01話 小3から中1へ
「いい感じだよ~晃太、制服似合ってるよ~、……ぶっ」
「馬子にも衣装って顔してるよ母さん。やっぱりブカブカだよ」
小学校を卒業して、大人の階段一段目である中学校の制服は憧れだったのに、大きめなサイズを購入する事になってしまった。鏡で何度確認しても制服を着せられている自分が映っていて、ガッカリ感が半端ない。街中で見かける中学生はみんな格好良かったのに、どうしてこうなった?
「心配無用、晃太は中学生にジョブチェンジしたんだよ~。つまり二次成長期ってアビリティが発動して、今日から身長とすね毛がもっさり伸び始めるからね~。だから今ピッタリな制服だとすぐに小さくなっちゃうから、これでOKなのさ~」
ううっ、無茶苦茶不満だけど、この判断は正しいっぽいから反論できない。
「すね毛は伸びなくていい。……これからは成長に良さげな食事にしてよね」
悔しくてつい反発したけど、自分の幼稚な言い草にいたたまれなくなってしまい、目を逸らしてしまう。また茶化されるって覚悟していたら、にやけ顔の母さんがへばり付いてきた。
「も~、我が息子ながら可愛いな~。写メって父さんに送ろう!」
あー、溺愛スイッチの方が作動しちゃったか。これはこれで面倒臭い。
そう感じていたら、母さんが即座にスマホを取り出して激写してきた。
「うん、よく撮れてる! いい顔だ!」
確認してみたけど、確かにいい顔だ。母だけが。
「こういう時の写真って、僕の制服が見える様に撮るものじゃないの? 完全に母さんメインで、僕オマケじゃん」
写真の僕は戸惑い顔なうえに目線も合ってなくて、制服も角度的に全然見えてない。これを送信しても、父さんリアクションに困るだけだよね?
「晃太~、そんな細かい事ばっかり気にしてたら、身長伸びずにハゲちゃうよ~」
「えええぇぇぇえええ」
ツッコミが理不尽過ぎる。
あと若ハゲは怖いので勘弁して下さい。
「そんなに入学式が楽しみなの? 服装も気合入ってるし」
フリル付きの白ブラウスにショート丈のジャケット、グレーのタイトスカートという母さんにしては全力全開の完全武装で、昨日は美容室にも行ったから髪がサラッサラだ。しかも美容室には、何故か僕まで連行されてしまった。顔馴染みの美容師さんを捕まえてから、ジャニーズ雑誌で熟考された末にモデルチェンジが断行されてしまったのである。
結果、前髪をやや残したショートカット、ヘアワックスで髪全体が自然に反り立つ感じに仕上げられてコーディネート完了となりました。母さんも「なんということでしょう」ってドヤ顔で唸っていたから、大満足みたいだ。だけどこの髪型、名称を聞いたら〝ソフトモヒカン〟という単語を返されてしまい、どうやら僕はヒャッハーと叫びながら汚物消毒をする集団の仲間入りをしたらしい。でも暴行や略奪はしないし、バイクにも乗れないから、胸に北斗七星の刺青があるマッチョにボコられる事はないだろう。そんな経緯でこっちは溜息が出っぱなしだけど、母さんは嬉しそうに笑っている。
「そりゃあ息子の晴れ舞台だし、こういうイベントが嬉しくない親はいないよ~。それにママ友同士で集まったりもするから、今日は大人っぽい演出が必要なのさ~」
こういう時に普通の親なら若作りだけど、僕の母さんは周りの親より若いうえに、童顔で背も低いから全然大人っぽく見えない。右側に結われたふんわりポニーテールも、可愛いとしか言い様がない。だけど当の本人は「若く見られるよりも年相応に扱われたいの~」と不満気だから、気合充分って感じになっているのである。
「よし、父さんへ写メ送信完了、ついでに電話もする?」
「朝は忙しそうだし、昨日したからいいよ」
我が家の大黒柱である父さんは単身赴任で愛知にいて、僕と母さんは神奈川のとあるマンションで暮らしているのだ。約300キロ離れてはいるけど、新幹線を使えば約3時間で会える距離でもあるから、月一で父さんが帰って来たり、訪問しに行ったりな感じだ。
「じゃあ夜にしよう。私達の為に働いてる訳だし、こういう報告はマメにしないとね~」
「分かった。夜に電話ね」
「あと、樹美ちゃんにも写メ送っといたから」
「……………何で、タツ姉にまで」
「樹美ちゃんも今日は高校の入学式だしね。幼馴染のお姉ちゃんなんだから、ちゃ~んと報告しないとだよ~」
「まぁ、いいけどさ」
そう答えてから、食卓の横にある鏡を覗いてみる。
やっぱり制服がブカブカで、そもそも身長が135センチという小6クラスで最底辺の超絶チビだったから、全然中学生に見えない。ロリ体型の母さんよりも低いうえに、ここ数年は全然伸びてくれないのだ。そしてタツ姉はどんどん大人っぽく成長して、今では30センチ以上も離されている。
身長って、どうすれば伸びてくれるのかなぁ。
そんな事を考え込んていたら、背後から手の平が優しく両肩を掴んできた。
「大丈夫だよ晃太、とにかく大丈夫って事は、母さんが保障するからね」
鏡の前で悩んでいたせいで、余計な心配をさせてしまった。
今日から環境が変わって、しかも僕にはあの件があるから当然の反応だな。
「なんたって中学校は、女の子と仲良くなれるイベントが毎日発生するからね~。もしかしたら今日、運命的な出会いがあるかもよ~。そういう場面に出くわしたら、ちゃ~んと正しい選択肢を選ぶのよ~」
違う、ただの勘違いだった。
斜め下な心配されちゃったよ。
「それより時間大丈夫? 朝食は?」
入学式だから余裕を持って登校したいし、母さんにもママ友の集まりがある。
「はいは~い、すぐ用意するね。だけどここで一つ、ありがた~い忠告をしてあげよう」
母さんが台所に移動して、料理を開始するのと同時に語り始めた。
「全てにおいて第一印象は大切だよ。たとえ美容室でスタイリッシュなヘアーになっても、不潔で臭かったから美男美女でもアウト! 昨日のお風呂でちゃ~んと体を綺麗にした?」
「うん、念入りに洗ったよ」
てゆーか、昨日のお風呂は母さんの方が入っている時間が長かった。おまけに今日も僕が起きた時にはもう鏡の前で化粧中だったから、どっちが主役なのか分からなくなる勢いだ。
「そして〝二頭追うものは一頭も得ず〟という諺がある様に、物事は正しく優先順位を付けて行動するのが正しいと思うの」
あと、こんな風に語ってくる時には裏がある。
長く一緒にいれば、相手の癖や趣向が分かってしまう訳で。
「それにより、正しい選択を優先した事で……」
「説明長い。つまり何?」
「……買い物を忘れちゃたから、朝食は有り合わせだよ」
テヘッ!って笑顔を浮かべてから、食卓にカップ麺とバナナだけが置かれました。
入学式の朝なのに、台無しだなぁ。
プロローグから5年経過させたので、状況説明も含めての家庭パートからのスタートです。因みにタツ姉は実姉ではなく、同じマンションに住む幼馴染のお姉ちゃんです。