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Ⅲ.繋いだ手と焼き立てパン


 ヘンゼルとグレーテルの家は、とても貧しい家でした。

 毎日のパンにさえ困っていて、ヘンゼルとグレーテル、お父さんとお母さんは、いつもお腹を空かせていました。


 冷たい風が入ってくる家の中で、ヘンゼルとグレーテルは薄い毛布にくるまって震えながら、体を寄せ合っていました。


「……お父さんとお母さん、まだ起きてるのかな」

「……うん」


 お父さんとお母さんは毎日夜になり、ヘンゼルとグレーテルがベッドに入ると、話し合いをしています。

 お腹が空いて眠れない二人は、薄い壁の向こうの、両親の話がいつも聞こえていました。


 このままでは、冬を越せずに家族全員が死んでしまうこと。

 家族の人数を減らすしかないこと。

 だけど、選ぶことなんてできないこと。


 お父さんとお母さんの話はいつも堂々巡りで、同じところで終わってしまいます。

 そうして朝、起きてきたヘンゼルとグレーテルに、お母さんはにっこりと微笑みかけます。


「大丈夫よ。さあ、ご飯にしましょうね。お母さんはもう食べたから、ヘンゼルとグレーテルはあとから食べていてね」


 そうして、枯れ木のように細くかさかさの手で、小さなカチカチのパンを差し出してくれるのでした。




 ヘンゼルとグレーテルは、夜遅く、両親が眠った頃に、こっそり起きだしました。

 静かに、扉を開けると、月がきらきらと小石を照らしています。二人は手を繋いで、真っ暗の森の中に入っていきました。


 月の光さえ届かない深い森の中を、とにかく遠くまで行こうと走っていきました。

 森の中をただひたすらに歩いていくうちに、白いミルクのような靄がかかってきました。

 方向も分からないまま歩き続けるうち、二人は疲れて、倒れてしまいました。


 *


 グレーテルは、ぽつりと言いました。


「お父さんもお母さんも、嘘をついていたの。大丈夫なんかじゃないのに」


 ヘンゼルは、ぐっと拳を握っていました。


「僕たちさえ、いなかったら……」


 メリーは二人の頭を撫でます。


「本当にそうかしら。ねえ二人とも、お父さんとお母さんのことを思い出して。どうしてお母さんは、あなたたちに嘘をついたのかしら。どうしてお父さんは、答えを出せなかったのかしら」


 ヘンゼルもグレーテルも、もう分かっています。

 きっとお父さんとお母さんは、二人がいなくなったことを心配しているでしょう。

 探し回っていることでしょう。泣いていることでしょう。


 そして、本当はヘンゼルもグレーテルも、あの家に帰りたいのです。

 冷たい風が入り、カチカチのパンしか出てこない家ですが――それでも、お父さんとお母さんに会いたいのです。


 メリーは子供達をぎゅっと抱きしめて、その言葉を待ちます。

 堪えることが、言わないことが、当たり前になってしまった子供達に、本当にそうしたい道を選ぶまで、時の流れないこの場所で。


「もしも、この世界に、悲しいことがひとつもなかったらよかったのに」


 グレーテルは美しい空を見上げて呟きます。


「……大丈夫。あなたたちのその優しさがあれば。気高い心があれば」




 メリーは、焼き立てのパンをひとつずつ、ヘンゼルとグレーテルに持たせました。


「お腹がすいたら途中で食べなさい。あなたたち二人ならきっと大丈夫。さあ」

「おばあちゃん……」


 ヘンゼルは、何かを聞きたそうにメリーを見上げました。グレーテルもまた、同じ目でメリーを見ていましたが、メリーの目を見て、唇を噛んで頷きました。


「ありがとう、おばあちゃん。……行こう、ヘンゼル!」

「うん……おばあちゃん、ありがとう!」


 そして、暗く茂った森の中へ、手を繋いで走っていきます。

 途中まで妖精が道案内をしてくれます。暗くて恐ろしい道ですが、ヘンゼルとグレーテルは、お互いの手と、懐に入れたパンの温かさを感じながら、勇気を奮い立たせて、走っていきます。


 ヘンゼルとグレーテルは、最後までメリーに尋ねませんでした。

 また、会えるかと。


 それを尋ねなかったのは――お母さんの嘘の理由を、二人がもう分かっているからです。


 木の根に躓いても、足が痛んでも、二人は何も言わず走り続けます。

 お父さんとお母さんの待つ家に、両親を笑顔にするために。


 *


 甘くて香ばしい匂いのする家の中で、今日もメリーはせっせとパンを焼いています。

 今日は甘くてふわふわのブリオッシュを焼きます。妖精たちは今から喜んで、砂糖壺の周りをくるくる飛んでいます。


 少しだけ広く、そして静かになってしまった家の中で、メリーは時々ふっと、子供たちのことを思うのでした。



童話『ヘンゼルとグレーテル』より 

もし、すべてのひとがやさしかったら ~FIN~


勧善懲悪。それは物語を盛り上げる上で必要な要素かもしれないけれど、本当の世界には絶対の悪なんていない。なのに悲しみは降り積もる。降りかかる火の粉との闘いは永遠だけど、希望はあるのです。

なんてことは、恥ずかしくて言えない。


誰もが優しい世界……のIFで物語を書いてみました。何とわかりにくいIF設定。

お読みいただき、ありがとうございました。

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