5.助けてくれて、ありがとう
身体から無限に力が溢れ出てくる。
これが魔法。
これが――俺に与えられた新しい力!
「ごるごるる……」
ドスンとゴーレムが一歩踏み出せば、ダンジョンの地面に大きなクレーターが出来る。
それほどまでに重い一歩を踏み出してくる相手にも、不思議と恐怖感は湧かなかった。
「ごるごるごるごーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」
ゴーレムは俺たちの身長を遙かに超える巨大な拳を振り上げてきた。
俺の隣に立った少女は、少しも恐怖している様子はなかった。
それならばその期待に全力で応えるのが男の子の使命だ。
「闇属性魔法!」
初めて使うはずだったのに、どこか懐かしい。
自然と技と魔法力の流し方が浮かび上がってくる。
魔法って、本来はこういうものだったりするのだろうか。
ゴーレムを動かす核は、一番堅い岩に覆われた胸の部分にある。
聖剣を持ってしても貫けないそれがあるおかげで、ゴーレムの退治方法は四肢の切断を持って動きを止めてから止めをさすことが定石だった。
だが、そんな回りくどいことすらしなくていい。
そんな自信が俺にはあった。
剣を構え、剣先をゴーレムの胸に一直線に向けていく。
「ごるんッッッ!!!」
ゴーレムは重たい拳を俺に向けて振り下ろす。
そのタイミングで、俺は闇魔法を行使した。
「――影隠れ」
どぷんと、俺はゴーレムの影のなかに身を潜めていく。
ゴーレムの拳は空撃ちになって、大きなクレーターが出来上がる。
「ごる? ごる……ごる?」
不思議そうに辺りを見回すゴーレム。
だがそこにもう俺はいない。
「残念ながらこっちだ」
ゴーレムの後ろに回り込んだ俺は既に魔法力の充填を終えていた。
「――闇の一閃」
ゴーレムの影から姿を現した俺は、背後から一番堅い胸の装甲を目指して剣を突き立てた。
刀身が鋭く伸びて硬質化した剣先が、いとも容易くゴーレムの装甲を貫いた。
「ご……るぱ……っ!?」
ゴーレムは膝を付く。身体を支えていた岩の数々は綻び、崩壊する。
ガラガラと崩れ去った後には黒く染まった剣の先に淡く緑色に輝くゴーレムの核が残されただけだった。
自分でも驚くほど一瞬の出来事に驚いていると、少女は「まだよ」と言って俺の視線を誘導する。
ゴーレムがやられたのを見計らった有象無象の魔獣たちが一斉に俺たちに向かってきていたのだ。
Bランクに相当する血染狼、Dランク相当のゴブリンの群だ。
一目散に飛びかかってくる魔獣たちに臆することもなく、少女は新しいダンジョンの核である漆黒の水晶を大切に抱えながら言う。
「振り抜きなさい。あなたに伝えた情報の中に最適解はあるはずよ」
少女は力の使い方を教えてくれる。そして俺はもらった力を使ってみせる。
なるほど合理的だ。
「ギゲゲゲゲゲゲゲゲ!!」
「ヴァオオオオオオン!!」
流れる魔法の脈動を剣へと移せば、刀身は再び黒く染まり触手のようにうねり出す。
推定5メートルはあろう大きくしなる剣を、一直線に飛びかかってくる魔獣の群れに向かって勢いよく横薙いだ。
魔獣たちの上半身と下半身は一瞬で二つに割れ、血の雨が降り注ぐ。
その一部始終を見ていた少女はじーっと固まって、ただ一言。
「すごいわね」
と、どこか他人事のように呟いた。
「……自分でもちょっと引いたよ」
俺も自分の身に起きたことだと、まだ受け止めきれずにいた。
二人して他人事だ。
「闇魔法に対する親和性と、元からの戦闘センスも相まって文句の付けようがないわ。正直あなたの持つ闇の魔法力が魔王級過ぎ、今までの使い方も精錬されすぎていたのよ。微弱程度の闇魔法としょぼい戦闘能力しか持ってなければ、わたしの持つ記憶と継承の能力を譲渡した時点で二人とも死んでたわ。あなたを巻き添えにして死んでしまうのは申し訳ないとは思っていたけど、ここまで完璧に生き残ってしまうなんて……」
「ここに来て衝撃の事実を言われたぞ!? まるで信じてなかったんだな!」
「ともあれ、これであなたは冒険者として生きる道は完全に閉ざされてしまったわ。今まで倒す側だった冒険者側から、中の皆を守護して冒険者を打ち払うダンジョンの側に来てしまったのだから。本当に、ごめんなさい」
「どうせこれまで通り過ごしてても魔法も使えなかったし、良い機会かもしんないんだ。心配しないでくれ。これは俺が決めた道だ」
俺は俺で、目の前で困ってる女の子を助けられたことが何より誇らしい。
冒険者崩れだった今までよりも、遙かにな。
「そんなことより、君の名前を教えて欲しい。これから末永く付き合っていくのに名前がないんじゃ話にならんだろ」
「名前……?」
「ないのか。じゃ、適当に付けさせてもらうよ。そうだな……《アイシャ》はどうだ? 地元の言葉で、『守護神』って意味なんだ」
防具や武器の一部に使えるゴーレムの岩質な素材を剥ぎ取りながら、俺は少女――アイシャに言う。
「アイシャ……。個体識別が必要な人間らしい考え方ね。自由にすると良いわ」
ふいと、紅のロングストレートをふわりと宙になびかせそっぽを向いたアイシャ。
「そういえば言ってなかったわね」
俺が渡したちょっと汚い上着でも大切そうに羽織ってくれる彼女は少し俯きがちに、ぽつりと呟いた。
「助けてくれて、ありがとう。あと……名前も」
『ダンジョン ーアルテミスー
ダンジョンレベル :1/100
ダンジョン階層数 :1
支配下モンスター :無
マザーコア :アイシャ
ダンジョンボス :リック・クルーガー
ダンジョンマスター:リック・クルーガー』
黒い水晶のダンジョン核には、新しい情報が更新されていたのだった。
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