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黒騎士、異世界に行く  作者: 矢代大介
第1章 流星騎士、目覚める
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第7話 ルクリットの町にて


「お、セレネちゃんじゃないか。お仕事お疲れ様」


 それから30分ほどをかけ、景色を楽しみながら歩いていると、気づけばルクリットの町は間近に迫っていた。

 町への出入りを管理する門へと差し掛かったところで、不意に少ししわがれた男性の声が聞こえる。振り向けば、軽鎧と簡素な兜をかぶり、量産品らしい槍を握ったダンディな髭の男性が、こちらに――具体的にはセレネに向けて手を振っていた。


「お疲れ様です、オージさん! オリヴィアさんは戻ってますか?」

「あぁ、ついさっき帰って来たよ。疲れたから一休みする、って言ってたし、家にいるんじゃないか?」

「そうですか、ありがとうございます! ……それとオージさん、すみませんが、この人も町に入れるよう手続きしてもらえませんか?」


 ひとしきり会話を交わした後、不意にセレネがこちらをしめす。「この人?」と首を傾げた、オージと呼ばれた男性がこちらに顔を向けるのと同時に、俺は小さく会釈した。


「彼は?」

「山賊を追いかけてたところで鉢合わせたんです。一般人だというのに、矢を射かけてしまって……そのお詫びがしたいんです」


 説明しながら、セレネがしゅんとしょぼくれる。気にしていない、というのは何度も良い重ねているのだが、どうやら彼女の中にはまだ遺恨として残っているようだ。


「なるほどな。……じゃあそこのアンタ、ここにサインしてくれ。セレネお嬢ちゃんの頼みだし、今回は入場料金はタダにしてやるよ」

「ありがとうございます。……あ、俺はアステルって言います。よろしくお願いしますね」

「おう。オレはオージ。このルクリットを守る門番さ。この町にいる間、よろしくな」


 門番さん、ことオージさんの計らいに感謝を示して、俺は彼の手を取って固く握手を交わした。



***



「じゃあ、オリヴィアさんを呼んできますね。少し説明することになると思うので、すみませんが少し待ってて貰えますか?」

「あぁ、分かった。お願いするよ」


 しばらく街を歩いて、俺たちは町の中心から少し離れた場所にある、木造の一件家にたどり着いた。

 大きさから見て、複数で住むことを前提とした邸宅らしいが、セレネ曰くオリヴィアという彼女の恩人は、ここに一人で住んでいるらしい。オリヴィアさんとやらは、どうやらお金持ちのようだ。

 セレネが小さくお辞儀して、急ぎ足で家の中へと入っていったのを確認してから、俺は改めて街並みを見渡す。ほど近い場所に森林地帯が存在しているからか、街並みを構成する建物群のほとんどは、漆塗りされていると思しき暗い色合いの材木で建てられていた。

 石畳を敷き詰められた往来を歩く人々の姿は、いかにもファンタジー然とした衣装で彩られている。チュニックだったりベストだったり、はたまたワンピースだったりとその形状は様々だったが、そのいずれもが現代では見かけないような様式で織られたものばかりだった。

 ……もしこの街の中に、現代で俺が着ていた学生服やら作業着やらで入ってみたらどうなるんだろうか……なんて益体もないことを考えていると、不意に背後で扉のノブが回る音が響く。振り返れば、扉を開けたセレネが奥から来る人影に手招きしていた。


「紹介します、アステルさん。この人が、私を助けて保護してくれた、オリヴィアさんです!」


 そんな言葉と共に、セレネが横にずれると、件の人物の様相があらわになった。


「あら、あなたがアステルちゃんね? セレネ(この子)から話は聞かせてもらったわ。……多分セレネが紹介してるだろうけど、改めて自己紹介するわね。アタシは「オリヴィア・アルディアナ」。訳あってこの町に滞在している、一介の冒険者よ。気軽にオリヴィアって呼んでね♪」


 引き締まった体躯が、モデル歩きで揺れる。にこやかに笑うその人物からは、非情に整った顔立ちと、少し垂れ目気味な目元が合わさって、なんとも言えない色香と言うべき何かが漂っていた。


