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黒騎士、異世界に行く  作者: 矢代大介
第1章 流星騎士、目覚める
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第8話 生き直す、と決めた日



「…………う、ん……?」


 瞼越しに視界を焼いた光を認識して、俺の意識は急速に闇から浮上した。ほどなくして、先ほどまで自分が眠っていたことを脳が理解すると、ゆっくりと思考が再起動を始める。

 ……はて、ここはどこだ? 俺の家の天井は断じて、今時見かけなくなった良質な木材で構成されるようなものじゃないのだが――と言うところまで考えて、ようやく俺は眠る前の出来事を思い出す。


「……あー。宿屋か、ここ」


 寝ボケた声で紡いだ言葉の通り、ここは宿屋だ。


 昨夜、オリヴィアさんの頼みごと――町を災害から守るためのパトロールのお手伝いを引き受けた後、俺は彼女? から「前払いの報酬」と称していくらかのお金を貰い、それを使って町の宿屋に泊まり込んでいたのである。今俺が居るのは、一人用に誂えられたベッドだけの簡素な宿泊部屋だ。

 もぞもぞとベッドの中で身じろぎして、うるさいくらいに眩しい太陽光から逃げるように影へと退避する。一連の動きを経て、俺の思考は通常速度で営業を再開した。


 ――考えるのは、一つの可能性。

 いくらなんでも、意識を取り戻してから寝て起きるほどに長い夢なんて見た事が無い。夢の中で寝る夢、と言うのもあるらしいが、それにしたって「異世界に飛ばされて何やかんやあってから寝る夢」なんてものを見るのはちょっと異常だろう。

 それに、全身の感覚や触って確認した体格も、昨日と同じアステルのものと思しき状態のままだ。別人になる夢……と言うのは聞き覚えがないが、支離滅裂なものが大半を占める夢の中で、いつまでも同じ状態を継続するのは不可能なはず。


 ……要するに、今感じているこの世界は、おそらく「現実」なのだろう。それも、俺がかつてエタフロと言うゲームに感じていたような憧憬のようなものではなく、もっとリアリティのある、本物の現実感。それが、今の俺を包み込んでいた。


「……本当に俺、異世界に来ちゃったんだなぁ」


 ひしひしと感じる現実感とは裏腹に、紡ぐ言葉は何とも現実感のなさそうなもの。どうも俺自身、いまだにこの状況を飲み込み切れているわけではないようだ。

 だが、嫌だとは思わない。むしろ、俺の心は喜びに沸き立っていた。

 ――昨日見た光景、経験した戦い。そして何より、セレネが、山賊の男が、俺が繰り出した「戦技(アーツ)」。そんなものが存在する世界は一つしか――ヴァントリアしかありえないのだ。

 それが今、確かな現実感を伴って、ここに在る。それは紛れもなく、かつて俺が思い描いた理想の形そのもの。これを喜ばずに、何を喜べばいいのだ。


「ここでなら、上手く生きていけるかなぁ」


 羨望にも似た願望が、自然と口をついて出る。直後、俺はかぶりを振って小さく苦笑をもらした。


 生きていけるかな、なんて、そんな曖昧な決意はしたくない。

 ――俺はこれから、生きて行く。この異世界で、アステルと言う一人の男として、アステルとしての人生を、生き直そう。


 胸のうちに決意の灯火を宿し、掛布の中で小さく拳を握りしめていると、不意に軽妙なノックの音が部屋に響いた。


「アステルさーん! 起きてますかー?」


 ノックに続いて、溌剌(はつらつ)とした様子で呼びかけて来る声の主は、昨日出会った少女セレネのもの。朝から元気だなぁ、とオッサン臭いことを思いながら、俺は勢いよくベッドから跳ね起き、セレネに挨拶を返した。



***



「あれ、セレネは何も取ってないのか?」


 朝食を食べるため、宿に併設された町の大衆食堂に移動した俺は、店の人に聞いたおすすめメニューを注文して席に着く。すぐ後に続いて同じ席に座ったセレネは、何故か何も料理を注文せず、一杯の水だけをテーブルに置いていた。


「はい。私はオリヴィアさんと一緒に食べちゃったので」

「あーそうか、セレネはオリヴィアさんの家に住ませてもらってるんだったな」


 セレネ曰く、彼女はオリヴィアさんからの厚意もあって、オリヴィアさんの家――実は正確には彼女の家ではなく、この町に滞在する間のみ間借りしている借家らしいが――で生活しているらしい。

