第2話 黒騎士VS創造神
俺が駆るのは、磨き抜かれた黒曜石のような質感と金色の装飾が特徴的な全身鎧を着こんだ、剣士型のキャラクターだ。今はフルフェイスのヘルメットで隠れているその顔は、検閲が必要になりそうな現実の俺の顔とは似ても似つかない、どこか野暮ったくも精悍な顔立ちを持つ、不愛想そうな青年の形をしている。
全身に纏った、刺々しくもヒロイックさを前面に押し出した黒金色の鎧と合わせて、その様相はさながら「黒騎士」や「影の勇者」というキーワードを彷彿とさせるものだった。
名前は「アステル」。黒い髪と金の瞳から連想した「星空」になぞらえて名付けた、俺の大切なもう一つの名前だ。
アステルが就くクラスは、500以上のクラスの中でも「特別」な存在だ。
巷で「エクストラクラス」と呼ばれていたそれは、単純にクラスレベルを上げたり転職クエストをこなして解放されるクラスとは違い、それぞれに違った解放条件が設定されている、と言うのが特徴である。
条件にはいろいろあり、「特定の武器を一定以上使用する」といった簡単なものから、「「エタフロをやり込んだ廃人プレイヤーでさえ、気を抜けば即殺される」と目される理不尽難易度のダンジョンを攻略する」といったふざけた難易度のもの。果ては「ゲームの序盤にのみ受注可能で、グランドクエストの最終盤まで続く超わらしべクエストをこなす」という廃仕様なものや、「超低確率で出現するアイテムや装備を入手する」といった運ゲーなどなど、その難易度はピンからキリまで。加えて、解放したエクストラクラスもそれぞれ強弱や使いやすさは違うので、その存在は非常に不安定なものだった。
アステルのクラスは「流星騎士」。
フィールドに居る際、ごくまれにプレイヤーの前に流れ星が落ち、そこからランダムにアイテムを入手できるランダムイベント「流れ星の贈り物」によって手に入った武器「星剣スターリア」を装備することにより、初めて解放されるクラス。
そして、そのランダム性の高さ――発生率の低いランダムイベントから、さらに極小の確率で出現する武器を取らねばならないのだ。その確率の低さは、推して知るべしだろう――から、ゲーム終了の今日まで俺以外に条件を満たした者がおらず、事実上アステルの専用クラスとなっていた、いわくつきのクラスだった。
「――よく来たな、イレギュラーよ。我が世界を汚す、許されざる存在よ。我が世界に、我の思う通りにならぬものは不要だ。ここで我手ずから、その存在の根幹ごと、三千世界から消し去ってくれよう!」
そんなセリフを高らかに叫んだ白金色の鎧を纏った人影、改めて「創造神ヴァルトライア」は、両の手に莫大な魔力のオーラを纏わせ、悠然と戦闘態勢をとった。
創造神のモーションに合わせ、アステルもまた背に吊っていた得物を抜き放つ。身に纏った鎧同様、黒と金に染め抜かれたロングソード――アステルと共にこの世界を駆け抜けてきた愛剣である「星剣スターリア」が、虚無に染め抜かれた空間の只中で、きらりと輝いた。
「うっし、来い!」
一つ深呼吸を整えてからコントローラを操作すれば、アステルが画面の中で煌びやかなエフェクトと共に舞う。
同時に、構えた創造神が一つの戦技を発動したところで、戦いの火ぶたは切って落とされた。
***
戦闘開始からまるまる50分ほどをかけて、それでもなお創造神は健在だった。
もっとも、奴はHPの8割近くを損失しており、破壊可能な部位もすべてがボロボロになっている。あと一押しで、目的は達成だ。
ただ、こっちも余裕かと言われればそんなことはない。ほぼ一時間に及ぶ激闘で集中力はとっくに限界を迎えているし、持ちこんでいた回復アイテムも、最上級のもの数個を残してすでに使い切っていた。一撃の被弾が命取りになる中、反応しきれなかった攻撃をかろうじて戦技で受け流し、致命打にならない攻撃をどうにか当てている……と言うのが、今の状況である。なお、戦技を使用するために必要なMPは時間経過で回復する仕様のため、戦技の発動に関しては問題ない。
「そろそろ倒れてくれっての!」
毒づきながら、コントローラを握り込んでアステルの戦技を繰り出す。
幾ばくの間も置かずに、握りしめていた剣――流星騎士の要である「星剣スターリア」の切っ先が閃いて、アステル共々疾風の如き勢いで刺突を放った。