 ……だが、男。

 件の人物――ことオリヴィアさんは、白い肌と引き締まった体躯……というか引き締められた「隆々とした」体躯でモデル歩きする、垂れ目気味な「オネエ」だった。ご丁寧に、自己紹介の後には「バチコーン☆」という擬音でも付きそうな、破壊力の高いウィンクつきである。


「――――――あー、えっと、ご丁寧にありがとうございます。アステル・シュトラールです」


 普通の応対ができた俺を誰か褒めてほしい。危うく踵を返して逃げ出してしまうところだった。本物のムキムキなオネエの破壊力ってすさまじいんだなぁ。


「こちらこそ、ご丁寧にどうも。……立ち話もなんだから、ウチに入りなさいな。色々と聞きたいことも話したいこともあるでしょう? 顔にそう書いてあるわ」

「……え? オリヴィアさん、アステルさんの顔には何も書いてませんけど?」

「モノの例えって奴よ。さ、二人ともいらっしゃいな」


 ぎこちない動きになっている俺の横では、セレネが慣れた様子で――というか気にしていなさそうな様子でボケたことを言っている。どうやら、彼女はオリヴィアさんに関して特段何かを思うことはないらしい。

 なんだか理不尽だなぁ、という見当違いな不満を抱きながら、俺は手招きに従ってオリヴィアさんの邸宅へと足を踏み入れた。



***



「それじゃ、まずは色々と聞かせてちょうだいな。一応の保護者として、この子を手助けしてくれたお礼と、この子があなたにしたことのお詫びもあるし、アタシでよければ力になるわよ」


 三人分の紅茶らしき飲み物を用意したオリヴィアさんが、席に付きながらそう切り出す。その顔には、こちらから何かの情報を聞き出そうと言ったような打算的な感情はなく、ただただ親切心の塊のような柔和な微笑みが浮かんでいた。

 ……さて、どう話したものだろうか。まさかいきなり「目が覚めたら元の世界とは違う場所に居ました」なんて言われて信じる人ではあるまい。

 だが、もしかしたらと言う可能性もある。もしこの世界が、本当にエタフロの世界観を――エタフロの舞台である「ヴァントリア」の世界観を下敷きにしているのならば、「異世界の戦士(エトランジェ)」という前提があるかもしれないのだ。

 ……まぁ、こんなところで嘘八百を喋っても得になる要素はない。彼女が信頼できる人だと信じて、思い切って話してみることにしようか。




 俺はもともと、こことは違う場所――おそらくは別の世界に住んでいたこと。

 その世界で唐突に気を失ったかと思ったら、次の瞬間には森の中で倒れていたこと。

 見知らぬ場所を彷徨っていたところでセレネと遭遇して、後は彼女が経験した通りの経過をたどったこと。

 オリヴィアさんたちには伝わらないであろう、エタフロと言うゲームのことやらは適当にぼかしながら、俺は二人に経緯を話す。

 あと、今のこの身体が、本来の俺の身体とは違うということは伏せておいた。これ以上相手を混乱させたくない、と言うのもあるのだが、何よりこの身体を使っている俺が、「俺」と「アステル」を切り離して考えたくない、と言うのが、正直な理由である。


「……なるほど、ねぇ。考えにくい話だけど……セレネはどう思うかしら?」


 口元に手を当てて、考え込むポーズを取るオリヴィアさんが、隣に座るセレネへと会話を繋いだ。問われたセレネは、おとがいに指をあてながら難しい顔をしている。


「うーん……わからないです。でも、アステルさんが良い人だっていうのは分かります!」

「そう言う意味じゃないと思うけどなぁ……」


 頭をひねって出した答えだったのだろうが、あいにく今の論点はそこじゃない。それに、一度共闘しただけで「良い人」認定されるとは思わなかった。彼女を利用しようと企てている悪人の可能性もあるのに、随分と素直な子である。


「アステルちゃん。聞いての通り、あなたの状況をアタシ達は把握できないわ。だから、あなたの話が本当か嘘かは、今はあえて突っ込まないでおくわ」

「わかりました。どのみち、こんな話を信用されるとは思ってませんでしたし、それで大丈夫ですよ」

「え? あぁ、違うわよ。あなたの話を信用していないわけじゃないの」

「……というと?」


 話が通じないことを覚悟していたのだが、どうやらオリヴィアさんが言いたいのはもっと別なところにあるらしい。間抜けな返事を口にすると、オリヴィアさんが続きを口にする。


