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黒騎士、異世界に行く  作者: 矢代大介
第1章 流星騎士、目覚める
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第4話 目覚め



 ――寝苦しい。なんだかわからないが、えらく寝苦しい。それが、闇から浮上した意識で初めて知覚した感覚だった。

 ……えぇと、自分は何をしていたんだったっけ。いまだにぼんやりと霞がかった頭で、ゆったりと記憶の糸を辿ると、ようやく意識を失う前の記憶がよみがえってきた。

 そうだ、確か俺は、我が居城であるアパートの部屋の中でパソコンを前に、あの世界の――かつて自分にとっての本当の現実に等しかった世界の終焉を、見届けていたはず。

 となると、俺は寝落ちしてしまったと考えるのが妥当か。異様な寝苦しさも、奇天烈な体勢で眠ってしまったことが理由だと考えれば納得がいく。


「ふっ、ととと――――っんお?」


 立ち上がって伸びをしようとしたその矢先、全身に妙な重さを感じた俺はよろめいてバランスを崩してしまった。壁ドンが返ってくるのを覚悟で、部屋の壁に手をついて――妙な声が出る。

 手に伝わってくる感触が、家の壁のそれとは明らかに違うのだ。

 確かに、我が家の壁はざらっとした壁紙を張っている。だが、今手を突いた壁らしきものは、壁紙と言うにはあまりにもごわごわして、ごつごつして、でこぼこしているのだ。何事かとそちらに視線を向けて、俺の視界に入ったのは――。


「……木?」


 茶色い樹皮を持った、一本の樹木の幹だった。

 ……いや待て待て、なんで俺の部屋に木の幹があるんだ。俺の部屋は一昼夜で某ボロ傘を持ったトロールに生育された木にでも浸食されたのか?

 予想とはあまりにもかけ離れた光景を目の当たりにし、内心パニックに陥りながら、周囲を確認しようとして。



「…………も、り??」


 そうしてようやく、俺が立っているこの場所が、我が家の机の前――ではなく、沢山の木々が乱立し、木漏れ日でいっぱいに照らされた森の中だということに、気が付いた。



 …………一体全体、これはどういうことだろうか。どうして俺は自宅じゃなくて、こんな見た事も聞いたこともないような森の中で眠っていたんだ?

 欠片も理解が追い付かないまま、呆然と周囲を見回していると、不意に新たな違和感を覚える。――視界が妙に狭いのだ。

 とっさに顔に手を当てようとするが、本来ならば鼻や頬に触れる触れるはずの指は、かつんという音を立てて、何か硬質な物へとぶつかる。そのままペタペタと触ってみれば、すぐにそれがフルフェイスのヘルメットらしいものだということが理解できた。


「っぶは」


 ならばと両手でヘルメットを掴み、一息に頭から引っぺがす。顔中に感じた外気の冷たさと開放感に一瞬の心地よさを感じたのもつかの間、すぐにその感覚は吹き飛んでしまった。

 落とした目線の先にある、両手でしっかり握りしめていたヘルメットの形状に、酷い既視感(デジャヴ)を覚えたのである。


「これ……アステルの、兜?」


 しばしじっと見つめて、不意に気づく。刺々しくもヒロイックな意匠を施された、一見すれば悪役のそれにも思えるような形状のヘルメットは、今日までの人生の中でも特に長く見てきていた、我が分身が身に着けていたモノと、全く同じ外見だったのだ。それを確認した俺は、もしやと思いながら自分の身なりを改める。


「……そうだ。これ、アステルの鎧だ」


 胸元と肩を覆う、金属製の鎧。動きやすさを重視したボトムスとセットになった、腰から伸びるマント。動作を阻害しない、柔軟性の高い素材を用いたという設定のガントレットとブーツ。

 先ほど外して手に持っている兜共々余すことなく、艶やかな漆黒と控え目な黄金の装飾で彩られたそれを、見間違えるはずがない。

 ――本来ならばTシャツと簡素なズボンという寝間着スタイルだったはずの俺の服装が今、「アステルが使っていた黒金色の鎧」に、変貌していた。


「……まさか」


 身に纏った衣装の変化に気付いた直後、ふと思い立った俺は、周囲に何か顔を映せるようなものが無いかを探す。鏡、湖、水たまり、どれもない――と思ったが、ふと思い立った俺は「背中」に手を回した。


