17.黒の一閃
天井から垂らされた糸にぶら下がる氷結蜘蛛。
口から冷気を吐き出せば、空中にある水分がピキピキと凍り付いていく。
「キュララッ!!」
キュィンと蜘蛛の口に魔法力が充填された瞬間、口の奥からは冷気の波動が垣間見えていく。
「――影隠れ!」
「キュラァァァァァァァァァッッ!!!」
闇魔法を発動させて、近くの木の影に潜む。
巨大蜘蛛の口から吐き出された冷気の波動は、俺が先ほどまでいたところの空気全体を凍らせていた。
凍らされた空気に含まれていた葉の一枚がバリンと音を立てて崩れ去る。
「避けてなかったらああなってたってことかよ……!」
――それならっ!
俺は影を伝い、蜘蛛の背後へと位置づける。
幸い影になる物体も多い。
影を使って戦闘することが多くなった今となってはこの環境は意外に戦いやすいらしい。
ドルンッッ。
黒い影から飛び出して、剣を構える。
内から溢れ出る魔法力に身を任せて剣へと注げば、刀身は黒く染まり剣が通った軌道は黒いオーラが尾を引いていく。
「まずは一本!」
俺は宙に浮く蜘蛛の足を目がけて一気に剣を振り抜いた。
「キュラアッ!?」
ぼとりと足の一本が地面に落ちる。
斬った傷口から徐々に体内に侵蝕するのは闇魔法黒龍の因子を持つ神経毒だ。
「キュラァァァァァァァァアッッ!!」
蜘蛛がこちらを向いて人ほどある大きな足を棍棒代わりに叩きつければ、俺は剣でそれを受け止める。
こんな巨大な足を打ち付けられればいとも簡単に飛ばされようものだが、どうやら闇魔法の効力を持った剣は敵の攻撃力さえ吸収してしまうようだった。
「キュラッ! キュラッ! キュラッ! キュラッ!!!」
7本の足を使った打撃をことごとく剣の腹で受け流していくと、次第に相手に隙が出てくる。
その隙を掻い潜って俺は蜘蛛に接近。
ありったけの魔法力で蜘蛛のデカい腹を目がけて剣を突き立てた!
これが今扱える最大の闇属性魔法だ!
「唸れ黒龍――黒龍の咆哮!!」
剣先に集まった黒い触手は形を為して黒龍の頭部を創り上げていく。
『ゴァァァァ!!』
バグンッ!!!
肉が抉れる音を出して黒龍の牙は蜘蛛の胴体に大きな孔を空けた。
「キュ……ラ………ラララァァァッ!!!」
完全に仕留めた――! そう思ったのも束の間。
最期の一撃とばかりに氷結蜘蛛が出した冷凍ビームもどきが、黒龍の頭をいとも簡単に凍らせていった!
『ゴ……ァ!?』
蜘蛛への突撃のスピードそのままに黒龍が空を舞った。
その先には――岩陰に身を潜めていたディーナさんがいる。
「……キュララララ……」
まるで粒子として散っていくように、氷結蜘蛛の身体は霧散していく。
ダンジョンからは地鳴りが起きる。
ダンジョンボスが討伐されて、ダンジョンの核が崩壊する音でもある。
「お前の思い通りにはさせるかよ! 分身体! 打ち上がった魔素結晶を回収しろ! あれだけは絶対に逃すなよ!」
「――――ッ!!」
闇より出でる分身体に魔素結晶を任せ、俺はすぐさまディーナさんの前へと立ち尽くした。
「り、リックさん……!?」
「じっとしてて、俺から離れないで」
凍らされた黒龍は体積そのままに俺たちに向かって突き進んでいた。
あれを自分の剣の中に回収することは出来ない――となると、ここで斬り裂いて霧散させるしかない!
無意識のうちにディーナさんの身体を剣を持たない方の手で自分に引きつけていた。
「……! はい、リックさん」
ぎゅっとディーナさんはその温かく細い手で俺の身体にぐっと寄り添った。
「――黒の一閃」
上段から叩き付けるように放たれたその一閃は、難なく凍り付いた黒龍を真っ二つにしていった。
俺とディーナさんを避けるようにして二つに裂かれた黒龍の残骸が、粒子となって飛散していくのをディーナさんはただ呆然として見つめていたのだった。