アステルのクラスである「流星騎士」の特徴を一言で纏めるならば、「中距離攻撃が可能な剣士」と言ったところだろう。
「天に満ちる星が持つ、地上よりも純度の高い魔力を自在に操る力を得た騎士。属性の力を帯びることはできないが、高純度魔力を用いた様々な戦技を扱える」……というクラス説明文の通り、如何なる手段でも炎や光などの「属性攻撃」を使用することができないが、高威力の専用戦技を習得できるのが、このクラスの大きな特徴だった。
流星騎士が習得できる、移動を兼ねた突進型の戦技「シューティング・スター」で一気に間合いを詰め、そのまま突きと斬りの流れるような連撃を叩き込む。
創造神は構わずこちらめがけ、魔力を纏わせた拳の一閃を放つが、こちらはバックステップでそれを回避。そのまま後退しつつ、魔力の弾丸をばらまく戦技「スターリー・バレット」を撃ち放った。創造神に着弾した魔力弾が、鮮やかなエフェクトを伴って炸裂するたび、奴のHPがじわりじわりと削れていく。
距離を離したことによって、創造神の行動ルーチンが変化し、今度は両の手から巨大な魔力の矢を無数に放ってきた。本来ならばメンバー全員に向けてばらける、強烈な追尾性能を持つ光の矢が、今回はすべて俺めがけて迫ってくる。
走りぬけて回避すると、今度は創造神本体が急接近し、拳を振るってきた。それを俺は、防御の姿勢を取り、幾ばくかの貫通ダメージを貰いながらやり過ごす。
「散滅せよ!!」
再びゼロ距離での相対となったとたん、創造神は先ほどよりも密度の増した、強烈な乱打をこちらめがけて発動した。
これは回避できないため、防御を選択。空いた手を真正面に突き出し、そこから高密度の魔力の壁を形成することで、短い間だけすべての攻撃を完全に防ぎ切る防御用の戦技――「ブライトネス・シェード」を使い、迫る乱打の全てをいなし切る。
「いけっ!」
高速連打攻撃を繰り出した後、創造神は必ず一呼吸の隙を作る。その一瞬を狙って、俺は再びシューティング・スターを放ち、開いた間合いを一挙に詰めた。
そこから、連続して戦技を発動させてコンボを繋ぐ。繰り出したのは、流星騎士が習得する戦技ではなく、片手長剣系の武器を装備するクラスで共通して習得できる汎用戦技の一つである、短射程の連続斬りを叩き込む「ランブリングディバイド」だった。
専用武器としてカテゴライズされてはいるが、流星の剣の内部パラメータは普通の長剣とよく似ている。そのため、流星騎士は専用戦技のほか、大半の長剣用戦技といくつかの大剣用戦技を使えるという特徴があった。
「でやっ!」
ランブリングディバイドの連撃を終えたアステルが間髪入れず、大剣用戦技である下段からの強烈な切り上げ攻撃を放つ戦技「ストライクアッパー」を創造神へと叩き込む。心地よいヒットストップと共に叩き込まれたダメージによって、ついに創造神のHPが残り一割を下回った。
勝てる、と確信しながら、続けてアステルが再び戦技「シューティング・スター」を発動する。ゼロ距離で発動したことにより、切り抜ける形で創造神の背後へと飛び出したアステルが、距離を取りながらスターリー・バレットを撃ち放つ。
ライトエフェクトが弾ける最中、不意に創造神がぐらりと身を揺るがせた。そのまま膝をつき、動かなくなったそれは、間違いなくダメージ蓄積によるダウンだった。
「おっし!!」
最大のチャンスを前に、コントローラを握りながら小さくガッツポーズ。そのまま俺は、奴にとどめを刺すべく最後の猛攻に出た。
再び発動したシューティング・スターで距離を詰めた直後、アステルが三度戦技を発動する。大上段に振り上げた流星の剣に、それまで発動してきた戦技とは比べられないほどに強烈な魔力が集束したかと思えば、それは爆発的な光の奔流を伴って、巨大な光の剣となって顕現した。
上限ぎりぎり一杯という莫大な量のMPを消費したのち、長大な溜めの動作を経て、大火力の一撃を叩き込む、一撃必殺の流星騎士用戦技「スターバースト・ブレイザー」。通常の戦闘では確実に妨害が入って中断されるほどの大きな隙をさらけ出す代わりに、その火力は他の戦技の追随を許さず、当てることができれば並のボス敵程度なら一撃で消し飛ばせる、まさしく一撃必殺の最終奥義。
「終わりだぁー!!」
それが今、身動きの取れない創造神めがけて、真っ直ぐな軌跡を描いて叩き込まれた。