18.欲しい。
ディーナさんの分析能力は一流の域を超えている。
的確な情報判断と魔獣知識。
ダンジョン内での立ち回りや気配の消し方、そこらに転がった魔獣の解剖にしたってそうだ。
通常ギルド職員は魔獣素材は買い取る物の、返り血で汚れたりして自らの手で魔獣を捌くことを嫌う人も多い。
そこは女の子のギルド職員に多く見られる傾向だけど、ディーナさんにはそれがない。
一介のギルド職員の能力を超越した彼女の存在は、どこからどう見たって異質のそれだった。
「リックさーん! 魔素結晶、見つかりました! この青くてぷにぷにした塊でしょうか?」
「あ、あぁ、それで合ってる。……悪いな、代わりに動いてもらって」
「いえいえ滅相もない。助けていただいたんですから当たり前のことです。それにリックさん、今魔法力枯渇から来る活動限界になっているようですしね。もしかして、力を手に入れてからそんなに日が経ってないんじゃないですか?」
「お、仰るとおりです……」
「ふふふ、やっぱり」
俺はというと、もはや身体はガタガタになっていた。
ディーナさん曰く、魔法力が枯渇したということらしい。
そういえばここに来てから連戦連戦で考え無しに魔法力をぶっ放していたもんな。
今までどれくらい魔法力を使えば自分が倒れるかなんて考えることすら出来なかった。
なるほど全身の筋肉は軋むわ頭はガンガン痛いわ、魔法力を上手く練ることも出来ないわで踏んだり蹴ったりだ。
今後は少しずつ、加減して闇魔法を使っていく方法を覚えていく必要がありそうだ。
「それで、今度はどこへ行かれるんですか? リックさん」
青い魔素結晶を俺に手渡してくれたディーナさん。
綺麗に剥ぎ取られた魔素結晶を、表で取ってきた緑のデカブツのモノと見比べる。
とても丁寧で、少しの創も無く剥ぎ取られている。
「……欲しい」
「え、も、もちろん魔素結晶はお渡ししますよ!? リックさんが倒したものですから当たり前です! 売れば百万ベル相当にはなりそうですけど……。ここの辺りなら、クワーダ冒険者ギルド付近の素材買い取り屋が無難でしょうか」
「いや、魔素結晶もだけど――俺が欲しいのはディーナさんだ」
「……ふぇええぇ!?」
俺たちには圧倒的に魔獣の知識が足りない。
今は圧倒的な闇魔法の力でその場を凌げているからいいが、これから先もこんな調子で突破できるかと言われれば全く分からないのが現状だ。
そのなかで、ディーナさんが第一階層のフロアボスになって敵戦力を分析してくれるならば百人力だ。
それに――彼女が望んでくれるならば、俺は彼女の笑顔をずっと隣で守り続けたい。
ギルドの外で泣かせてしまったあんな顔を二度として欲しくない。
出来ることなら普段冒険者ギルドで話してたあの時のように下らない話に花を咲かせて、笑顔で見送ってくれるディーナさんとずっと一緒に過ごしていたいと思ってしまった。
甲斐性が無かった。
覚悟が無かった。
自信が無かった。
そんなものは全てかなぐり捨てて、俺自身がディーナさんを欲しているからこそ……!
「――ディーナさん」
「は、はい……? え、り、リックさん、どうしたんですか、急に……!?」
軋む身体に鞭を打ち、俺はディーナさんを抱えた。
移動するくらいの闇魔法能力ならまだ残っている。
薄い魔素に乗せて俺は遠くを見据えた。
「アイシャ、ダンジョンが崩壊した今なら俺の声が聞こえるだろう」
「リックさん? あの、誰とお話ししているのでしょう……?」
『えぇ、聞こえているわ。何かしら。あなた達の邪魔をする気は微塵も無いのだけど』
少し呆れたかのようなアイシャの声に、ディーナさんは「……?」と首を傾げた。
ディーナさんにもアイシャの声を聞こえるようにしている俺は、ディーナさんがきょろきょろと辺りを見回しながら声の元を探しているのを見て、言う。
「今から一人連れて帰る」
『フロアボスになり得る子なのかしら』
「さぁな。フロアボスにならなくてもいい。このヒトは俺のもんだ」
『随分乱暴になったのね。……いえ、随分魔王らしくなってきたのね』
「褒めてんのか貶してんのか……。入り口、空けといてくれ」
『了解よ、リック』
俺とアイシャの会話を聞きながらディーナさんはぽく、ぽく、ぽくと頭の回転を巡らせる。
「……もしかして私、どこかに連れて行かれようとしていますか?」
攻めるような声はしなかった。
むしろ、ぎゅっと俺の袖を握ったディーナさんはどこか信頼してくれているような感じだった。
それに答えるべく、俺は言う。
「あぁ。ディーナさんに見てほしいものがあるんだ。悪いけど、付いてきてもらうよ」
悪役っぽい台詞を吐いたつもりなのに、ディーナさんは予想外の返しをしてきた。
「どこまでも付いていきますよ。リックさんの行くところならば、全て」
――闇属性魔法、影隠れ。
二人分の影が、闇に消えていった――。




