物を狩ることが出来なかった。

 安い薬草や捜し物手伝いなどの低予算仕事ばかりこなしてきた俺を、ディーナさんは嫌な顔一つせずに受注させてくれた。


 そんな彼女に感謝の一つもせずに消えてしまうのは、どうにも忍びないと思ったのだ。


 ――夜明けまで。それまでには戻ってきなさい。


 そんななかで俺は、出際のアイシャの言葉を思い出していた。


「私はまだとても弱い(コア)だから地上を歩くことは出来ないけども、あなたは夜明けまでなら出歩けることは出来るわ」


「へぇ。そんな誓約がつくのか」


「闇魔法持ちは日に嫌われた影に生きる者。その身を焦がしたくなかったら早く帰ってくる事ね。それにあなたが長く遠出をすればするほど、私が死にやすくなるわ」


 そう言って、アイシャはぐっと俺の目の前まで近付いてきて忠告するように言った。


「出来たばかりのダンジョンにいる丸腰の(コア)なんて、道端に転がっているスライム以下よ。ぱくっとされるだけでしゅんって消えるわ」


「可愛い擬音語使ってどぎついシチュエーションぶっ込んでくるんだな!? っていうか、そんな状況で本当に俺が出てっても平気なのか?」


「まだダンジョン構築まではもう少し時間があるもの。最後の挨拶をしに行く猶予を奪おうとまでは思ってないわ」


「……なるべく早く戻ってくるよ」


 そう言って出てきた手前、そこまで長居は出来ないな。


 悲しみに暮れさせてしまっているアイシャにどうにか生存報告だけさせてもらうとしよう。


 ――闇魔法、影隠れ(ライオット)


 ゴーレムに使った同じ技を、ディーナさんの座っている椅子の影に向けて放っていく。

 とぷんと地面に潜るようにすれば、いとも容易くギルド内への侵入に成功してしまう。


 ……これは悪用厳禁だな。


「もっと、もっとたくさんお話ししたかったです……。リックさん用のクエストも、たくさん用意してたんです……」


 俺の死にここまで泣いてくれるだけで、少しだけ嬉しかった。

 それだけでも冒険者もどきをやってて良かったな、と思う。


 俺までちょっと泣きそうになりながら、満を持して俺はディーナさんの肩にポンと手を置いた。


「そりゃありがたいな。ありがたいけど、ごめん。もうそのクエストたちは俺には受注できそうにないんだ」


「……ふぇ?」


 ディーナさんは振り向いた。

 真っ赤に充血した目をごしごしと拭いて。


「こんばんは、ディーナさん」


 努めて明るく言う俺だったが、未だ現実が受け止めきれないらしいディーナさんは俺の身体をぺたぺたと弄るように触れてくる。


「胸板、堅い?」


「おう、毎日筋トレしてるからな。ディーナさんもよくそばで見てくれてたじゃんか」


「腕、がっちりしてる?」


「おう、素振りも欠かしたことないな」


「……リック、さん?」


「おう、運が良かったみたいで地獄から舞い戻ってきたぜ」


「……り、リッグざぁぁぁぁぁん!!!!!」


 瞬間、どこかの涙腺が再び決壊したディーナさんは、美人だった顔を台無しにしながら俺に抱きついてきたのだった。


「いらっしゃるんだったら、言ってくれてもいいじゃないですか。何も後ろから突然声書けてくることなんてないじゃないですか。もう、戸締まりは確認してたはずなのに……リックさんも、人が悪いですよ!」


 ぷんぷんと頬をむくれさせながらディーナさんは少し怒っていた。

 だが、俺の顔を見た途端に涙は止まってくれたようだった。

 やはり挨拶だけでもと思ってきてみたのは正解だったかな。

 

