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13.分析者《オペレーター》

「ねぇ、あれ何? 畑の真ん中辺り、空気が淀んでるような……コウモリもいつもより多い感じがしない?」


 キュウルル村に夜がやって来た。

 子を背に負ぶった一人の女が村の中心に集まりだしたコウモリの群れを見て冷や汗を流している。

 村に流れる不可解な空気は村民全体にも伝わっていたようだ。


「リ、リンリーさん?」


 引き続きの実地調査で、村長であるリンリーの家に泊まらせてもらっていたディーナも村民のざわつきを見て外に赴く。

 

「こうまで早いとは……死人が出よるぞ……!!」


 そんなリンリーの元に村の男衆が集結していく。


「村長。カシューの畑周辺にてコウモリの群れを多数確認しております。まだ舗装途中ですが女子供から先に林道から逃げさせますか」


「こちらからもご報告。繋ぎ飼いの牛が異変を感じて暴れ出しています。あいつらがあんなに不安がってるのは正直初めてのことで……。とうとう来たんですね……! 村の男共は全員、覚悟を決めています」


 村長の家の前に集まった男たちは、みんなクワやなた、斧などで申し訳程度の武装をしている。

 リンリーは後方のディーナに向かって告げる。


「ギルド職員さんや、あなたも逃げなされ。実地調査と言えど、ここまで来てはもう何も出来ますまい。裏口から出れば、あなたと一緒に逃げて下さる一団と合流出来ましょう」


「り、リンリーさんはどうされるんですか……?」


「村の最後の男共が命を張って逃げ道を作ろうとしているのに、村長のワシが逃げるわけにも行きますまい。ワシはこの村と最期まで供にすると決めておりまする。無用な心配はなされますな」


 リンリーが家を出て行くのに従いながら、ディーナもそれを追いかける。

 家の外に出れば、時期に似合わないひんやりとした空気が頬を凍てつくように刺してくる。

 悪寒と、殺気が入り交じったようなそれは、どこからか自分たちを睨み付けてきているかのようなものだった。


「……い、急いでギルドに応援要請を――!」


 ディーナが急いで魔法伝書鳩(マドバト)を自身の魔法で作り出して空へと飛ばした――その時だった。


「ギャォッ!! オヴァゥッ!!」


「ピッ!?」


 魔法伝書鳩(マドバト)の喉をかっ裂くかのように闇から突如姿を現した小さな異形。

 畑の奥へと飛んでいったそれはいともかんたんに撃墜されてしまい、ぺちゃぐちゅごきと、伝書鳩はあっと言う間に食い尽くされていく。


「し、Cランク魔獣……コボルト……! 何ですか、この量は……!?」


 畑の奥の森から出づる異形の数は、計りきれない数だった。

 リンリーは言う。


「ほれ、あんたもさっさと逃げなされ。男共が命を張る理由がなくなるではありませぬか。いいかお主等。お主等がここで奴等を食い止めればそれだけ、主等の家族は守られる。少々遠いがファウルル村へも赴ければ、主等の家族は匿われるじゃろう。主等の死は決して無駄にはならんぞ」


『応ッ!!』


 リンリーの檄に、村の男達は揃って声を上げた。


「わ、私は、私は――!」


 ディーナはぐっと拳を握りしめた。

 冒険者ギルドに頼ろうものにも、金がないと言われれば簡単にこの村は見捨てられてしまうだろう。

 だからと言って、自分は何も出来ないのか。では何のためにギルド職員であるのか。

 少しでも皆の生活を良くしたいと思って、ギルド職員になった。

 戦闘能力こそ持ち合わせていなかったが座学と暗記が得意だったから、冒険者がよく相対する魔獣の記録を書き留め、特徴を記載し、それをクエストという形で冒険者に情報提供し続けた。

 だが、人々の生活を良くするための冒険者などもはや存在せず、皆が皆自分の富と名声のためにクエストを受注していく。

 ただクエストを冒険者に斡旋するだけの仲介業者でしかない現状を直接目で確かめてしまったディーナは、ならばこそ、少しでもと。

 

 意を決して叫んだ。


「左手後方の軍勢にCランクコボルト数十体! 100cm未満の二足歩行をした犬の面妖が目印! 殴打系の武器で頭を割れば動きが止まります! 同族の血を流すのを見ると興奮する性質があるので、なるべく血を流さないように対処をお願いします」


「ぎ、ギルド職員さん……?」


「右手前方はBランク魔獣筋肉狼(マッスルウルフ)十数頭! 腕力と経験に自信のある方は各個撃破をお願いします! 群れる特性はありません、一対一の戦いに持って行ければ個人戦となります! 力と力で押し巻けないように立ち回り続けて下さい!」


「……へぇ」


 リンリーはにやりと笑みを浮かべる。


「中央の巨大な3頭がこの群れのボス、Bランク魔獣オークです。大きな棍棒は振りが遅いですが、威力は絶大です。俊敏さに自信のある方で隊列を組んで、切断系の武器で失血死を狙って下さい!」


「な、何か分かんないけど分かりました!」

「お前の武器とこっちの武器交換だ! 俺はオークをやる!」

「じゃあぼくは筋肉狼(マッスルウルフ)だ!」

「そっちは任せたぞ!」


 ディーナの適切な知識と対処方法に、リンリーは小さく目を見開いていた。


「気骨がある御方じゃな。ギルド職員の職務を超えておろうに」


「……私が出来るのは、この程度ですから」


「ふぁっふぁっふぁ。闇雲に突っ込むより、何百倍も頼もしいですな」


 森から出づる異形たちは、地鳴りを帯びて村へと迫ってきていた。

 畑の側から陣取り始めた村の男達は、手の震えを抑えて高らかに宣言する。


「俺たちの村を守るぞ! ――おぉぉぉぉぉぉぉおおおおお!!」


「ゲギャギャッ!! グアォォォォォォォォッッッ!!」


 大地を揺るがすオークの声が衝撃波となって村を丸ごと飲み込もうとした、その瞬間に。


「――え?」


 畑の中央に突如、人が現れた。

 どこからともなく現れたその男は、持っていた何の変哲も無い一本の剣を天に掲げた。

 月に淡く光り、刀身が闇に染まる。

 村を襲っていたものとはまた異なる異質(・・)を帯びた剣で少年は告げる。


「悪いな。この村は俺がもらう予定なんだ」


 ヒュンッ。


「……ォ……?」


 虚空に向かって横薙いだその一閃は的確に、Aランク魔獣オークの首を地へ落とす。


「な、何じゃあやつは……? 新たな敵か……!?」


 あまりの突然に言葉を失うリンリーの横で、ディーナは思わず口を押さえた。


「り、リック……さん……?」


 月の光は未だ、畑中央のリックを照らし続けていた。

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