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黒騎士、異世界に行く  作者: 矢代大介
プロローグ
4/17

第3話 幻想の終わり




 原初の神を討つ者 : すべての黒幕、創造神ヴァルトライアを打ち倒した英雄の称号。もはや、彼の者にかなう悪はいないだろう。


 救世の英雄 : 異世界ヴァントリアを脅かすあらゆる脅威を打ち払い、全ての黒幕に引導を渡した物に贈られる、最高の称号。真の英雄となったあなたに、最大級の賛辞を。


 創造神を打ち倒したアステルに、称号と呼ばれるやり込み要素の証が付与される。二つ手に入れたうちの後者こそ、過酷な死闘の果てにラスボスを打ち倒したことの、紛れもない証左だった。


「……っいよっしゃあぁぁーーっ、終わったぁーーーー!!」


 数拍の間を置いて、俺はコントローラを握り占めているのも忘れ、天へ向けて大きなガッツポーズを決める。

 もう夜中も近いということも忘れてあげた歓喜の叫び声が、六畳一間ほどの我が居城いっぱいに反響した。壁ドンは勘弁なので、慌ててすぐに声を抑える。

 何はともあれ、ようやく俺の最大の目的は達成された。この「救世の英雄」という称号を入手するためには、「グランドクエストで戦えるすべてのボスを一人で討伐する」という、ある種のマゾゲーじみた苦行を要求されるのだ。

 そもそも、このエタフロはオンラインゲームであり、複数の仲間とパーティを組んで敵と戦うことを前提としている。それは無論グランドクエストのボスも例外ではなく、序盤の敵ならばともかく、中盤を過ぎたあたりからはパーティを組まないと到底討伐は無理になるのだ。

 しかし、このゲームはRPGであり、アクションゲーム。レベルを上げて良質なスキルを取りそろえ、最上級の装備品をあつらえた上で、限界ま操作技術(プレイヤースキル)を磨けば、どれだけ強大なボスであろうと、ソロ討伐は不可能ではないのだ。もっとも、たいていの人間は底に行くまでの気力と根気が無いので、成し遂げられるのはいわゆる「廃人」と呼ばれる人間だけなのだが。

 そして、サービスが終了するという今日この日、ついに俺はその境地にたどり着くことができた。限界まで集中力を使い果たした反動で後ろへと倒れ込みながら、俺は詰めていた息を盛大に吐き出す。


「いやぁー…………やってやったぞぉー……!」


 得も言われぬ達成感を胸のうちに感じながら、俺は過去を思い出していた。


 そもそも、俺はどちらかと言えばエンジョイ勢――最高効率や最高品質にこだわらず、自分の気の赴くままにゲームをプレイするスタイルのことだ――であり、本来ならばこんな廃人めいたことをする人間ではない。普段のプレイスタイルも、どちらかと言えばエタフロの中でしか見れない景色を楽しんだり、出会ったフレンド達とワイワイ騒ぎながらクエストをプレイするようなものであり、まかり間違ってもこんなマゾゲーに両足を突っ込んだ廃人プレイを行うようなプレイヤーではなかったのだ。


 だが、サービス終了を宣告された半年前のあの日、俺の胸のうちにふと芽生えた、「やり残したことはないだろうか」という気持ち。

 確かに俺はエタフロを、ヴァントリアの世界を十二分に楽しんでいたという自負はあったが、それは所詮エンジョイ勢としての話。ならば一度くらい、自分の限界に挑戦してみてもいいんじゃないだろうか――そう考えて、俺はこのマゾゲーに手を出したのだ。



「はぁー……人間頑張ればなんとかなるもんだなぁ」


 ステータス画面を表示し、先ほど手に入れたばかりの「救世の英雄」称号を、プレイヤーキャラの二つ名としてセットする。ステータス画面に新たに現れた文字列を眺め、一人気持ち悪い愉悦に浸っていると、不意にチャット欄にメッセージが表示された。


《おーい、そろそろ運営の挨拶だから戻ってこーい》


 チャット内容に目を丸くして時計を見てみれば、すでに時刻は23時の中頃目前を指している。

 伝えてくれたことに感謝のチャットを送り返しつつ、アステル(おれ)は急いで街を目指すことにした。



***



 エタフロを始めたプレイヤーたちが最初に降り立つ街であり、ヴァントリアを構成する5大陸の一つ「ファスアイン大陸」の首都アンファング。ここ最近はめっきり人の減っていた街の中央広場には、表示限界数を軽く凌駕するレベルのプレイヤーたちが、これでもかとひしめき合っている。

 かつての最盛期によく見かけていた光景が、ひと時だけとはいえ返ってきたことが、不思議とわがことのように嬉しかった。広場の中央には、地面から少しだけ浮いた形で配置された、おそらくはゲームマスター用と思しきキャラクターが、演説を行っている。


