12.ダンジョン拡張戦
「リンリーおばあちゃん、報告によればこの地一体の作物の出来が芳しくないとお聞きしたのですが、どの程度のものなのでしょう?」
村の一角にて。
ギルド職員ディーナによる実地調査が始まっていた。
キュウルル村の一番の古参でもあるリンリーおばあちゃんは、今朝採れたばかりであろう野菜を差し出して言う。
「どこか紫がかっている上に腐食した部分が目立ちましてな……。一時は腐ってるやもしれぬ所は斬り落として食べていたのですが、食べた者から順に体調不良を訴えておりまする。そしてそれは、このワシにも――」
そう言って腕まくりをしたリンリーおばあちゃんの腕には、いくつもの紫斑が浮かび上がっていた。
それを見たディーナは確信したように呟く。
「これは……魔素やられ、ですね」
「おそらくは。ワシらとて、ただただ無為に人の生を送っておったわけではありませぬ。紫斑患者の表れは、この土地が何者かに狙われているという証左。村の者にも幾度か村中を散策させましたが、これといった魔獣反応もないのが現状でする」
「魔素やられは、この地域一帯の魔獣やダンジョンの放つ魔素によって人間が害をもたらされる場合に生じる疫病のようなものですが……ここまで大きな魔素やられは私としても見るのが初めてです。な、何故こうなる前にもっと早く冒険者ギルドへ依頼を出して下さらなかったのですか!」
「ギルド職員さん方には分からないかも知れませぬが、ワシらはワシらで細々とした依頼ならまだ出来ます。しかして魔獣の関与した討伐系任務を依頼するほどのお金はありはせんのです」
冒険者を雇うにしてもそれ相応の金がいる。
危険度の上がる討伐系任務だと尚更だ。
わざわざ安い賃金で危険な魔獣を討伐しに来るような冒険者は今やほとんどいない。
それが世の常ではある――が、その影では力も無く、金も無い者は為す術無く呑み込まれていく者も大勢といる。
「我々みな、高望みはしておりませぬ。実地調査に赴いていただけたことは感謝しかありませぬが、ワシらはワシらで最後まで、この地と共に終わる覚悟は出来ておりまする」
リンリーおばあちゃんの強い眼差しに、ディーナは何も言えなくなっていた。
「申し訳、ございません……。出過ぎた真似、でした」
「心配せずとも、ギルドを恨んでなどはしておりませぬぞ。村も、人も自然の一つに過ぎませぬ。強い者が生き残り、弱い者は散っていく。今回ばかりは、我々が死ぬる番だったと言うだけですからな。ふぁっふぁっふぁ」
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「強い者は生き、弱い者は死ぬ……か」
ディーナとリンリーおばあちゃんの会話を全て聞いてしまった後、俺はかつての自分と重ねてキュウルル村のことを見るようになっていた。
「なぁ、アイシャ」
「何かしら」
「ダンジョン拡張戦は、他ダンジョンとの領土の奪い合いって言ってたな」
「えぇ、そうね」
「だったらさ。俺があの村丸ごと奪っても問題はないってことだよな」
俺の言葉に、アイシャはくすりと笑みを浮かべた。
「私のダンジョンが大きくなるのなら、何一つ問題はないわ」
ディーナが実地調査に赴いたその夜に、事態は急変することとなる。
キュウルル村から500メートルほど離れた場所に、突如複数の魔獣反応が現れたのだった。