 何故俺も住まわせてもらえなかったのかと言うと「二人も引き受けるのはこっちも少し苦しいし、出会って間もない男の子と女の子を一つ屋根の下に置くのも、少し問題がある気がするわね」という理由があるからだそうだ。曲がりなりにも女の子を保護している立場の人間としては、妥当な考えだろう。


「オリヴィアさんって、料理上手いのか?」

「はい、すっごく上手ですよ! 今日は野菜のくず切れで作ったスープだったんですけど、とっても甘くておいしかったです!」


 彼女の話を聞く限り、オリヴィアさんは大きな借家を借りれる財力を持っている割に、随分と質素な生活が好きらしい。金持ちの道楽、と言うよりは、単にそれがオリヴィアさんのスタイルなのだろう。


「お待たせしましたー。ウチの一番おススメですよ!」


 雑談を交わしていると、給仕の女性が料理を運んできてくれた。礼を告げながら受け取って、テーブルに料理を置く。

 出されたのは、肉と葉野菜の炒めものだった。隣にはパンと、豆を使ったスープが並んでいる。


「スタミナセットですよ。それ食べて、元気に頑張ってくださいね!」


 笑顔を見せながら去っていく給仕さんに会釈してから、俺はさっそく料理に手を付けた。

 昨日、オリヴィアさんから教えられたのだが、実はこの世界の食に関する技術は、他の分野と比べても頭一つ抜けて発達しているらしい。

 なんでも、オリヴィアさんとの会話で話題に上がった「大昔に存在した異世界人」たちの影響が今も根強く残っているらしく、彼ら先人たちが発明した様々な調理道具や調理法、調味料の製造方法や、各種食材の保存と輸送の方法などが、各国の名だたる賢人たちによって手厚く保護され、今に至るまで連綿と受け継がれているのだそうだ。おかげさまで、首都から離れたこのルクリットの町でも、ファンタジーには付き物な硬い黒パンではなく、ふわふわした白いパンをごちそうになれるのは有り難い限りである。


「……うん、美味い。さすがおススメってだけあるな」

「オリヴィアさんのご飯もすごくおいしいですけど、ここのご飯も美味しいんですよねぇ。方向性は全然違いますけど、私はどっちも大好きです」


 量を賄えるようにか、味付けは最低限に抑えてあるが、素材の味を活かしているような感じだ。何と言うか、生まれてこの方こういう食事をとったことが無いので新鮮である。

 ……うん、ダメだ。日ごろの食事をカップ麺一杯で済ますような男に食レポは難度が高すぎた。大人しく美味しくいただいておくだけにしよう。




「ふー、ごちそうさまっと。……んじゃ、作戦会議と行くか」

「了解です。って言っても、パトロールって決められたルートを通るだけですけどね」


 充実した朝食を終えた俺は、食後の水を飲んで一息つきながら、セレネと話す。

 昨日、オリヴィアさんに色々と便宜を図ってもらうために、俺は彼女の仕事の一部を手伝うという約束をした。朝っぱらからわざわざセレネと一緒に行動しているのは、今日から早速仕事の手伝いに出動するためである。

 俺たちに割り振られた仕事は、このルクリットの町周辺をパトロールし、害獣や危険な魔物を討伐しつつ、魔物による災害が発生する予兆が無いかを警戒することだ。大雑把に朝、昼、夜、深夜という風にローテーションが組まれており、俺とセレネは朝のパトロールを任された、と言うわけである。

 ちなみに、自分の仕事が終わった後は、各自自由に行動しても良いそうだ。なのでセレネはその自由時間を利用して、朝のパトロールをこなした後、昼から町人の依頼を受け、森林地帯へと山賊討伐に出かけた結果、俺と出会うことになった――と言うのが、昨日のあの森での邂逅の真相らしい。


「でも、パトロール中に魔物と遭遇することもあるんだろ? この辺りはどういう奴が出るのかくらいは知っておきたいんだ」

「なるほど、そういうことですか! ……でも、この辺りで出没するのは、どっちかっていえば私でも倒せるような魔物が大半ですし、そこまで警戒する必要はないと思いますよ?」