「やっぱり、あった」


 指先の感覚が、そこに備わっていた握るための部位(グリップ)に触れ、しかと掴む。「それ」が持つであろう形状に沿って、ゆっくりと引き抜いて行けば、俺の背中からは一振りの剣が姿を現した。

 見間違えるはずもない。握りしめた俺の手から伸びるその長剣(バスタードソード)型の武器は、紛れもなくアステルが愛用していた専用の剣「星剣スターリア」だった。

 鎧と同様、艶やかな漆黒と黄金で染め抜かれた刀身は、周囲の風景を反射するほど鮮やかに磨き上げられている。そして当然、そこには「俺の顔と思しき人物の顔」もまた、反射して映り込んでいた。


「……アステル、だなぁ」


 景観を反射する刀身が映すのは、良く見知った要検閲レベルな男の顔ではなく、精悍な顔立ちと不愛想な表情が特徴的な青年の――見知ったアステルの顔。試しに少し笑ってみれば、剣の中の青年がニヒルに微笑んだ。

 ……誰だコイツ。俺の知ってる俺はもっとこう、笑えば正気度(SAN)チェックが必要になるようなすさまじい形相なのだ。断じてこんなニヒルなイケメンではない。

 ただ、不思議とこの顔に違和感はなかった。何と言うか、ずっと昔からこんな顔立ちだったような、そんな気がするのである。

 ……いや、考え直してみれば、この顔はエタフロ(むこうがわ)での俺の顔だったわけだし、そもそも最近はうっかりで手鏡を割ってしまって以来、自分で鏡を見ることもなかった。そう考えると、記憶に残っている自分の顔がぼんやりしているのも納得できる。



 ……顔に関することはさておいて、この状況は一体全体どういうことなのだろう。

 常識的に考えるなら、この状況は「夢の中の出来事」という一言で片付く。だけどそれにしては、置かれた環境があまりにも不可解なのだ。

 そもそも、俺は今のこの風景を――木漏れ日溢れる森の中なんて風景を知らない。都会に生まれて都会で育った都会っ子な俺にとって、この大自然が織りなす風景なんてものは、さっぱりと縁のないものなのだ。

 それに、アステルの姿になってみる夢ならば、良く見知ったエタフロの世界を舞台にするのが普通――夢の内容に普通と言う概念があるかはともかくだが――だろうし、その内容も楽しい冒険譚になるはず。まかり間違っても、こんな幻想的で殺風景な森の中でぼんやり突っ立っているような夢にはならないはずなのだ。

 ……御託はともかくとして、何より俺の頭の中で、直感がうるさいくらいに警鐘を鳴らしている。夢と仮定して動くのは危険だと、そうささやいてくるのだ。

 ――自慢じゃないが、直感には結構自信がある。面白そう、と感じた作品はたいていが期待通りだったし、今日はヤバそうと思ったその日に、通りがかったトラックが踏んだ水たまりのおかげで、全身濡れ鼠にされたこともあった。……結果の良し悪しはともかくとして、俺の勘はよく当たる方なのである。

 その勘が、「これは夢だ」と断ずることに疑問を呈している以上、俺としてはそれに従って動くのが最良だと、そう思えた。

 ――もし仮に、今のこの場所が夢の中だったとしたら、起きた後にさんざん嗤って、さんざん後悔すればいい。しかし、それ以外の可能性がわずかにでもあるのなら、軽はずみな気持ちで行動するのは控えた方が懸命だろう。

 ともかく、行動方針は決定だ。ならばまずは何をするべきだろうか――とまで考えた矢先、不意に腹の虫が小さく鳴き声をもらした。


「……腹減ったなぁ」


 そう言えば、称号獲得のためにラストスパートをかけていたので、晩飯は作り置いていた小さなおにぎり数個ほどしか食べていなかった。普段ならばエタフロをしながらお菓子をつまんでいるので、腹の虫がいっそううるさくがなりたてているのも道理である。


