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我慢できない者たち

作者: 村岡みのり

 昔々、海に近い村でのこと。今日も子どもたちは海岸で貝を掘っていた。

 この漁村は貧乏な者が多く、やせた体で少しでも暮らしの助けになればと、親の手伝いをする子が多かった。

 ずっとしゃがみこみで作業を続けていたので疲れた一人が立ち上がり、大きく体を伸ばすと海へ目を向けた。


「あれ?」


 沖には大人たちが漁へ出ているが、その中に見慣れぬ一隻の船があることに気がついた。


「あの船は誰の船?」


 年令の若い子ども達ほど、場違いなえらく巨大で豪華な船に興味を示した。

 しかし子ども達の中で年長に位置する者たちは見覚えがあり、顔を合わせる。


「ありゃあ、以前も見かけたことがある船だな」

「あの頃はおいらたち、まだ早いと海に出してもらえなかったな」

「しかも近づいたらいけねえって、母ちゃんが言ってた」

「うちも父ちゃんから乗るなって言われた」

「なんで?」


 幼い子ども達に質問されても、誰も答えられなかった。それというのも大人からは、ただ近寄るな、乗るなと強く言われただけだったから。もちろん理由は尋ねたが、まだお前らには説明しても分からんと言われ、教えられていない。

 そして当時年令が上だった子どもたちは興味に勝てず、大人からの言いつけを守らず船へ向かい、すごく良い思いをしたと語っていた。


「あれ? お前の家のじっさまの船が近づいているぞ」


 一人の少年が額に手を水平になるように当て、声をあげる。


「本当だ。ありゃあ、うちのじっちゃんの船だ。近づいたらいけねえって言われてんのに、なにやってんだよ。昔もじっちゃんが船に乗りこんだって知ったばっちゃんが、すごく怒っていたのに。あーあ、こりゃまた怒られるな」


 孫にあたる、もうすぐ青年と呼べる少年は呆れたように言う。


「それってお前ん家のじっさまが、あの船へ乗りこんだの? あの豪華な船に?」

「ああ、それで怒られていた。よく覚えているさ」

「じゃあ乗りこんでいいの?」

「駄目さ、だから怒られた」

「でもお前の家のじっさまは乗りこんでいるじゃないか。怒られるだけなら、乗りこんでもいいんじゃないか?」

「お前、怒られたいのか?」


 睨むように見下ろされながら言われ、幼い子は俯いた。しかし別の子が叫ぶ。


「あんな豪華な船、見たことがない! 近くで見てみたい! 見るだけならいいでしょ?」


 これを皮切りに子ども達の間で、船へ近づくだけならいいのではないか、そんな意見が圧倒となった。それというのも話をしている間にも、例のじいさまの船だけでなく、漁を行っていた船の多くが引き寄せられるよう、その船へ向かっていたからである。



「止めとけ」



 そこに声をかけてきたのは、村で数少ない長者屋敷の青年だった。


「あの船へ近づくな。お前ら、いつも不味い飯に文句を言っているだろう? そんな生活から抜け出したければ、乗りこむんじゃねえ。もし乗りこんでも、これだけは覚えておけ。船でなにも飲み食いすんな。それを忘れるな」


 子ども達は顔を見合わせた。

 つまりあの船で飲み食いさえしなければ、乗りこんでもいいのではないかと。

 子どもたちはまだ海へ出るには幼い子を残し、自分たちが使う小さな小舟を用意すると、せっせと皆で漕ぎ、豪華な船へ向かう。その光景を青年は、まだ幼いからと残され、項垂れている子どもたちの隣で祈るように見つめていた。


 やがて豪華な船へ近づくと、ご丁寧に縄梯子が下がっていることに気がついた。

 実際に間近で見た興奮も手伝い、子ども達はすっかり興味に勝てず順番に縄梯子を上っていく。


「ひゃあ、なんて沢山の色で塗られている船なんだ」

「この黄色、太陽で輝く海より眩しいわあ。すごく綺麗」


 船の大きさだけでなく、初めて見る金や外面の色だけで圧倒されつつ梯子を上ると、そこには優しい笑みを浮かべた大人たちが待っておった。


「あらあら、子ども達がこんなに大勢も。自分たちだけで舟を漕いできたの? 大変だったでしょう?」


 自分たちの古く汚れた着物と違い、その大人たちは柔らかそうな、見るからに新品の服を身にまとっていた。ただ少し着物とは型が違い、これが金持ちの服なのかと、村から出たことがない子ども達は思った。