 私でも、という言葉を付けたことから察する限り、要するにこの辺りの魔物はゲーム時代のセオリーとよく似た強さしかもっていないらしい。むろん、ゲームと現実を一緒くたに混ぜて考えるのは言語道断だが、「ゲーム時代とよく似ている」と考えると不思議と気が楽になるのは、自分の木が小さいが故なのだろうか。


「それでも、絶対なんてないからな。歩きながらでいいから、簡単に教えてくれないか?」

「わかりました。任せてください!」


 席を立ちながらそう言うと、セレネはにこやかな笑顔で頷いてくれた。



***



 町を出て、今日も門番をやっていたオージさんに挨拶をしてから、俺たちは連れ立って決められた順路を通る。その道すがら、俺はセレネから魔物の種類についてレクチャーを受けていた。


 昨日、オリヴィアさんから頼まれごとを引き受けた後に聞かされたのだが、実はこの世界、ぼんやりと考えていた可能性の通り、俺がプレイしていたオンラインゲーム、こと「ETERNAL FRONTIER」の舞台となっていた世界「ヴァントリア」と、全く同じ名前を持つ世界らしい。ご丁寧なことに、五つの大陸と多様な景観を持つというところまで一致していると言うのだから驚きだ。


 現在地でもある、俺が滞在することになったルクリットの町は、地図上に大きく五芒星を描く五つの大陸のうち北東に存在する「ファスアイン大陸」の南部にある。

 ファスアイン大陸は、ゲーム時代にプレイヤーが初めて降り立つ街であった「アンファング」を擁する、エタフロ最初の大陸だった。生息(ポップ)するモンスターも弱く、各種の素材が集めやすい環境だったため、駆け出しのプレイヤーがエタフロの何たるかを学ぶには最適な場所、と言うのが、ゲーム時代の特徴である。

 こちらの世界でもその特徴は同様らしく、肥沃な土地と環境の安定性から、現在は最も人間が多く住まう大陸なのだそうだ。


 で、結論から言えば、この辺りに生息する魔物の種類は、ゲーム時代のファスアイン大陸の特徴と同じで、それほど強いわけではないらしい。セレネから聞かされた魔物の名前も、いくつか増えたりしてはいるが、そのどれもが駆け出しプレイヤーが相手するようなものばかりだった。

 もっとも、ゲームで戦うのと現実に自分の身体を動かすのでは訳が違う。弱い魔物だという確証が得られたのはいいが、それで油断することが無いよう、充分に気を付けた方がいいな。


「そういえば、アステルさん。わざわざ聞くことじゃないかもしれませんが、もし魔物が出たら戦うことになると思います。戦いは、大丈夫ですよね?」


 抜けるような青空の元、草原をゆったりと歩きながらパトロールを続けていると、不意に隣を歩くセレネがそんなことを聞いてきた。


「多分、大丈夫。……昨日の感覚が飛んじゃってなければ、の話だけどね」


 答えつつ、昨日の戦いを思い返してみるが、山賊の男が繰り出した攻撃をはじき返したのも、アステルが使っていた「戦技」と思しきものを繰り出せたのも、ぶっちゃけて言えば無我夢中で戦った結果の産物である。昨日のように目まぐるしい状況に襲われればわからないが、今この瞬間「同じことをやってみろ」と誰かに言われても、俺としては首を横に振らざるを得ないのが現状だった。


「なら、今日は魔物を見つけたらアステルさんの練習台にしちゃいましょう! 私は弓を射かけて援護しますから、好きなように戦ってもらって構いませんよ」

「そっか。んじゃ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」

「どうぞどうぞ、甘えちゃってください。……あ、でも、念のため射線には入らないように気を付けてくださいね? 急に割り込まれると、間違えて撃っちゃうかもしれませんから」


 昨日のことを思い出しているのか、若干自嘲気味に笑って誤射の可能性を言及するセレネに、俺は若干ひきつった笑みを浮かべながら首肯した。

 ……昨日森の中で撃たれた時も思ったが、彼女の弓の腕と威力は素人目に見ても高い。誤射とはいえ、あれをまともに受けた日には痛いなんてもんじゃすまされないだろう。

 ともあれ、今日は俺一人で戦うわけではない。仲間であるセレネとの連携も視野に入れておこう……と、一人ささやかに気持ちを切り替えるのだった。


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