「ありゃ、ギリ間に合わなかったか」


 運営の挨拶を最初から最後まで聞けなかったのは残念でならなかったが、この後も挨拶は続くのだ。一字一句、聞き逃さないように見物するとしよう。





 ありきたりな挨拶から始まったと思しき演説は、実に20分近くにも及んだ。

 時折言い訳めいた言葉を織り交ぜながらも、ユーザーたちの心を掴みきれなかったこと、予算削減による開発、運営の難航など、ゲームマスターは色々な理由を語る。そして同時に、これまでに行ってきたイベントの数々を振り返ったり、最後に行われた統計調査の結果を発表したり、決してしんみりするだけの挨拶には留めないのが、なんともらしいと思えた。

 ……彼らの話に一番耳を傾け、賛同できるのは、間違いなく俺だろう。ただの自負でしかないが、それでも胸を張ってそう断言できるくらいには、このエタフロの世界で長く、長く冒険を続けてきたのだ。


 だからだろうか。

 彼らの演説に聞き入り、胸の奥に埋もれたかつての輝かしい思い出たちを振り返っていた俺の頬には、うすらと雫の跡が刻まれていた。


 あぁ、本当に長い、長い時間だった。

 本当に、長く、楽しい、幻想だった。


 これが終われば、本当にこの世界とはお別れ。

 今日この日のこの瞬間まで育て上げていたこのキャラクターも、所有していたサブキャラクターも、ゲームの中で築き上げた財産も。

 このゲームの中で生まれた縁も、思い出深い世界も、全てが消えていく。

 それは、オンラインゲームとしてこの世に生を受けたゲーム達が、等しく迎える宿命なのだ。




「…………あぁ、クソッ」


 だけど、そう考えて割り切れるほど、俺は大人になれてはいない。

 俺はまだどうしようもなく、心の奥に眠る幻想に憧れる、子供だった。


 終わってほしくない。

 終わりたくない。

 まだ、やり残したことなんて沢山ある。

 際限なく溢れて来る、この世界への未練が、自然と涙になって頬を伝っていた。





 俺の世界は、灰色だった。


 自分の知識を培うためだけの勉強は、好きじゃなかった。

 さして仲もよくない友人との遊びは、どこか生暖かいモノだった。

 漠然と選んだだけの仕事は、生活のために必要な作業だった。

 身を焦がすような恋慕を伴う恋なんて、一度もしたことが無かった。


 だから俺には、本気になれる何かと言うものは、存在しなかった。

 ――エタフロと言うゲームに出会う、あの日までは。




 俺はただただ、エタフロの世界に、ヴァントリアと言う世界に見入り、憧れた。

 広大で、自由で、愉快なそれに魅せられた俺は、その時初めて「本気になる」と言うことを知れたのだ。


 もっと強くなりたいと、レベルを上げながら上を目指した。

 もっとレアなものが欲しいと、希少なアイテムを求めた。

 始めてできた「心から笑いあえる仲間」と一緒に、いつもいつもバカ騒ぎしていた。

 些細なことから始まった諍いに、心の底から憤った。

 

 そうして気づけば、俺の生活はエタフロと、ヴァントリアでの生活と、と密接に結びつくようになっていたのだ。




 他人から気持ち悪いと思われようが、バカバカしい思想だと笑われようが、そんなものはどうだっていい。

 俺にとって、ETERNAL FRONTIERと言うゲームはまさしく、「本物の人生」だったのだ。


 それが、消える。0と1の海に溶け、無くなってしまう。

 かつて「本物の人生」として動いていたそれが、消える。

 それが、どうしようもなく耐えられなかった。





「それでは、カウントダウンを始めます!」


 ふと、ゲームマスターがそんなチャットを出す。それに合わせて、周囲のプレイヤーキャラたちからは、三々五々に返事を綴った吹き出しが飛び出した。


「……終わるんだな」


 思わずぼやいた、驚くほどに無機質で死んだような声音で絞り出した言葉に、ふと自嘲する。


 これが、現実。幻想は所詮幻想であり、現実になることはない。そんなこと、よく知っている。

 だけど、それでも。



「…………ヴァントリアが、本当にあったらなぁ」


 そう、心の底から呟かずにはいられなかった。



「10」

「9」

「8」


 あぁ、始まる。この世界が消えるその瞬間が、目前に迫る。


「7」

「6」

「5」


 さぁ、見届けよう。かつての俺にとっての現実だった世界の、終焉を。


「4」

「3」

「2」


 ……だけど、エタフロが終わったら、俺はどうすればいいんだろう。この世界が消えたその時、俺に生きている価値はあるのだろうか――。


「1」


 チャット欄に「0」の文字を入力し、みんなと同時に叫ぶために、エンターキーへと指をかけて――。







 不意に、俺の意識は闇の中に霧散した。



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