 さらに女性たちは結い上げた髪に見事な装飾品を飾り、一層華やかにさせていた。歩くと装飾品の一つである鈴が、しゃらん、音を鳴らす。


「舟を漕いで疲れたでしょう? 船内で甘いお菓子でもいかが?」


 女性が近寄ると、花のように甘く柔らかい香りが漂ってきた。


「お姉さん、いい匂いだなあ」

「まあ、ありがとう」


 その匂いにつられるよう、子ども達は大人達に案内されるまま船内へ向かう。


「さあ、どうぞ」


 案内された部屋は広く、木床の間は壁が白く塗られ、柱は朱色だった。その朱色が鮮やかなそこでは、先に乗船していた大人たちが酒を片手に顔を赤くし、ご馳走を平らげていた。


「じっちゃん!」

「おう、なんじゃ、お前も来たんかい」

「なにしているんだよ、またばっちゃんに叱られるぞ」

「はっはっはっ、気にするな。それよりほれ、お前も食え食え。ここでの飯は、普段食べられない上等なもんばかりじゃぞ」


 言われた通り、机の上には豪勢な食事が並んでいる。食べ物を乗せている皿には欠けた部分はなく、艶の光沢に絵柄まであり、上等品と思われた。

 普段から食うに困っている子ども達は、ごくりとのどを鳴らす。青年から飲み食いをするなと言われていたが、ご馳走を前に、その言葉をすっかり忘れてしまった者が大半だった。


「さあ、あなたたちもどうぞ? これはとても甘いお菓子よ」


 花とは違う甘い匂いの食べ物が乗った皿を目の前に出され、一人の子どもが堪らず手を伸ばすと、それを口に放った。


「なんだ、これ! うめえ‼ 口の中で溶けるぞ!」


 目を丸くし喜ぶ友人の声に、我も我もと子ども達は手を伸ばす。


「本当だ、美味しい! こんな美味しいものを食べられるなんて、夢みたい!」

「さあさあ、どんどん食べてちょうだい。遠慮しなくていいのよ?」

「ほら、あなたたちも」


 青年の言葉を覚えていた子どもたちは断り、我慢した。普段から青年は優しく、時々食べ物を分けてくれる。そんな青年の忠告は守るべきだ、そんな気がしてならなかった。

 多くの子どもたちがたらふくご馳走を食べている間、それらの子は壁際に座り、ずっと耐えた。美味しそうな香りに腹を鳴かせ続けたが、青年を信じ耐え続けた。


「もったいないなあ、あんなご馳走を食べないなんて」

「あたい、もう一度食べたいわあ。この船、いつまでここにいてくれるのかしら」

「数日は停泊しているぞ」


 顔を赤くし、ご機嫌な大人が答える。

 結局船に乗りこんだだけの子ども達はひもじい思いをしたまま、陸へ戻る。そんな子どもたちを待っていたのは、長者屋敷の青年だった。


「あの船で飲み食いをしていない奴はおるか?」


 おずおずと数人が手を上げると、ついて来いと言われ、青年の自宅へと案内された。


「よく我慢できたな、偉いぞ」


 そして青年は船のご馳走より劣るものの、白米だけで炊いたご飯や、様々なおかずをふるまってくれた。


「褒美だ、遠慮なく食え」


 今度は全員夢中になり食べた。真っ白いご飯を食べられる機会など、そうはない。普段は他の野菜などと一緒に炊き、分量を増している。その野菜も貧層なものばかりで、こんなに太い大根の煮物は久しぶりだと、舌鼓を打った。

 時に喉を詰まらせながら、子ども達は夢中で完食した。


「はあ、なんてうめえんだ」

「おら、白い飯なんて久しぶりだ」


 全員が食べ終わった頃合を見て、青年は口を開く。


「あの船で飲み食いをしなければ、毎日こういった飯が食べられるようになる」


 子どもたちにとってはいつもより濃いお茶だが、それが当たり前の青年は告げる。


「あの船で飲み食いをするとな、そこで食った分、将来得るはずの金を失うんだ。お前ら覚えはないか? 同じように貝を掘っているのに、よく掘れる子とそうでない子がいると」

「そういやあ、そうだ」

「西の三郎さん家は、最近よく大粒の貝を掘っているな」

「三郎ん家は、もう何年もあの船で飲み食いをしていねえ。だが今日、末っ子が飲み食いしただろう? 明日からしばらく貝が獲れなくなる。末っ子が飲み食いした代金に見合った分だがな」


 翌日から青年の言う通り、西の三郎の家の者が貝を掘っても小粒だったり、全く獲れなくなった。それは漁に出た家族も同じだった。


「ようは借金だ。飲み食いした分の借金がなくなりそうな家が出てくると、船は現れる。今日船が現れたのは、三郎ん家の借金がなくなりそうだったからだろう」

「でも、なんでそんなことが? あの船は一体なに?」

「……昔な、外国から事情があって逃げてきた金持ちの一族がいた。あれはその船だ。つまり幽霊船だ。船にはお宝が積まれていてな、それを知った当時の村人が歓迎するふりをして、その船に乗っていた奴らを全員殺してお宝を奪ったんだ。それで殺された奴らが恨み、この村の連中を呪っている。どの家も貧乏なのに、家だけは大きいだろう? その時に強奪した金で建てた家だからさ」