「実はね。ずーっと昔の話なんだけれども、この世界には異世界から来た人っていうのが、沢山いたらしいのよ。ある時を境目に、異世界の人たちはぱったりと現れなくなったって言われてるから、今では異世界の人を見ることはなくなっちゃったんだけどね」


 そうして聞かされたのは、意外な昔話。よもや、オリヴィアさんが異世界人と言う言葉に見識を持っていたとは露ほども知らず、俺はただ驚きを隠せなかった。


「……ってことは、オリヴィアさんは俺がその、昔に存在した異世界から来た人間だって考えてるんですか?」

「そうね。詳しいことは、しっかり文献を改めないと何とも言えないけど、状況証拠やあなたの証言から考えれば、そう考えるのが妥当だとアタシは思うわね」


 なるほど確かに、と得心する。となると、オリヴィアさんの言う通り、今この場で俺の出自について深く考えるのはやめた方が良いだろう。


「……まぁ、あなたが何者かはともかくとして。アタシとしては、あなたのことを助けてあげるのもやぶさかではないわ。この子を助けてくれた恩もあるし、困った人を助けるのはアタシのポリシーだからね。……ただ、ウチには見ての通りセレネが居るから、このまま何もなしに、っていうのは、アタシとしては苦しいところね」

「ふむ……具体的には、何をすればいいんですか?」

「うふふ、話が早くて助かるわ。難しい話じゃないから、楽に構えて聞いてちょうだいな」


 頼まれごと、と聞いて、無意識に背筋を張ってしまっていたらしい。細く息を吐いて居すまいを正すと、得心した様子のオリヴィアさんが続きを口にした。


「あなたにお願いしたいのは、アタシが今担当しているお仕事のお手伝いよ。今のアタシは、近々起きると予想されている災害に備えて、この町の防備を固めているところなの」

「災害……ですか?」

「えぇ。アタシの仕事は、時期が来るまで町の周辺をパトロールしながら、街や人に被害を及ぼす魔物を討伐すること。そして時期が来たら、その災害に対処することなの。あなたにしてほしいのは、そのお手伝いよ」

「手伝いって……魔物の討伐はともかく、災害なんてどうしようもないんじゃないんですか?」


 盗賊退治で多少は腕に自信がついたので、簡単な魔物退治くらいならなんとかこなせるだろう。だが災害、それも町の防備を固めなければいけないレベルの災害となると、話は別だ。

 そもそも、俺は腕っぷしにも自信がないただのいち一般人だ。アステルの身体になったため、多少は身体能力も上がっているが、それでも俺に出来ることはたかが知れている。

 ……なんて俺の考えを汲んでくれたのか、オリヴィアさんが苦笑をもらしながら言い回しを訂正してくれた。


「ごめんなさい、言葉が足りなかったわね。災害っていうのは、近々この付近に大量の魔物が発生するかもしれない、ってことなのよ」

「……あぁ、なるほど。要するに、俺を戦力の一つにカウントするってことですか」

「ご明察。と言っても、メインはあくまでもアタシや他の人たちだから、あなたはこの子といっしょに、大発生までのパトロールと、災害が発生した時にアタシたちの補佐をやってくれればいいわ。悪い話じゃないと思うけど、どうかしら?」


 なるほど、確かに悪くない提案である。そのぐらいならば、確かに俺でも役立つことはできそうだ。それに、パトロールを通じて魔物との戦い方も体で覚えることができるかもしれない。

 この身体は、昔からずっと剣士として育て上げてきたアステルのもの。なればこそ、その本懐を遂げさせてやりたい……というのは、少し出過ぎた考えだろうか?。


「――わかりました。俺なんかでよければ、喜んで力になりますよ」

「そう言ってくれると思ったわ。……じゃ、改めて宜しくね、アステルちゃん」


 何はともあれ、今の俺には何ができるのか、何がしたいのかなんてこともわからないのだ。

 まずは、できることを一つずつやって行こう。そう考えながら返事をした俺は、差し出されたオリヴィアさんの手を、しっかりと握り返した。


次回の更新で書き溜めのストックが尽きるため、以降は不定期的に更新していこうと思います。

なるべく早めに更新を重ねていく所存ではありますが、進行度は本人のモチベーションにかなり左右されるため、あらかじめご理解とご了承を頂ければ幸いです。

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