52話 ありがとう
ゴンッ、ゴンッ
「はいはーい、入っていいよ」
ゴンッ、ゴンッ
「もー、ドアを蹴ってノックは駄目だよ。って石神君⁉ どしたのその子⁉」
「ベッドは空いていますか? 腕がもう限界」
甘かった。引き摺ると抱っことじゃ負担が全然違った。しかも晴夏を落とさず頭が下がらない様に注意しながらの移動だったから、一歩ごとに重量が圧し掛かってきて、最後は腕がもげるかと思った。それでもどうにか晴夏を落とさず休憩なしで保健室に運び終える事ができて、ドアを開けた浅坂先生が晴夏を持ち上げてベッドに移動させてくれた。
僕も背負っていた2人分の荷物を置いてベッドに向かうと、首回りボタンが緩められて頭に冷却材が巻かれた晴夏が横になって、意識も戻っていた。
「私が見える? 吐き気・汗が止まらない等の自覚症状はある?」
「大丈夫ですー。2回転んで2回後頭部を打っただけなのでー」
「まだ体を起こしちゃ駄目、しばらくは安静にしないと」
「はーい。晃太も心配させてごめんね」
「気にしてない。無事で良かった」
「えへへー、そっかー」
「何でニヤけてるの? やっぱり打ち所が悪かった?」
「だってー、晃太が必死にお姫様抱っこで運んでくれたからさー。さっきは無理って言ってたのに、やればできるじゃん」
「……………意識あったの?」
「途中から。空気を読んで大人しく運ばれてました」
何これ、滅茶苦茶恥ずかしい。てゆーか言ってよ! こっちは運ぶのに必死だったから晴夏を見る余裕なんてなかったよ!
「はいはーい、石神君と話をしたいから、あなたはちょーっと大人しく寝ていてね。だけどその前に、クラスとお名前は? 晃太とはどういう関係かな?」
「1年C組の花祭晴夏です。晃太とは…」
「クラスメイトですっ! そうだよね花祭さん!!」
「あー……。そうです。石神君とはクラスメイトで友達です」
「ふぅーん、状況に応じて呼び方を変えてるんだー」
ヤバい、浅坂先生がめっちゃ笑顔だ! 今すぐにでも逃げ出したいけど、怪我人の晴夏に説明させる訳にもいかないし、くぅ……。
終らない葛藤が続く中、晴夏が寝ているベッドのカーテンが閉められてから保健室中央にある雑談用の丸机の椅子に誘導されて、椅子に座っている自分がいました。
「まずは怪我人を運んで来た事だけど、今後は私か他の先生を呼ぶ様にしてね。失神中の子を動かすのは危険だよ。場合によっては救急車を呼ぶ必要があるから」
「はい、ごめんなさい」
「素直でよろしい。今回はもう意識が回復して目立った外傷もないから、休ませて何もなければ大丈夫でしょう」
「そうですか、良かったです」
「うん。だからこのお話は終わりで、本題に入りましょう」
「……………本題は、もう終わりましたよね?」
目を逸らしながら答えたけど、浅坂先生が自分の椅子を引き摺りながら回り込んでくる。
「そんな事ないよー、石神君は青春真っ盛りで、女の子についてお悩みだよね?」
「そうですね、今も目の前にいる女の子から逃げられなくて悩んでいます」
「あらあらー、この年で女の子扱いは嬉しいなー。でも私には旦那と娘がいるから、他の女の子を選ばないとねー、石神君はどの子が本命なのかな?」
「……………どの子とも仲がいいだけです」
意味深な物言いをかわそうとしたら、ビシッと指を突き付けられてしまった。
「先週末に高村さん、昨日は三原さん、そして今日は花祭さん。この短期間に好感度MAXの女の子を3人も連れ込んでその台詞? 出会いがない男の子達から妬み殺されたいの?」
「それは誤解です。そもそも浅坂先生は事情を知っていますよね?」
「恋愛に事情も糞もありません。そもそも生徒との恋愛相談を受け付けているこの私にここまで見せ付けて知らんぷり許されません! こんなおもっ…、複雑な関係は大人の助言が必要だよ。それとも三股に挑戦するの?」
今面白いって言いかけたよね?
そもそも恋人が1人もいないんですけど。
「不穏な表現はやめて下さい。大体、現実で三股する人なんていませんよね?」
「えっ? 去年三股がバレた男がココに連行されて、私が仲裁人をやったよ。最後は女子3人からボコボコにされて、そこにあるステンレスプレートが変形するまで顔を殴られるわで大変だったよ。向こうのベッドで死体みたいに横たわる姿は、無惨だったなぁ」
縁起でもない!!
女の子は怒らせたら怖いって聞くけど、そこまでやっちゃうの!?
