5.干し草と眠る
勇者様がお店に来た日からしばらく雨が降り続き、今日は久しぶりの晴れ間がのぞいた。
やさしい陽の光が気持ち良い。
あんなにじっとりじめじめしていた不快な空気が嘘のよう。
大きく深呼吸をすると、青草の瑞々しい匂いに混ざってレモンのような爽やかな香りが体の中に入ってくる。
メイリスは今日、学校がお休みで、パパに言われて家の庭で薬草を日に干していた。
薬湯に使う茎や根は煎じる前に乾燥させる必要がある。また、干して長期保存させる薬草もあるのだ。
陰干しのものと天日干しのものを分けて、それぞれ麻でできた大きな布に並べる。
薬草を選別して、束にまとめられるものはまとめて、花のつぼみなどは散らばらないよう籠に入れて……やることはたくさんあって時間はあっという間に過ぎていく。
ようやく最後の薬草を並べ終えたのは陽が傾き始めた頃だった。
作業を終えた薬草の隣りでメイリスはフッと一つ息を吐き、目を閉じた。
暑くもなく寒くもない柔らかな日差しと風。
薬草を並べた布の空いた場所に横になる。
ふふっ。ママが見たらメイリスの日干し~とか言われるかしら。
土の匂いと薬草の匂いがする。
メイリスの家ではいつも香る匂いが、不思議なふわふわとした気分にしてくれる。
なんの心配もない落ち着いた気分。もしかしたらこれが幸せってものなのかな。
何年も生きた大人たちが聞いたら「何をわかったようなことを、子どものくせに」と言うだろうか。
実際、メイリスはまだ15歳。人生の苦楽なんてまだほんの少ししか知らない。
でも、ノチカと喧嘩しちゃったときは悲しいし、学校で試験があると不安になる。
やはりこの安堵した気持ちは、やっぱり幸せと呼ぶのが相応しい気がする。
こんな時間が続けばいいのに。
メイリスはいつの間にか、うとうとと寝てしまった。
陽が陰ってきて、空気が少し冷たくなった。
身体が寒さにぶるっと震える。
と、メイリスの震えた身体に何かが掛けられた。
衣摺れと鼻をすんと鳴らす音が近くで聞こえた。
隣に座る誰かの気配。
パパだろうか。ママだろうか。
弟のコルトではないことは確かだ。
そういえばどこかの家からシチューの匂いがする。
もう夕ごはんの時間かぁー。
そこでメイリスは飛び起きた。
「しまった!夕飯の支度を手伝ってって言われてたのに!」
今日は豚肉のかたまりが手に入ったからローストするのを手伝って欲しいと、ママに言われていたのだ。
数種類のハーブと一緒にじっくりと焼き上げた豚肉はメイリスも大好きで、朝から楽しみにしていたのに……寝ていたなんて、絶対に怒られる。
「夕飯の支度は弟のコルトくんに手伝わせるから心配ないって。これ、君のお母さんぬからの伝言」
「ふぇ?」
メイリスの隣りに座っていた、声の主人あるじは思いがけない人物だった。
「ゆ、ゆうしゃさま…………」
二度あることは三度あるとは言うけれど、こんなに頻繁に勇者様に会うなんて、自分の人生はどうしてしまったんだろうか。
「あー、ほらまたキツネにつままれたような顔してるー!」
「き、きつね?」
ことわざ的なものかしら。
「えーと、この例えは通じないのか。んー、思いがけないことが起きて驚いた顔してる」
「ああ、ヤカンにリンゴが入っていたような顔ってことですか」
「なにそれ、変な表現」
「む、キツネにつままれたような顔も充分変な表現ですよ!」
つい、むきになってふくれっ面になると、それを見た勇者様は、ふっと笑った。
失礼なことを言ってしまったけれど、機嫌は損ねなかったみたい。
「あの、何か御用ですか?」
ここはメイリスの家の庭。
パパやママ、お店に用があるならここではなく通りに面したお店に行くはずだ。
ということは勇者様が会いに来たのはメイリスなのだろうけれど、ただの町娘に何の用事があるんだろう。
「この前のお礼を直接言いたくて」