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噛みキズナ  作者: 奈瀬朋樹
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09話 差し出された左腕

予想外だ。花祭さんとは初対面で知っている事は1つもないのに、どうしてここまで踏み込んでくるのだろう? 真意が読めずに勘繰っていたら当の本人が焦りだして、今までの会話中にさり気なーく近過ぎる距離感を広げていたのに、また急接近されてしまった。


「ごめんやっぱり今のなし! 言った瞬間あつかましいって自分で思ったよ! 私って空気読めない所があって、前に男子が着替え中なのに教室に入って〝ラッキー痴女〟って呼ばれてたからね! しかもくせ毛だから普通じゃないんだよ! 毎朝大変なんだよ! 周りからも気まぐれで猫っぽいって…」


舌を噛みそうな早口で、自虐が始まってしまった。

こんな反応は初めてだ。 


傷跡を見たいって迫られた事は何度もあったけど、動機の殆どが好奇心か度胸試しで、正直いい気分にはなれなかった。拒めばケチって言われるし、なのに見せたらドン引きされるから無理ゲー状態だ。だけど花祭さんからは、今まで感じてきた嫌な感じはない。


「とにかく今日はありがとう! ドーナッツ美味しかったよ! 明日からよろしくね!」 


今度は花祭さんが話を無理矢理まとめて、抱きしめていた鞄を返してもらってから逃げる様に教室のドアに向かって走り出す。


「待って、見てもいいよ!」


そんな後ろ姿が目に映り、つい許してしまった。僕の言葉にピタッと動きが止まってから、ギギギッて擬音が聞こえてきそうな動きで、首がゆっくりとこちらに向いてくる。


「ほえ? 今なんと?」


正直、勢いだけで許してしまった感があるけど、後悔はない。

知ってみたくなったのだ。

花祭さんに傷跡を見せたら、どんな反応をするのかを。


小清水先生も無理に隠せば拗れるって言っていたし、この場面で見せるのもアリな筈だ。今なら2人っきりだし、他人に見られる心配もない。もしこれがトラブルの原因になったとしても、小清水先生の責任にすればいい。恨んだりする気は一切ないけど、そう決め付けておけば気が楽だ。


「見せるよ。特別に」

「そっか、特別なんだ」


お互いに小さく呟いてから、花祭さんがゆっくりと近づいてきた。

校長室の時とは違う緊張感だ。

そうして上着を脱いで裾を捲くし上げてからカバーを取って、左腕を差し出した。

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