 ……とは言っても、随分懇意にしてもらった受付嬢だ。

 生きていることは伝えられたけどもしばらくギルドを離れるってのはどう伝えたものか……。


「でも、本当に事故だったんですか? 『アーセナル』の彼らのリックさんへの扱いは、傍から見てても好意的とは言えませんでしたよ」


「あぁ、俺がヘマをし続けていたのは事実だからな」


「でもでも、アーセナルはリックさんを失った直後に新しい(タンク)役や荷物持ち(ポーター)を雇っています。それも……少々柄の悪い方々ですし……」


「中立であるべきギルド職員がそんなことを言うべきじゃないだろうに。アーセナルの足を俺が引っ張ってしまってた分、先を急いでいるんだろう」


 ――俺は、ディーナさんにはアーセナルから追放されて見捨てられた挙げ句こうなってしまったというのは伏せることにしていた。

 規約によってパーティーメンバーの見殺しおよび同士討ちは御法度中の御法度。

 ここで俺がその旨を報告してしまえば、最悪冒険者ライセンスさえ剥奪される。


 だがそれではダメだ。

 そんなことをしてしまえば、俺を唯一守ってくれていたメイリスまでも連帯責任でライセンスを剥奪されてしまう。


 あいつらが悲しい思いをするなら多少は胸もスカッとするだろうが、メイリスが悲しい思いをした時点でそれは俺の意にはそぐわなくなってしまう。


「まぁ、いいですケド。リックさんのいなくなったパーティーなんて、唐揚げについてくるパセリのようなものですし」


「俺はちゃんと食うぞ、パセリ。……魔法すら使えなかった落第冒険者の俺を、ディーナさんは随分と買ってくれてるんだな」


「えぇ。ギルドの中では唯一『本物の冒険者だ』って、依頼者から評判が立つほどには。知らなかったんですか?」


「全然知らなかった……。あの時は日銭稼ぐので精一杯だったからな。何でもやらせてもらってたよ。キュウルル村のリンリーおばあちゃんがくれた野菜を食ってその日を凌いでた時もあったし、みんな優しかったなぁ……」


「あ、アーセナルの相当なクエスト受注数からして、適正な配分が行われていればリックさんがそんな貧相な生活をするなんて有り得ないんですけど!?」


 ビキィと手持ちのペンを勢いよく破壊するほどに青筋を立てるディーナさんは、「それで――」と自分を落ち着かせるように俺の方へと向いた。


「これから、どうされるんですか? またしばらくはソロとしてギルドの方へいらっしゃいますか? アーセナルに戻ると言うならば引き留めませんが……先ほどの事を聞いていても、得策とは思えませんし――。あ、でもご安心を! リックさんが受けられそうなクエストは私の方でたくさん用意していますので、しばらく困ることはありません――」


「いや、そのことなんだけどさ。俺はもうこのギルドには多分来れないと思うんだ」


 ガサガサと書類の山を仕分けてくれるディーナさん。

 俺の方を見ぬままにディーナさんは色々な提案をしてくれている。


「こ、これなんかいいですよ! おすすめです! 明日掲示板に張り出そうとしていたおすすめクエストです! 『マリー婦人の飼いカメ捕獲作戦!』 久々に身入りしそうな案件ですし、こっちの――」


「ディーナさん、ごめんな。俺、このギルド抜けることにしたんだ」


 ピタッと、ディーナさんの手が止まった。


「冒険者、辞めちゃうんですか?」


「……そうなるな」


「リックさん、普段から私に語ってくれてたじゃないですか。世界中の全ての女の子を笑顔にして守るために、冒険者になるんだって。田舎にたくさん仕送りするほどの超一流冒険者になるって。あの約束、忘れちゃったんですか?」


 そろそろ日が昇る。

 早起きな鳥が、少し早めの鳴き声を上げ始めている。


 ここからではもう、ディーナさんの表情は見えない。

 紙の束をじっと見つめた彼女に、俺はせめてもの宣言をする。


「――忘れていない。一時たりともな」


「……そうですか。それなら何も言いません」


 ごしごしと袖を拭ったディーナさんは、痛々しい笑顔で俺の胸をポンと叩いた。


「冒険者の門出を決めるのは、いつだって冒険者であるリックさん自身です。この地に再びリックさんのお名前が轟いてくることを、祈っていますからね! 私は朝の支度に行ってきます。受付嬢の一日は早いんですから!」


 パタンと扉が閉まって、ディーナさんは冒険者ギルドの中央広場へと走って行った。

 アイシャとの会話を思い出して、俺は小さくため息をつく。


 ――何なら、フロアボスを一人見つけてくるといいわ。


 アイシャはゴーレムの肉を啄みながら言っていた。


 ――丸腰のダンジョンにフロアボスが一人でも入れば、まず(コア)への到達率も格段に減るもの。


 ……ディーナさんが俺を慕ってくれるのはありがたい。

 俺だって、ディーナさんのくれるクエストで生きていけるなら是非ともそうさせてもらいたいけれども。


「冒険者ギルドの受付嬢の仕事ほっぽりだして悪の道に着いてきてくれなんて、言えるわけねぇよ……」


 女の子を全員幸せにするって言った端からこれだもんな。

 前途多難にも程があるって……。

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