3.パーティーからの追放
ゴーレムはゴツゴツとした岩の表皮に囲われた、氷結魔法を操る巨大モンスターだ。
狭い通路に降り立ったゴーレムは、一歩一歩大地を踏みしめるようにして俺たちに向かってきていた。
ゴーレムにしては小さな魔法力だが、その背後からは悍ましいほどの深い闇の力があった。
無意識に握った剣からは妙なざわつきを感じる。
共鳴……してるのか……?
こんな感覚、初めてだ。
でもこれだけははっきり分かる。目の前のみかけの魔法力なんかに騙されず、このまま俺たちは逃げるべきだ。
すぐさまメイリスを後ろにやって戦闘態勢を作ったヨークシャーとデュロック。
「ランドレース! やるぞ! 奴の魔法力はそんなに高くない! 恐らくゴーレムの中でも脱皮直後の個体だ。あれをやれば俺たちの名声は更に高まるぞ」
「剣ぶっ放す準備は出来てる。奴は俺たちにビビってる。今なら勝てるぞ」
二人は戦意充分に答えるが、俺は彼らの前に立って止める。
「あいつは何かがおかしい! 見かけの魔法力だけに騙されちゃダメだ! きっと攻撃は届かない! 逃げるなら今しかないんだよ! ランドレース!!」
必死の俺の訴えもむなしく、ランドレースは鼻で笑った。
「はっ。あんな見かけ倒しの魔法力にビビるとは、流石は荷物持ち様だな? ……どけポンコツ!!」
ランドレースの肘打ちが俺の脇腹に当たった!
力任せに背負った荷物ごとダンジョン壁に打ち付けられた俺に見向きもせずに、ランドレースは狭い通路に仁王立ちした。
こちらに近付くゴーレムの手には高出力の魔法力が込められていく。
「ヨークシャー! 喰らわせてやれ!!」
「おうっ!! 火属性魔法、焔矢!! ぶっ飛べバカ岩!!」
それは魔道士ヨークシャーの全力の魔法技だった。
あれほどの魔法矢なら、見かけの魔法力通りであればゴーレムの装甲など簡単に打ち抜けてしまうだろう。
だが、俺の心配事はまさに的中してしまう。
「ごるっ」
ゴーレムは、ヨークシャーの放った火矢をぎゅっと握りつぶしたのだ。
魔法などではなく、ゴーレム自身が持つ腕力のみで。
ヨークシャーの魔法力が通じないのは、誰が見ても明らかだった。
「ゴルルルルルルルルルッッ!!」
――速いっ!?
ゴーレムはそのガタイからは思いも寄らぬスピードで俺たちとの間合いを詰めてくる!
「っ! デュロック!」
「応ッ!!」
ランドレースに指示を出されたデュロックは、ゴーレムの繰り出す拳を大剣で受け止める――が。
ボギンッ。
いとも簡単に大剣は砕け散る。
この間のダンジョン攻略で偶然見つけた、SSSランク相当の大剣はただの一発で粉々だ。
「……うっそだろ……!? この程度の魔法力の奴が!?」
デュロックの顔は明らかに歪んでいた。
ランドレースの決断は早かった。
「……っ!! 撤収だ! いったん出直すぞ! ヨークシャーの魔法も、デュロックの怪力も効かない奴があるってのは聞いてねぇ!」
全員急旋回してゴーレムから距離を取ろうとする!
だけど、ガリガリガリと壁を削りながらこちらに走ってくるゴーレムのスピードは明らかに俺たちより速い!
先を行くのはランドレース、デュロック、メイリス。
ヨークシャーはダンジョンの外へと走りながら俺の方を向いた。
「……ランドレース。荷物は諦めよう。幸い金ならまだある」
ヨークシャーが、意味深なことを言い始めた。
ランドレースは言う。
「ついにこの時が来たか……! 最後くらい役に立ってみせろよな……ッ! ヨークシャー、やれ!!」
「了解だ」
ヨークシャーは魔法力を充填した。
ゴーレムではなく、俺に向けて。
「……!? どいてくれよ、通れないじゃないか!!」
「あぁ、そうだよ。お前はここで死んでくれ。『アーセナル』存続のために、キミは今を持ってパーティーから追放する。ぼく達のために、最後くらい役に立ってくれるよね」
ドンッ。
「ぐっ!?」
ヨークシャーの放った魔法火矢が俺の腹を貫いた。
熱い。熱い熱い熱い熱い熱い熱い………!!!!!??
思わずその場で膝を折ってしまった。じんわりと腹からは、肉が焼けた匂いがした。
そういうことか……! そういうことかよ……!!
自分の背丈の2倍ほどのあるこのバッグは、そこにあるだけでゴーレムを食い止めてくれるだろう。
それを見越してパーティーは俺に障害物としてここで奴を食い止めろと、そう言いたいんだ。
あんまりだ。
あんまりじゃないか……!!
意識が持って行かれそうだ……!
パーティーの皆の声は遠ざかり、ゴーレムの悍ましい魔法力がすぐ近くに感じられる。
「り、リックさん……!!!!」
手に持っていた回復術師の杖を投げ出してまで、メイリスが手を伸ばしてくれる。
そういえば、このパーティーにいて唯一俺の味方でいてくれたメイリス。
かつて誰も助けられなかった。今度こそ、冒険者になってみんなを守るだのなんだの言っておきながら、守られてばっかりだ。
情けないな。
こんな体たらくなら、ここで俺が止まってメイリスを守れるんだったらそれでもいいのかもしれないな……。
「クソ女! お前はこっちだ!! お前はまだ使い道がたくさんあるんだからな。ちょうどうぜぇリックもいなくなったんだ。昼も夜も働いて貰うぞ。奴隷としての生を全うしろ!!」
メイリスの髪を雑に引っ張りながら、ランドレースはダンジョンを走り抜けていく。
「女の子の髪を、雑に扱うなって言ってんだろうが……!!」
俺の声も、もはや三人には届かない。
カランカラン――。
メイリスの落とした回復術師の杖を、俺は手に取った。
回収したところで、もう一度渡すことなんてもう出来ないだろうが、身体が勝手に動いていた。
「ごる。ごるごる。ゴルゴルゴルゴルゴルゴルッ!!!」
狭い通路いっぱいに広がるゴーレムは、俺の目の前で大きく拳を振り下ろした。
「……死ぬのか、こんなところで」
目の前が、ゴーレムの巨大な拳でいっぱいになった。
何も出来ない人生だった。
後悔する間もなく死を覚悟した、その時だった。
『あなた、その魔法の匂い……まさか――』
さっき聞いた少女の声がした。
「ごるん?」
『ボスさん、こっち。手の鳴る方へ』
瞬間、ゴーレムの拳は目の前の地面を大きく穿った!
「ゴルぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
地面が大きく揺れた後は、俺はどこかに落下し始めていた。
暗く、どこまでも深い闇の中に俺の身体はどんどん落ちていった。
仲間に裏切られ腹を穿たれ、パーティーからは追放され、どこかも分からないダンジョンで訳も分からず落ちていく。
本当に俺の人生、散々だったな……?
走馬灯を見る暇も無く、俺の意識はもろとも闇に包まれていったのだった。