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噛みキズナ  作者: 奈瀬朋樹
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20話 イカの炭火焼き

「……これでイカの解剖を終わります。……見てくれてありがとうございます」

「こちらこそです。勉強になりました」


授業なら1時間使いそうな内容がたった5分で終わってしまった。まな板には小さいのにシワがあるイカの脳みそ・腸にいた糸みたいな寄生虫等、バラした部位が綺麗に並んでいる。最高にグロい。


「……質問はありますか?」

「えっ? えーっと」


どうしよう、何も思い付かない。

授業中にぼーっとしてたら突然質問されて答えられない感じになってしまった。


「……説明、早かった?」

「……少しだけ」


申し訳なさそうな声で質問されたので、申し訳なく返事をしておいた。


「……ごめんなさい」

「いえいえ、解剖に見入って言葉が浮かばなかっただけです。僕も小学校でカエルの解剖をやりましたけど、先輩みたいに上手くできなかったので」


質問や興味を押しのけて、ただ〝凄い〟って感じてしまったのだ。面白い映画を観終わった後の様な感慨深い気持ちになって言葉が浮かばなかっただけで、先輩が落ち込む必要はない。


「……そうなんだ。……君は優しいね」

「そんな事ないです。今も気が利かなかったって反省していた所なので」


頭では分かっていても、実際に上手くできないからフォローばっかりだ。


「……質問は解剖以外でもいい。……部活動や他の実験内容でも構わない。……これが過去の実験レポート」


実験机の端に置かれたレポートの束を渡されたので、見せてもらう事にした。〝花粉の形状比較〟〝スライム作成〟〝鉄粉から線香花火を作る〟といった面白そうなテーマばかりで、写真やグラフ・ポイントには印が付けてあるから理解しやすい。そうして色々なレポートを見ていたけど、無意識にとある実験テーマを熱心に読んでいる自分がいた。


「……他は少し見るだけなのに、それはしっかりと読むんだね」

「あっ、ごめんなさい先輩。他のレポートが駄目とか、そういう意味じゃないですから」


しまった!

ここはレポート内容を質問する場面だった。


「……気にしなくていい、好みと反応は人それぞれ。……生物に興味があるの?」


見ていたのは〝生物の再生能力について〟だ。内容はプラナリアという水中生物について書かれていて、条件次第で胴体を細かく刻まれても死なずに無限増殖を繰り返せる生物らしい。


「いえ、興味があったというか気になったんです。〝傷付いた部分は元通りに治るのか〟が」


この意見は実験の主旨とは違うし僕が知りたい情報じゃないのもすぐ分かったけど、やっぱり読み進めてしまった。もう傷跡に関して反応してしまうのは宿命なのかもしれない。


「……それは、自然治癒で治る方の意味?」

「そうです。変な意見ですみません」

「……どんな意見にも価値はある。……それに私もイモリで実験をやりたかったけど、学校の許可が下りなくてプラナリアになったの」


そんな経緯があったのか。

やっぱり学校での生物実験は制限が多いらしい。


「……ごめんなさい。……さっきから質問にちゃんと応えられてない」

「ええっ⁉ そんな事ないです。とっても丁寧で、全然ぞんな風に思っていませんから」


先輩の声は低くて小さい。口調も硬くてぎこちないけど丁寧で優しい感じも伝わってくる。遠慮深い先輩だと思ったけど卑屈な面もあるみたいで、こういう人は励ましても余計落ち込み続けちゃうし、どうしよう。


