ディーナ視点:凋落を始めた冒険者パーティー
冒険者ギルドにて、その男は怒りに顔を歪めながらバンと机を叩いた。
「もう一度! もう一度だ! クエストを受けるチャンスくらい、まだ残されているだろう!?」
「規則により受けられないのは何度も申し上げているはずですよ、ランドレースさん。あなた方Aランクパーティー『アーセナル』は、ここ1週間で3つの任務を失敗に終わらせています。Sランク昇格を掛けた任務も、当面は見合わせる必要があると思いますが」
「んなこと言ってられるか! こちとらようやく欠員が出て新しい面子まで雇ったんだ! 新生パーティーともなりゃ連携が多少上手く取れねぇこともあるだろうが!」
「……ようやく?」
キッとディーナは強くランドレースを睨み付けた。
提出された新たなSランクパーティー昇格を掛ける任務受注用紙をズタズタに引き裂いてやりたいと思いながらも、表面上は冷静を保ち続けようとするディーナは後方に控える回復術師、メイリスの疲れ切った様子を確認し、告げる。
「お見かけしたところ、『アーセナル』の回復術師メイリスさんも、相当疲弊しているようですが。回復術師の回復能力は魔法依存。あなた方と同じで、魔法も使えば使うほど肉体的疲労も重なります。一体どれほどの回復を促し続けているのですか。ギルド職員であるという立場から見ても彼女の労働は度を超しているとしか思えません」
――せめてリックさんがいたら、こんな酷い扱いを受けることはなかったのにな。
思えばリックが見ている間は、メイリスなどは比較的大切に扱われていたようにも感じられた。
メイリスに暴力を振るおうとすれば必ずリックはそれを止めに仲介していたし、何ならそれで自分が殴られることなど何一つ厭わない性格の持ち主だった。
だが、リックがいなくなった途端これだ。
メイリスは日々の任務失敗から来る治癒疲れでもう反抗する気力も失せているし、獣人の少女に至っては目の色に光がない。
Sランク昇格などとんでもない。そんな話以前の問題だ。
はぁ、と小さくため息をついてディーナは続ける。
「それに、調査報告書によればBランク上位魔獣血染狼に苦戦、Aランク魔獣雄鶏蛇に敗北、同ランク魔獣バジリスクにも敗北とあります。Aランク冒険者であるにも関わらずAランク魔獣に勝てないのは……どうなんですかね」
バサッと調査報告書を見せつけるように出せば、ランドレースも引き下がらざるを得ないようだった。
メガネをクイッと挙げてから、魔術師のヨークシャーはランドレースの肩を叩いた。
「……今までぼくたちはAランクに上がるまで、強い魔獣に偶然遭遇してこなかったのにもかかわらず、この1週間でそれ相応の魔獣に出会うようになった。と考えれば、当然かも知れない。ランドレース」
「ヨークシャーさんのおっしゃる通りです。調査報告書から見て分かるとおり、あなた方のパーティーランクは現実の実力ランクと同程度であるとは、私からは思えません。上記の理由を含めて当ギルドではあなた方にSランククエストの依頼は困難であると判断しています」
言い切ったディーナ。
ランドレースは額に青筋を立てながらも、渋々と言った様子で「クソッタレが!!」と椅子を蹴り飛ばしてギルドの外へと向かっていった。
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「はぁ……」
「どしたのーディーナ。こないだから元気ないじゃん」
「私、この仕事向いてないかも」
「今さらなーに言ってんのよ。リックさんがいなくなってずっとその調子」
「……うん」
「まぁ、優しかったもんね、彼。むさ苦しい輩ばっかりの男共のなかで一番優しかった。……正直、冒険者じゃなかったらもっと長生きしてくれたんだろうけど。ホント、惜しい人だったね」
「……うん」
ディーナにとってみても、リックの存在が相当大きかったのだと今さらながら痛感する。
この冒険者ギルドの中でリックの生存を知る者はディーナただ一人。
どこに行ってしまったのか、今どこで何してるのかを知る者は誰もいない。
同僚の受付嬢が、そんなディーナを慮ってか一枚の紙を手渡してくる。
「気分転換にこれ行ってきなよ、実地調査。ディーナは分析能力も高いし、実地調査の対象地区のキュウルル村なんて、お得意様じゃなかったっけ?」
「リンリーおばあちゃんのとこ、ですか。ここがどうかしたんですか?」
「最近ここらで作物の育ちが悪くなり始めてるんだって。回収してウチで成分検査するの。冒険者に頼むとよりお金が掛かるから、受付してる私らのフィールドワークに任せようって上の判断。……っていう名目で、上が私たちにくれた小休暇ってとこ。ほら、私たちずっと座って冒険者たちの相手してるじゃない?」
「なるほど。でもいいんですか? それ、私がもらってしまっても」
「いつまでも落ち込んだような顔してるんだもん。そんな同僚見てらんないっての! ほら、ここは私らに任せて行った行った!」
トン、と背中を押してくれる同僚は絶えず笑顔だった。
「……ありがと。じゃ、じゃぁお言葉に甘えて明日行ってみますね」
「うん、行ってらっしゃい。そうと決まれば、さっさと今日のお仕事終わらせなきゃね! ところでディーナ、今何の任務依頼書いてるの?」
覗き込む同僚に、ディーナは言う。
「そうですね。先のパーティー『アーセナル』が攻略失敗した推定Sランクのダンジョンが謎の崩壊を遂げたんですが……その真上、同じ場所にダンジョンがまた形成されてるっぽいんです。まだ入り口しか確認が取れていないし、被害も報告されてはいないんですが……それほど危険度の高いダンジョンのようにも思えないのでこのままクエストとして張り出そうかと」
「ふーん。……っていうか、最近ダンジョン出てくる回数多いね」
「世界的に増えているようですよ。今はまだこのような出来たてダンジョンの方が多いそうなので、小さなうちから叩いておかないと後々困りますからね」
「あいつらゴキブリ並みの繁殖力だからなぁ……。ま、確かにそれなら小さいうちからぶっ叩いとくに越したことはないな」
「そういうことです」
さらさらとペンを走らせながら、ディーナは新ダンジョン攻略以来任務の受注用紙を書き進めていったのだった。