「だから石神君も気を付けないとね。恋愛は女の子を豹変させるんだよー。特に高村さんに知られたら、お姉ちゃんの業火に焼き尽くされるかもね」
「そんな事……………」
否定できない。特に晴夏についてはやたらと勘繰ってくるし、ユー姉に至っては知られたらどうなるのか分かったものじゃない。
「因みに高村さんから〝コウ君と親しい女の子がいたら、すぐに教えて下さい〟ってメールがきてるよ」
「ええっ⁉ じゃあ三原先輩について、もう連絡済みですか⁉」
タツ姉の動きが早過ぎる!
ユー姉の為に保健室に行ったのに、まさかの裏目だった!
「安心して、連絡してないから。三原さんの件は慎重にやらないといけないからね」
「そうでしたか……………、はぁ、良かった」
心臓に悪い。
一瞬で全身から冷や汗が噴き出して、頭が真っ白になったよ。
「だけどこれで分かったよね? 浮気がバレた時の心境が」
「……………どっちも恋人じゃないです」
因みに昨日の保健室で行われたユー姉の相談は「まずは担任に知らるから、何かあればまた相談に来てね、気にし過ぎは駄目だよ」って感じで終わっている。そして相談中にずーっと僕の背中に張り付いていたユー姉に、浅坂先生はとっても興味津々なご様子でした。
「そもそもどうして三原さんがあんなに懐いていたの? あの場は三原さんが委縮していたから遠慮してGW明けに全部聞き出そうって思ったけど、新たな女の子がお姫様抱っこで再登場は想定外にも程があるよ」
「いや、その……、説明すると長くなりますので」
「どれだけ長くなろうが一向に構いません。とにかく知りたい! ここまで興味をそそられる状況は数年ぶりたからね!」
「浅坂先生、顔が近いです。そんな前のめりにならな…、ちょっとすみません」
誰かさんと同じ反応だなって感じたのと同時に気配に気付いて、さっき閉じられたベッドのカーテンを開いてみたら、やっぱり聞き耳を立てている晴夏がいた。
「あ、バレた」
「大人しく寝てなくちゃ駄目だよ」
「もう大丈夫だよ。晃太がモテモテって話には興味あるから寝てる場合じゃない。タツ姉さんは知ってるけど、三原先輩って誰?」
「部活の先輩だよ。昨日メールで科学生物理部に入部って教えたじゃん」
「あー、なるほど」
「おんやぁ、2人は私生活の情報までやり取りをしているの? 第三勢力も無視できないね」
「晃太の嘘吐きー、さっきは女の子とは全然って言ってたのにモテモテじゃん。お詫びとして全部話せー」
「ほっほーう、2人は今まで何を話していたのかな? こんな人がいなくなった放課後で」
……………この流れはよろしくない。
なし崩しに誰かを選べって迫られかねないし、一旦逃げよう。
「浅坂先生、詳しい話はGW明けに話しますので、今日はもう帰ります」
「「えーーーーーーーーーーーーーーー」」
ブーイングがハモった!
そんなに気になるの⁉
「逃げるのは駄目よ! 恋愛に正解はないけど、優柔不断だけは不正解だからね!」
「晃太の意地悪ー、もう料理教えてあげないぞー」
「ええっ、2人は料理まで教わる仲なの⁉ 花祭さん、ちょーっとお話しない?」
マズい、照準が晴夏にシフトした! 早くココから離れないと! すぐに2人分の荷物を背負ってから晴夏の手を引っ張って保健室のドアを開けた。
「事情はGW明けに必ず説明しますので、考える時間を下さい!」
「おお、晃太が強引だ! じゃあ週明けに必ず説明し……って、ちょっと待って。ソックスが逆で気持ち悪い。晃太、間違えて履かせてるよ」
「ちょっ! さっきまで何してたの!? まさかパンツまで逆に履いてたりするの!?」
「してません!! じゃあ浅坂先生、また来ますね!!」
最後にとんでもない燃料を投下してきた晴夏を締め出してから保健室のドアを閉めて、横にあった箒をドアに挟んでから、一緒に逃げました。もうほんと最悪なのに、どうして僕らは笑いながら逃げているのだろう。ほんと、最悪だなぁ。
* * *
色々あったけど、晴夏の事情が知れて良かった。僕には傷跡があって苦労が多いけど、晴夏が楓ちゃんの事で悩んでいた様に、周りの人が苦労してない訳じゃないんだ。そして僕を助けてくれた晴夏との新しい絆を、大切にしていこう。
「晴夏、楓ちゃんとの思い出を話してくれて、ありがとう」
「うん、じゃあ帰ろっか」
最後にお礼を言ってから、校内で一番遅くなってしまった下校を一緒に向かえた。
勢いで繋いだ晴夏の手を離すタイミングが、見つからないままで。