三原(みはら)ちゃーん、そっちの調子はどうよ?」


困っていたら、巨大シャボン玉を作っていた先輩が来てくれた。


「……かなり苦戦しています。……教えるのは難しい」

「いえいえ、僕は大満足です。勉強になりました」


やっぱり意見が食い違っている。

本当に満足なのになぁ。


「三原ちゃーん、新入生は満足って言ってるんだからそれでいーじゃん。後輩にまでそういう反応してたらナメられちゃうぞ」

「……ごめんなさい。……またやってしまいました」

「分かればOK、反省して気にすんな」


「……それより、ココに来て大丈夫ですか? ……シャボン玉は?」

「やりたいってせがまれたから、任せてみた」

「……洗剤飛び散りますよ? ……あれは地味に難しい」

「心配無用! あのシャボン液はグリセリンで強化済みだ。だから大丈夫!」


シャボン玉コーナーを見ると、3人が小さく固まっていて、残りが巨大な金魚すくいと携帯を構えているという光景になっていた。


「それにしても、こっちは全然人がいないな。何でだ?」

「うう、……すみません」


会話から察するに、イカの解剖をしてくれたのが三原先輩で2年生、巨大シャボン玉の先輩は3年生(男)だけど、まだ名前が分からない。


「イカじゃインパクト弱かったか? 3杯で298だったし」


どうやらこのイカはスーパーで買ったものらしい。

意外と庶民的だな。


「……解剖の初歩としてイカは最適。……間違っていないはず」

「だけど人が来ない以上、もっと目立つ解剖にすべきだ。マグロかっ!」

「……マグロは大きい。……無理です」

「確かにヤツはデカい上に高価だし、食べるのも量的に厳しいな」

「食べるんですか? 解剖後に?」


つい反射的にツッコミを入れてしまい失礼だったのではと身構えたけど、先輩は気にする様子もなく答えてくれた。


「そうだぞ新入生、解剖目的でも生き物を粗末にするのは言語道断。ちゃんと供養して美味しく食べるのが礼儀だ。このイカも後でスタッフが美味しく食べるから安心しろ」


確かに捨てるのは勿体ないし元々はお店で売っていたイカだ。

解剖されてはいるけど、正しい末路だ。


「じゃあ家庭科室に持ち込んで調理ですか?」

「うんにゃ、奥にこっそり持ち込んだ火鉢がある。炭火だから香ばしくて美味いんだぞ」

「あの、大丈夫ですかそれ?」


流石は中学生、フリーダムだ。


「心配無用、煙を吸い込むファンがある。うっかり火災装置が作動したら大変だからな」

「いや、用意周到で何よりですけど、問題はそこじゃないですよね?」


バレたらどうするんだろう?

小学校で抱き枕を持ち込んで空き部屋で寝た奴がいたけど、すんごい怒られてたぞ。


「案ずるな、ちゃんと苦めなジンジャーエールも用意済だ! 相性抜群だぞ」

「いや、えっと、もういいです。失礼しました」


完全に酒のつまみ状態だった。

ツッコミ所満載だけど相手は先輩だし、これ以上意見するのは止めておこう。


「とにかく、次の部活紹介でココはテコ入れしよう。何かこう派手な方向で」

「……実験に派手さは必要ない。……やる気と根気が大切」


「人が来なかったらやる気もクソもないっての! 仮に毎週やってる学校周辺の水質調査の成果発表とかしてみろ。誰も聞かずに終わっちゃうぞ」

「ううっ、……それは、そうですけど」

「あの、僕は気になりますよ。水質調査」


三原先輩がしょげっぱなしだったので、つい庇ってしまった。

たとえ正論でも否定し続けられるのは辛い訳で。


「甘いぞ新入生! 最初は惹きつけられるかもしれんが、代わり映えのない数値とグラフしかなくてオチが無いんだよ! 上げて落とす感じになるから不採用だ!」


すぐに水質調査のレポートが差し出されたので見せてもらったのだが、地味だった。

確かにこれを見せられても、反応に困るなぁ。


「だけど予想外だ。解剖は実験の王道で、食い付くと思ったんだけどなー」

「あの、それについて意見してもいいですか?」

「何だ新入生、言ってみろ」


許可が貰えたので三原先輩を見ながら、ずっと言いたかった言葉を口にした。


「武装し過ぎじゃないですか? 顔が全然見えないから、怪しくて近寄り難いです。そのまま外に出たら通報されるレベルですよ」


キャップ・マスク・黒縁メガネのせいで表情が一切見えず、しかも身長が新入生より低くて(僕を除く)違和感があるから、人を寄せ付けない何かが垂れ流しになっている。


「うっわそれだ! いっつもこの格好だからスルーしちゃったよ! 取れ! エプロンだけで十分でしょ!」

「……でも、解剖時の服装はこれでいいはず」

「我が儘言わないの! いいから全部取りなさい!」

「……はい」


促されてからマスクとキャップ・メガネも外されて、三原先輩の素顔が露わになる。

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