 なんにせよ、今この場所が安全とも限らないんだ。まずは人を探しつつ、すきっ腹に食べられるものを詰めることを優先しよう。

 自分でも意外に思うくらいの、気味が悪いくらい冷静な思考でそう結論を出してから、俺はふらりと当てもなく森の中を歩き始めた。



***



 柔らかな土の感触を足裏に感じながら、俺は自分の状態を確認する。

 とてもじゃないが人様にお見せできない風体だった俺の体躯は現在、程よく引き締められたたくましい体つきへと変貌していた。変わっているのは見た目だけではないらしく、少し歩いただけでも、一歩一歩が非常に力強く地面を捉えるのを感じ取れた。

 軽く手を握ってみれば、得物(ぶき)を握るのにふさわしい握力になったことが伝わるし、軽快な足取りは先ほどから全く衰えることを知らない。職場から離れた駐輪場に移動するだけで軽く運動した気分になれる……という、いつもの日常で繰り返していた光景と比べれば、今の俺はまさしく生まれ変わったような感覚だった。

 ……しかし冷静に考えてみれば、自分の身体がゲームで使っていたアバターのものに変貌してしまうなんて、現実的にあり得ないだろうと今更苦笑する。何処のラノベだよ、と頭の中で一人ツッコミを入れて――はたと気づいた俺は立ち止まった。


「あ。もしかして、ステータスとか使えるのか?」


 思いついたら即実行。出て来い出て来いと念じてみれば、いくばくもせずに目前に半透明のディスプレイらしきものが出現する。そこに記されているのは紛れもなく、俺の長きにわたるエタフロ生活の中ですっかり見慣れたものになった、ステータス画面だった。




 名前:アステル

 プレイヤーID:Aster_Strahl

 クラス:流星騎士 Lv.1

 種族:ノービス

 性別:男性

 称号:「星明かりの騎士」「救世の英雄」


 【武装】

 ・星剣スターリア


 【オーナメント】

 スロット1:星耀のオーナメント

 スロット2:竜鱗のオーナメント

 スロット3:疾風のオーナメント

 スロット4:戦騎のオーナメント

 スロット5:妖精のオーナメント


 【装備品】

 頭:なし

 胴:鋼の鎧(上)

 腕:ファイターガントレット

 腰:皮のコート(下)

 足:闘士のブーツ


 【スキル】

 ・流星剣術の心得

 ・防刃の型

 ・自然治癒力強化(強)

 ・回復術の心得



「……マジかよ」


 真っ先に目についたのは、クラス名の横に表記されているレベル。ゲーム通りであるならば、そこに書いてある数字には0がもう2つ後ろにつくはずなのだが、どういうわけか表記されているレベルは100ではなく、1に変わっていた。

 無意識に、頬を冷や汗が流れる。エタフロはRPGである以上、レベルやステータスの概念とは切っても切れない関係にある。それが最低値である1になっているということは、とどのつまり「高レベルのアドバンテージが存在しない」と言うことに他ならなかった。

 正直マズい。ゲームの中ならともかく、本来の俺は仕事以外ではロクに外に出ない半引きこもりなのだ。普通に動ける自信もないのに、見知らぬ土地でステータスの恩恵が無いというのは、かなりの不安要素だった。

 ……ただ、アステルの身体になったせいか、身体能力はむしろ上がっているような気もする。何でもできる、とまではさすがに行かないが、多少の運動くらいならなんとかなりそうな感じがあった。

 加えて、装備品のスロットには「オーナメント」と呼ばれるアイテムが外れずに残っている。これらは防御力のほか、供えられた特殊能力でキャラクターの強化ができる、特殊な防具系アイテムなのだ。これによるサポートがあるということは、とりあえずステータス的にはレベル15ほどまで底上げされていると考えていいだろう。

