1.誰にでも出来る簡単なお仕事
新連載です。よろしくお願いします。
その日、ついに俺たちはSランクパーティー昇格を掛けたダンジョン攻略クエストに挑もうとしていた。
Aランクパーティー『アーセナル』は結成3年目にして最速でSランク昇格権を得た新進気鋭のパーティーだ。
俺――リック・クルーガーは14で王都に上京してきてから途中加入であったため、厄介になるのはこれが3年目になる。
皆でSランクになれれば、田舎に残してきたチビたちにお腹いっぱい食わせてやれるだけのお金もきっと手に入るはずだ!
俺の目標にまた一歩近付いたのだから気分も高揚する――のだが、リーダー兼魔剣士のランドレースはクエスト受注書を手に言い放つのだった。
「このダンジョンを攻略すれば、オレ達は晴れてSランク入りが決まる。んで、その後リックはクビな。俺たちは新たな仲間を加入させる」
いや、クビってそんないきなりかよ!?
驚きを隠せない俺に対して、火属性魔道士のヨークシャーも、「ハッ」と嘲笑するように俺を見下してきた。
「Sランクにもなればぼくたちの仲間になりたいと寄ってくる奴も引く手数多だろう。攻撃魔法もロクに使えない、回復術の少しだって、てんでダメ。剣すらろくに振るえない荷物持ちを雇う冒険者なんてそうはいないだろう? これから先、もっと危険なダンジョンに潜ることになる。使えない奴は斬り捨てる。当たり前のことだ」
「邪魔だなんて思ってたのかよ……! た、確かに攻撃魔法も回復術も使えないが、その分索敵だって荷物運びだって、罠警戒もルート把握も全部こなしてるじゃないか!」
必死に食い下がる俺だが、奥で大酒を呑むスキンヘッドの大剣士――デュロックは、ぽつりと呟く。
「お前を見てたらつくづく思うぜ。あんなん『誰にも出来る簡単なお仕事』だろ。悔しかったら魔法の一つでも使って見やがれよ。お前を置いてやってるだけ、感謝されてもいいくらいだ」
「……ぐっ……!」
俺とて完全に魔法が使えないわけではない。
この世の四大元素である火、水、土、風属性のどれにも属さない不思議なそれは、自分の影を使う魔法だった。
暗闇に満ちたダンジョン内での索敵などではそれなりの効力を発するものの、いかんせん全く目に見える成果がない。
その上、少し強めに魔法力を込めれば魔物を呼び寄せたり他人の魔法を阻害するような代物であったため普段は最小限程度にしか使うことも出来ずにいた。
最近ようやくこの魔法を最小限使いつつ索敵やルート案内、荷物持ちにだって適用できるようになってきた。
せっかくパーティーの超前衛が板に付いてきたと思った所でのこの評価は、正直ショックだ……。
14歳の時に貧しい田舎から出てきて村のみんなを腹いっぱい食わせてやれるような超一流の冒険者を夢見ていたものの、攻撃手段がないというのはあまりにもデメリットが多い。
こんな有様じゃどこのパーティーにも拾ってもらえない……!
田舎へ帰るお金もなく、日銭を稼いで暮らすしかなかった俺を拾ってくれただけでもありがたいけども――!
「分かってるよ。ここに置いてもらえるだけ、すごく感謝してる。取り分も少ないのは昔から承知しているよ」
ランドレースは吐き捨てるように言う。
「当たり前だバカヤロー。Sランクになったら、お前なんて用済みなんだからその辺ちっとは身の程弁えとくことだな」
「皆の意見は一致しましたね。さて、それでは明日に備えて今日は酒盛りと行きましょう」
「おれはもう呑んでるけどな。っはっはっは。ま、どうせ明日も楽勝だろう」
やれやれと言った素振りで厳しい目つきを送る三人。
こうまで俺への不満が溜まってしまえば、次にクエストを攻略したとしてもさらに報酬を少なくされてしまいそうだ。
困ったな……。田舎に仕送るどころか、そろそろ俺の生活費さえも怪しいな……。
ピリピリと険悪な雰囲気が流れるなか、一人の少女が声を上げた。
ボロボロで汚らしくも毎日洗濯している様子が窺える、薄茶色のローブを纏った金髪の少女だ。
「り、リックさんは……いつも、私たちを敵から率先して護ってくださっているじゃないですか……。そ、そんな言い方は……」
気の弱いその少女は、おどおどとした様子で怯えつつ、俺を庇いに来てくれる。
「んだよ、奴隷風情が偉そうに意見しようってか? 市場で買い上げたテメェを拾い上げてきたのは誰だと思っていやがる。奴隷は黙って言うこと聞いてれば良いんだよ。リックの次はテメェだぞ、メイリス」
ガッと、メイリスの胸ぐらを掴んでランドレースは拳を握る。
彼女の首筋にしっかりと刻みつけられた奴隷紋が淡い光を放った。
雇用主であるランドレースが魔法力を込めてそれを触るだけで、彼女の身体全身に酷い電流が流れる……悪魔の紋章だ。
「ひぅっ……!?」
恐怖のままに目を瞑るメイリス。
「あぶないっ!」
自分でも思わず声が出る。
無意識のうちにメイリスの間に立つと、ゴンッという鈍い音を立ててランドレースの拳が俺の額にヒットした。
筋骨隆々としたランドレースの一撃で、額がジンジンと痛んでくる。……が、そんな痛みは一瞬で。
俺にはふつふつと別の感情が沸き立っていた。
そう、これは――怒りだ。
「メイリスに当たり散らすのは違うだろう。ランドレース」
俺は感情が表に出すぎないようにして注意する。
女の子に手を上げるなんてのは、男として――いや、人として下の下の下だ。
メイリスが俺なんかを庇ってしまったばっかりにと思うと、自分が情けなくて仕方が無い。
だが、だからといってこいつがメイリスを殴って言い理由になど断じてならない。
ぞわりと、俺のなかを何かが蠢くような感覚が支配した。
「……っ! も、元はと言えばお前のせいなんだからな! ったく。メイリス! このバカの怪我なんざ治す必要はねぇ! さっさと来やがれ! リック、テメェは現地集合だ!」
ランドレースに追随して、ヨークシャーとデュロックも冷や汗交じりに呟いた。
「魔法も使えないのに、こういう不気味な所があるから昔から嫌なんだよ、君という人間は」
「薄気味悪い奴だぜ」
三人に引っ張られるようにして、メイリスも唇を噛みながらギルドの奥へと向かっていく。そのさなか彼女はうっすらと小さくお辞儀をしてくれる。
メイリスもこれ以上俺を庇っていると自分の身に何が起こるか分からないというのに、健気な少女だ。
「頃合いかもしれないな」
シーンとするギルドの中で俺は皆の分の荷物を急いで詰めていくのだった。
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