ダンシングマニア
「あははははー!」
彼方此方から悲鳴が上がり、生者を死が追いかけ回す。
閉じ籠っていた人々は、王都の外に敵国の軍が迫っている事は知っていた。
当然もしもの時は、避難をするための準備もしていただろう。
「ヒーヒヒヒヒィー!」
しかし、実際彼らに迫ってきたのは、スワンカラー帝国青の公王軍では無かった。否、外側から確かに彼らは来てはいたのだが、人々を脅かしたのは別の存在だったのだ。
アンデッド、土の中から蘇る死体の魔物。
滅多に発生することのない、明確な人種の害敵。積極的な人々に対する殺意を持つこの魔物は、混乱と恐怖を増長させた。
一般的に魔物は人々にとっての驚異であるが、普通の肉食の魔物は腹が満たされれば満足する。強く賢いもの程、それぞれの縄張りから出ることはあまり無い。
だがアンデッドは違う、生者を見付ければ何処までも追ってくるし、際限など無く喰らうのだ。
それは生態系から逸脱した呪われた存在。
「あーはははーははっ!」
逃げ惑う住人たちを逆行しながら、空色の豪奢な神官服を着た老人が嗤い、踊り狂っていた。
その様子に人々はぎょっとして足を止める。
「大神官……様?」
「あれはクリストフ大神官様じゃないか!?」
群衆の中から、ぽつりぽつりとその老人の正体に気付く者が現れた。そう儀式や祭典などで、その老人の顔を記憶していた者は多い。
「ふふふははぁ! 皆なぜ逃げるのです?」
クリストフはそれに気が付くと、楽しそうにそう人々に問うた。
「何故って、アンデッドが迫って来ているんですよ!」
「帝国軍も!」
「早く逃げねぇと!」
人々は口々に言った。
しかし、大神官クリストフ・ミラージュランドはゆっくりと首を横に振り、解らないと示す。そして、両の腕を広げてにこやかに彼らに応えた。
「皆なぜ逃げるのです。私たちは罪人、これは全て天空の女神様からの慈悲なのですよ。赦しとは罰を受け入れてこそ、さぁ皆さん謹んで死にましょう!」
「な、何を言ってるんだ?」
「大神官様……?」
「償いの時がやっと来たのです、やっと、やっと来たのですよ。解らないのですか? 共に犠牲となった死者の群れに飛び込み、赦しを神に願おうではありませんか、そのために女神様が場を整えて下さったのですから」
そこで背後から大きな破壊の音がした。
生者を求めて大量の魔物たちが集まり、いよいよ背後に迫ってきたのだ。
大きな音がまた続く、王国の兵士が戦闘を開始したのかもしれない。
「何も怖くはありませんよ、永遠に罪を償えないよりは、さぁ皆さん」
「なんだこいつ、頭がおかしくなったのか?」
「つ、付き合ってられないわ」
「行こう、に、逃げるぞ」
そう言うと、人々は大神官だった人物を避けて走って行く。
それをクリストフは感情の抜け落ちた眼で見送り、人々が完全に自分の周りから離れると、広げていた手をゆっくりと下ろした。
「……そう……ですか、やはりこの国の人々は上から下まで、この私を含めて愚か者ばかりなのですね」
クリストフは、嘗ての自分と同じようだと思った。
すると心の底から、先ほどと同じように笑いが込み上げてくる、それは閉じていた唇を波打たせてとうとう溢れ出す。
「あはっあはははぁはあはーーはっーはっはぁっー! ぃひひひーー……」
クリストフは嗤い狂いながら、人々が逃げた方向とは逆に軽やかに進み始めた。
騎士たちがアンデッドを追い払うために付けたのだろう、炎が燃え上がる。それを乗り越えて不気味に不完全に蠢く人影が増えていく。それは血の気の抜けた死体で、青い人波となって押し寄せる。
「ああ、女神様、尊き天空の女神様、私の罪を私の命をもって償います」
重なり合った死体たちが腕を振る、それは一心不乱に生者を求めて伸ばされ、わらわらと不規則に、まるで一丸となって踊り狂っているようだった。
「おぉぉあ"あ"あぁあぁあーー」
「おア"ぉぉお"ぁあぁーーーー」
「いぃぃーのじぃぃーーーあぁ」
クリストフは騎士たちの防衛線をすり抜けて、そのアンデッドの群れへと自ら進んだ。
そうして周囲が止める間もなく、彼もその一部にと向かい入れられる、笑い踊り狂いながら……。
「あはははははぁはぁあぁああーーーー!! おごぉっ! ほごぉははぁー! おぉぉほおぉぉ……!」