 ……まぁともかく、この辺りは今考えてもどうしようもない。なるようにしかならない以上、今考え込むのはやめることにした。


 もう一つ特筆するべきは頭装備がなくなっていることだが、それは先ほど脱いだヘルメットを手に持ったままなのが原因だろう。試しにかぶり直してみれば、頭の項目が「なし」から「ヴァンガードヘルム」へと変化した。

 ちなみに、全身黒金色という見た目の統一感の割に、装備品の名前がバラバラなのは、色んな装備品をかき集めて染色システムで色を変えたからである。

 エタフロにおいて装備品と言うのは「キャラクターに着せる衣装」と言う立ち位置になっている。他のゲームで言う防具の役目は先述通り「オーナメント」というアクセサリのようなものが担っているため、プレイヤーは見た目を気にせず自由にキャラの着せ替えを楽しめる、という寸法なのだ。


 ……そういえば、こうしてステータス画面が表示されているということは、他の機能も使えるのだろうか?

 試してみるが、画面上部のタブに触れて画面の切り替えを行おうとしても、反応するのは「ステータス」と「アイテム」の項目だけ。フレンドやギルド、システムのタブに関しては、反応してこないどころか表示から消滅してしまっていた。ならばとアイテムの項目を表示させると――。


「げっ、全部消えてる」


 切り替わった画面には、回復薬やバフをかけるための料理、そして手持ちしていた各種の素材などなど、所有していたアイテムたちの大半が消滅して、すっからかんのインベントリだけが映っているという、衝撃の光景が映っていた。ご丁寧なことに、装備していた以外の武器やオーナメントなども、一部を残して消滅してしまっている。


「うぁー、くそぉ……結構レアな素材とか持ってたんだけどなぁー。……ま、これが無事なだけマシか?」


 ただ、幸か不幸か衣装系のアイテムはそのほとんどが無事だった。数点ほど見当たらない気がするが、それらはいずれもいつも着まわしているタイプのものではなく、ふと思った時に気分で着るタイプの衣装なのだ。となると、倉庫に預けておいたまま消えてしまったのだろう。ともかく、お気に入りの衣装が残っているのは、不幸中の幸いだった。

 それにどうやら、アイテム欄に表示されている人型のミニチュアが健在なので、先ほどの兜のように実際に脱ぎ着する以外にも、アイテム欄から直接着替えることも可能らしい。

 試しにミニチュアを操作し、もう一つの愛用コーデに着せ変えてみると、一瞬の浮遊感と肌寒さを覚えた直後、俺の着こんでいた黒金の鎧が、似たようなカラーリングの旅装束めいた衣装に変化する。ステータスを確認してみると、そちらの表記もしっかりと変化していた。


【装備品】

 頭:なし

 胴:剣聖の装束

 腕:指ぬきグローブ

 腰:麻布のズボン

 足:旅人のブーツ


 新たに袖を通したその衣装は、先ほど着込んでいた黒金色の鎧と同じくらい気に入っているものである。先ほどの鎧が「戦闘時に着用する戦装束」とするならば、こちらはさしずめ「日常生活や街中で着用する普段着」といった具合か。鎧と同じ黒金色のチュニックとグリップ力を高めた指ぬきグローブに、可動性を損なわないズボンと歩きやすさを重視したブーツといういでたちは、背負った星剣の存在もあって、まさしく「風来坊の剣士」と言った様相を呈していた。

 鎧の窮屈さから解放された俺は、うーんと一つ伸びをする。戦うための衣装なだけあって、鎧姿でも充分に動きやすかったが、やはり動き回ることを考えるならこういうラフな服装の方が良いだろう。

 さて、装いも改めたことだし探索再開だ……と思ったその矢先、再び俺は足を止める。――――なにか、聞きなれない音を聞いた気がしたのだ。


「……?」


 もう一度、今度はしっかりと耳をそばだてて、周りの音に注意を傾ける。しばらくじっと耳をすまして確認してみれば、鳥のさえずりや木々のざわめきに混じって、かすかに何かの音が聞こえてきた。