 そんな話は子ども達にとって初耳だった。

 確かにほとんどの家が老朽化し、修繕する金はなく朽ちていっているが、大きいことに違いはない。


「幼子にこんな話をしても理解できないだろう? だから大人は子どもに、あの船へ近づくなとしか言えん。だが大人の中にも、あの船での贅沢な馳走が忘れられず、船が現れるたびに乗船し飲み食いする者が多い。だから貧乏なままだ。お前らはどうしたい? このまま貧乏を続けたいか?」

「おら、そんなの嫌だ!」

「あたいも!」

「なら我慢しろ。乗船しちゃあなんねえ。乗船しても飲み食いはするな。自分の弟や妹に気をつけるんだ。子どもは好奇心が強く、あんな豪華な船に興味を示さねえ訳がない。だが幼いと、借金と言っても意味が通じんからな。……金に目が眩み、大罪を犯した奴らの子孫まで、今でも殺された奴らは恨んでおるんだよ」


 それから青年は最後に皆へ団子を振る舞ってくれた。

 お腹一杯で青年の家を後にし帰路につく中、一人が呟く。


「……おらんち、父ちゃんが飲み食いしてた。父ちゃんが飲み食いした分金が使われ、ずっと貧乏なのか……。父ちゃんのせいで……!」

「おらんちもじっちゃんが飲み食いしていた……。なんで我慢できないんだろう。ああ、今ごろばっちゃんが、じっちゃんを怒っているだろうなあ」


 満腹だが足取りは重かった。

 中には家族の誰も飲み食いしていない者もいたが、周りが落ちこんでいる中、自分の家は大丈夫だと言えない雰囲気で道端の石を蹴る。

 先祖が犯した罪により呪われ、その呪いを知りつつ乗船しご馳走にありつく。なんて愚かな大人が多いのだろう。ああはなりたくないと、石を蹴りながら思う。


「長者様の家はずっと耐えていると言っていたな。おいらも我慢する。そんで自分の力で白い米を食ってやる」


 それでも豪華な船と一度覚えたご馳走の味が忘れられず、また我慢ができず手を伸ばす者は多い。一口でも食べれば、もっと、もっと、満足するまで口に放る。

 一口くらいなら、そんなに影響ないだろう。そう思う者も多いが、一度口にすれば止まらなくなる。

 数年後にまた船が現れた時、前回は我慢できた者が数名、青年に振る舞われたご馳走が忘れられず乗船し、つい手を伸ばしてしまった。


 長者の家は我慢を知っている。だからまた船が現れた時、海に出ることなく、同じく我慢を覚えた者たちと陸から乗船する村人を見つめ、ため息を吐いた。






お読み下さり、ありがとうございます。


この作品は水木しげる先生の『悪魔くん』の「ゴーレムの巻」を読み、ガイコツだらけの人がいない奇怪な船かあ……。

そういう不思議な船に遭遇する話、面白いかも。

そう考え始めた時に浮かびました。

『悪魔くん』は初めて読みましたが、こういう話だったのかと。そして、こうもり猫とメフィスト2世が可愛いかったです。


昔話風になったので、久しぶりに『まんが日本昔ばなし』を観たりして、どういうセリフにしようかなど、参考にさせて頂きました。

ただアニメは絵があるので、作品で使われる単語など意味が分からずとも理解できるなと思い、絵がない小説という状態で、使用している単語等を考え、どの年令から理解できるか分からないので、ジャンルを悩みましたが、童話ではなく純文学と致しました。


◇◇◇本作執筆にあたり、影響を受けたり参考とした作品たち◇◇◇

TVアニメ:『まんが日本昔ばなし』

著:水木しげる『悪魔くん[悪魔くんと見えない学校]1988-1990』

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― 新着の感想 ―
[良い点] 粗筋の「あの船へ乗り込んでも飲み食いすんな」という台詞に黄泉竈食ひの挿話を想起しつつ、読み進めました。 平易な文体、シンプルながら先の気になる展開で、一息に読了。 黄泉竈食ひとは少し異…
[一言] いくら毎日食べられるってもご飯と野菜だったら数年に一度のご馳走のが嬉しいかもしれませんね 借金するならいっそカエサルのように相手が色々諦めるほどの高額を借りてしまいたいものですが 大食らいが…
[良い点] これは面白くてためになりますよ! 今日を耐えた者にこそ明日が来る! 今日を頑張った者にこそ明日を掴めるんですね! ぐっと来ました! [一言] 悪魔くん好きです! ファミコンは難しかったです…
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