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噛みキズナ  作者: 奈瀬朋樹
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07話 素足で待ち惚け

やっと職員室から解放された。ほんの1時間程だったけど慣れない敬語を使い続けて、体感的には夕方になっていても不思議じゃないレベルで濃厚だった。小清水先生から「傷跡について聞れたら、簡潔かつ素直に答えろ。無理に隠せば拗れる」「困った時は相談に来い」という助言も貰えたし、とりあえず頑張ってみよう。


あとは教室に残した荷物回収をして帰るだけだけど、生徒がいなくなった学校は驚く程静かで、さっきまで賑やかだった1年生フロアも人の気配が全くない。入学初日に居残りという特殊行動をしたから当たり前だけど、それだけに今ココに居る自分が稀有で、普通じゃないって感じずにはいられない。


傷は治ったけど、消えていないという現実を。


ダメだなぁ。こういう場面に出くわすとついつい感傷に浸ってしまう。悪い癖なのは承知しているけど、傷跡が消えるまでこの癖とは上手く付き合っていくしかない。そうして無人である筈の1年C組のドアを開けてみたら、僕の机に荷物が追加されていた。


上履きと黒のソックスを脱ぎ捨て、ぶらぶらと素足を手持ち無沙汰に動かしている女の子が、机の上に座っていたのだ。


「えっと、……花祭(はなまつり)さん?」

「あれっ、どうして私の名前知ってるの?」

「いや、HRの自己紹介で、そう名乗ってたよね?」


入学式後にクラス全員の自己紹介で流れ作業の如く紹介がされていく中、花祭という苗字が聞こえた時に変わった苗字だなーって感じたから記憶に残っている。しかも花祭さんの声は一言一言が響いてくる感触があって、その凛とした声で『みんなで楽しい思い出を作ろう』って満面の笑みで言い放った姿が、眩しかったのだ。


「ふぇー、凄いね。私はまだ全然憶えられてないのに」

「僕もだよ。花祭さんの名前は『みんなで思い出を作ろう』って台詞を、たまたま覚えていただけだから」


そう言った途端、花祭さんが机から降りて顔を近づけてきた。特別美人って訳じゃないけど、パッチリとした二重瞼・丸顔で整った顔立ちで至近距離から見下ろしてくるからドキドキしてしまう。


「そっかー、だけど惜しい!『みんなで〝楽しい〟思い出を作ろう』が正解だよ」

「あー、ごめん。〝楽しい〟は大事だよね」


つい省略しちゃっただけだけど、花祭さん的には重要らしい。

あと、やっぱり顔が近い。


「それより花祭さんは何してるの? しかも裸足で」

「んー、君の机の上で暇潰しかな。裸足なのは下ろし立てのソックスが朝からずーっとムズムズだったから脱いだの」


そう言ってから脱ぎ捨てたソックスを拾って履き直し始めた。別に脱いでいる訳じゃないし、素足に黒いソックスが装着されていくだけの光景なのに、妙に艶めかしいというか、履く為に膝を曲げる仕草に目が離せなくて、スカートがたくし上がって見えそうで見え…。


「ふぅ、装着完了。って、何で後ろ向いてるの?」

「いや、……女の子が着替えている時は見ちゃ駄目って教育されているので」

「大袈裟だなー、下着って訳でもないのに」


いやいや、結構ドキドキで下着も見えそうでしたから。


「それより花祭さん、僕に用があるの?」

「うん、石神君と話したかったから、待ってたんだ」


えー、何でさ?

脈絡が全くないから戸惑う事しかできない。


「話だけなら、明日で良かったのでは?」

「何事も思い立ったが吉日だよ。そ・れ・よ・り・も、今まで何処いってたのさ? カバン残ってたからすぐ戻ると思ったのに、すっごい待たされたー」

「うっ、……えーっと」


どうやって説明しよう。

無理に隠せば拗れるって小清水先生に注意されたけど、この場合はどうなのかな?


「もしかして、言い難い事があったの?」


訝しげな視線を向けられてしまう。

そもそも嘘は苦手だし、ここは素直に話してみよう。


「端的に言うと、職員室で校長先生達とお話しをしてきました」

「なんと! 入学早々何やらかしたの⁉」

「えっ? ……っていやいやいや、怒られに行った訳じゃないから! 最後は小清水先生にドーナッツ貰ったりな和やかムードだったからね!」


入学早々に問題児というレッテルは御免だ。

腕の傷跡だけでも先が思いやられるのに、これ以上の不安要素は積載オーバーだ。


「ふーん、そうだったのかー。職員室でトーナッツは予想外だなー。こっちは空腹を我慢して待ってたのに、まさかのドーナッツだったかー」


あれ? 僕が花祭さんの待ち合わせに遅れて、怒られ中って感じになってない? しかも恨めしそうな目線まで向けられているんですけど。やっぱり説明って難しいな。全然上手く伝わらない。もうこれ以上は何を言っても駄目っぽいし、えーっと……。


「1つ貰ったから、食べる?」

「えっ、いいの⁉ 食べる食べる!」


ポケット内のドーナッツを差し出したら、すぐに袋を開けて嬉しそうに食べ始めた。もうお昼過ぎで余程空腹だったらしく、一瞬でドーナッツが消えちゃったよ。


「うん、美味しかった。ありがとね。小清水先生は厳しそうなイメージだったけど、ドーナッツが貰えるのか。これは仲良くせねば」

「いや、ドーナッツを持ってきたのは浅坂先生だから」


 校長室を出た後に小清水先生と今後の話をしていたら、浅坂先生がお茶とドーナッツを用意して合流してきたのだ。その時に軽く食べて、別れ際に袋入りのドーナッツを貰ったという流れだ。


「浅坂先生? 他のクラスの先生?」

「保健の先生だよ。優しそうな人だった」

「へぇー、そうなんだ。校長先生だけじゃなく保健の先生とも話してたんだ」


……………違和感がある。

探られているというか、どうも僕に色々喋らせようとしている節が、


ああ、そっか。


久々だったから忘れていた。確証が持てないからキーワードを言わせようとしているのか。小学校で怪我をした直後、他の学年の人達からこんな対応を何度か受けた事がある。また、これが増えるのか……。


「あーその、えーっとね」


僕がげんなり顔をしたせいで、花祭さんが焦りながらの愛想笑いを浮かべている。もう間違いなさそうだし、話してみよう。どうせ何処かで伝えなければいけない事で、最初が花祭さんになっただけだ。なので袖を捲って、カバーが見える状態で左腕を前に差し出した。

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