「人の足音だ……!」


 草を踏みしめ、地面を捉え、強く土を蹴る、小気味のいい音。音の感覚から察するに、それは間違いなく何者かがこの森を疾駆しているものだった。

 ――ふと、胸中に暖かな安堵感が去来する。もしこんな孤立状態で遭遇したのが、凶暴な野生動物とかだったら……なんてことを無意識のうちに考えていたせいか、この場に人が居るということは、それだけで大いに安心感を与えてくれた。


 しかし気になるのは、相手の正体である。ここが人の手が入っていない森の中である以上、そんな場所に来ている件の人物は、何かしら理由があってこの場に居るということは想像に難くない。ひょっとすると、この森を根城にした蛮族と言う可能性もあるのだ。

 はたして、正体のつかめない相手と安易に接触を持つべきだろうか……と考えて、ふと気づく。――足音が、こちらに向けて近づいているのだ。


「……用心、しとく、か?」


 近づく足音の方に向き直り、気持ち腰を落として構えを作りながら、俺は背に吊った愛剣の柄に手をかける。迫る大きな出来事に、先ほど俺のうちでささやきかけていた直感が、再び何かを訴えようと警鐘を鳴らしていた。

 さぁ、俺の目の前に現れるのはどんな人間なのだろう。少しの期待と不安を胸に秘めつつ、油断なく構えてから、ほんの十数秒ほどを経て。


 がさり、と茂みを鳴らしながら、その人影は俺の目の前に躍り出てきた。




 まず真っ先に目を引いたのは、金。

 人影の動作に合わせてふわりふわりとたなびき、俺の眼を引きつけるのは、長くたなびく金色の頭髪。温かく柔らかな質感を持つそれは、人影を取り巻く少し薄暗い遠景も手伝って、まるで宵闇に浮かぶ月のような、優しい存在感を放っていた。

 柔らかな金髪の下にあるのは、その髪が与える印象とは逆に、どこか剣呑な光を宿した翡翠色の瞳。普段は柔和な表情を浮かべているのであろう、あどけなさを色濃く残す顔は、俺のことを見とめてか、驚きに染まっていた。

 直後、ざりっと足で土を踏み鳴らした人影が、器用に体重を移動させて急ブレーキをかける。

 ――――構えた俺の前で停止したのは、少女。それも、もし街で見かけたならば、思わず振り返って見惚れてしまいそうなほど、端正な顔立ちを持つ少女だった。


「……あなた、は」


 立ち止まった金髪翠眼の少女が、驚いた表情を張り付けたまま、こちらをみやる。この身体(アステル)の想定した年齢と同じか少し下くらいの年に見える少女だったが、その容姿がなせる業なのか、わずかな動作一つさえ、不思議と絵になっていた。


「あ、えっと、俺は――」


 少女に問われて、すっかりその美貌に見惚れてしまっていた俺は、慌てて居すまいを改める。

 怪しいものではない。訳あってここに迷い込んでしまった、できれば助けてほしい。着の身着のままなので、できれば食べ物を――などなど、こんな辺鄙な場所に居る言い訳になりそうな言葉を思い浮かべ、何とか彼女に納得してもらおうと口を開いたその矢先、先んじて少女が口を動かした。


「ようやく、見つけました」

「……え?」


 見た目相応の、あどけなさと凛々しさが絶妙に同居したソプラノで紡がれた、その言葉の意味を受け止めかねて、俺は動きを止める。

 少女の手にはいつの間にか、背から取り出されたらしい弓と矢が握られていた。




「間違いありません。この周囲を根城にする山賊の長とやらは、あなたですね! ……どうして一人でいるのかはわかりませんが、そんなことは気にしたら負けです。――町を守るため、あなたは私が討伐させてもらいます!!」


 風を切る音を鳴らしながら、握られた矢の先端がこちらに突きつけられる。

 同時に彼女の口から飛び出したのは、想定していたものとはあまりにも方向性の違う、唐突で突飛な内容で。



「…………え? えええぇぇぇぇぇーーーーーッ!?!?」


 そのままギリギリと弓矢を引き絞る美貌の少女を前に、俺はただ驚愕の声を上げることしかできなかった。





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