鎧袖一触
男が左手の黒い剣を振りかぶり、槍衾ならぬ剣の壁に突っ込む。
玉砕覚悟の行動だと相対した騎士は武器の握りに力を込め、次に意識した時には宙を舞っていた。
「馬鹿な……」
遠巻きに後を固めていた者が思わず呟いた。
男の前面に構えていた騎士が三名いっぺんに吹き飛ばされていた。
しかも、たった一度の攻撃で剣と大盾は大破し、鎧もひしゃげている、あれでは中も無事ではすまない。
「くっ……逃がすな」
残った騎士が、それでも囲みから逃がさぬように走り出すが、斬撃の勢いを利用して振り返り今度は白い剣を一閃。
流れる様に繋がる残光が、それに触れてしまった者たちを切り刻んだ。
「ぐぁ……」
「がはぁ!」
崩れ落ちる騎士たちを置き去りに、くるりと一回転して着地。
髪に着けられた金属の輪が、ぶつかり合ってシャラシャラと耳に心地よい音を鳴らした。
「くそぉおお!」
「うおぁおお!」
それを受けて立つ騎士たちは、雄叫びを上げて自分を奮い立たせ、次々と斬りかかる。
この程度で退けない。
退くわけにはいかない、自国の王や沢山の民衆が見ている前で賊に遅れをとるなどあってはならない。
自分の職務や家、誇りなどをかけて降り下ろされる剣は、だが簡単に防がれて、避けられて、どこをどう攻撃されたかも解らないまま打ち負かされる。
卑怯だなんだと言っていられず複数人で囲んで、一度に斬りかかり袋叩きにするつもりでやっているのに、そもそも刃を合わせて動きを止める事が出来ない。
まるで流れる水の様に掴まえる前にするりと避けられてしまう。
たった一人の敵に王国騎士団が次々と削られていった。
「ゲハッ!」
また一人、行き掛けの駄賃のように、脇に黒剣の一撃を貰って騎士が沈んだ。
彼は部隊長でこの中でも腕の立つ存在だったのだが、この男の前では小さな誤差にすぎなかった。
男は急ぐことなく、騎士を倒しながら処刑場の台へと近付いて行く。
「ひっひぃい!」
「な、何をやっているんだ!」
「早く倒せ役立たずどもめ」
役人が無責任な台詞を吐きながら、わたわたと逃げて行く。
処刑人は少し躊躇ったが、やはり自分では敵わないとそれに続いた。
彼等は殺しや拷問の技に長けているだけで、戦いが強いわけではない。
それを男は追いかけることなく見送った。
いや、むしろ処刑台の上に人が居なくなるのを待ってから、そちらに駆け出した。
いち、にい、さん、と直前でボールでも蹴るかの様にステップを刻み左足を軸に男は処刑台を蹴っ飛ばす。
それはただの、苛立ち紛れの行動ではない。
その証拠に、処刑台は男の蹴りが当たると、爆発したような轟音を響かせ、メキメキと形を変え風を逆巻きながら空へ放たれた。
緩やかな放物線など描かず、真っ直ぐに飛んだそれは城門前に張られた物理結界に突き刺さり大きく揺らして砕け散る。
結界を抜けるほどの強度が処刑台には無かったが、ちょうど瓦礫や乗っていた処刑道具が、ラミエール王の眼前にぶちまけられる形になった。
何とも不敬、これ以上の侮辱はなかなか無いだろう。
ただ、抗議の声を上げる者は居なかった。
民衆はその有り様を阿呆の様に眺め続け。王の周りに居た取り巻きたちは、悲鳴を上げて腰を抜かすばかり。
流石にラミエール王自身は恐れた様子を衆目には晒さなかったが、椅子の肘掛けを殴って怒りを露にして居た。
混乱、困惑、苛立ち、不安。
貴族も民衆もあまりの出来事に騒然とする中で、新たな声が場に響いた、それは重く嗄れた、歴戦の強者のモノだった。
「なるほど、この凶行は道義のためか」
人々は崩れ落ちる瓦礫にばかり目が行っていたが、気が付くと賊の男と黄金のフルプレートの大男が向き合い臨戦態勢をとっていた。




