ギルドマスター
建物の外はまるで祭りのような騒ぎになっている。
ドラゴンスレイヤー、その噂は瞬く間に駆け抜けて、何も知らない街人たちを興奮させた。
暫く前からこの近辺で活動していた彼らが、元々注目を集めていたのもあった。
まるで物語の主人公の様なラサイアスに、これは伝説の一部になるだろうと、訳知り顔で語る者もいる。
これで森からドラゴンの脅威が取り除かれたと、人々は勇者の帰りを歓迎し。花を飾り通りに出て踊り、料理と酒を振る舞った。
誰もが笑顔で歌っていた。
英雄に乾杯!
聖女に感謝を!
彼らは人族の誇りだ!
◇◇◇◇◇◇
「ここまで広大な範囲になるのですか?」
表の騒ぎとは切り離された場所。冒険者ギルドのマスタールーム。
ソウカスの街の冒険者ギルド、そのマスターであるレイチェルは、外の賑わいとは対照的な表情で、机に手をついた。
そこには、アルカディア王国の地図が広げられていて、様々な情報が書き込まれている。
ギルドでも、マスターとサブマスターのみが閲覧できる、詳細なものだ。
「はい、そうです」
レイチェルの隣には筋骨隆々の中年男性が立っているが、彼女が敬語で質問したのは、向かいに座る細身の男性だった。
彼は申し訳なさそうに肩を竦める。
そうすると、本当にどこにでも居る地味な青年のように見えたが、それが違うことをレイチェルは知っていた。
冒険者ギルドの幹部は彼を紹介する時、「それなりにすればそれなりの威厳も、勿論力もあるのでがっかりするな」なんてふざけた事を言ったが、紹介された彼は嫌な顔一つせず。
「隠れてるのに目立ってどうするんです」と言っていた。
隠れたる者。
聖なる隣人。
隣人には親切にしよう、それはもしかしたら隠れた聖なる存在かも知れないのだから。
それは神官が祈りの終わりに子供に聞かせる話だ。
道端で、街角で、浮浪者の様な老婆に親切にすると、それは実は美しい大精霊で、心優しいあなたにと素敵な魔法をかけてくれる。
知っては居たが、レイチェルは自分が遭遇する事になるなど、思いもしなかった。
ただ、レイチェルにもたらされたのは、素敵な魔法ではない。
「……ですから、この騒ぎはどうかと思うのですが?」
彼は痛ましいものを見るように窓の外を眺めて言った。
「申し訳ないが、ドラゴンの素材は解体だけでも大勢の人間が関わる。ギルド内だけならば何とか秘密に出来ますが、大勢の職人下働きまで黙らせる事は出来ませんので……」
答えたのはサブマスターだ。
ドラゴンはでかい。しかも尋常でなく固い。
今も大急ぎで素材を切り出しているが、全く追い付かないのである。
そもそもギルドの倉庫では一度に二体入れば良いとこで、大きいものだと一体でぎゅうぎゅうだった。
早朝から交代で作業を進めているが、未だに彼が保管しているドラゴンが尽きそうに無い。
「そうですか……彼らを無用に追い詰めてしまわないか心配ですね」
彼らと言うのはラサイアスたちの事だろうか、だとしたら追い詰められて苦しめばいいとレイチェルは思った。
もっともっと苦しめば良いと思ってしまう。
だって腹が立たないのだろうか?
ラサイアスを見るとレイチェルは、悔しくて悔しくて、泣きたくなってしまう。
そんな気持ちが出ていたのだろう、男がこちらに向き直った。
「レイチェルさん彼らを恨まないでください。その憎しみは私に向けるべきものです、これは100年前の私の甘さが招いた悲劇なのですから」
男はレイチェルにそう言って深く頭を下げる。
彼に謝罪されると、レイチェルは更に情けない気分になった。
人種は聖剣を預けるに値しなかった、そう言われたも同然だからだ。
人など信じた私が馬鹿だったと、神霊に言わせてしまう人種にこの先どんな希望があるのだろう。
「違います違います! これは彼らが悪いのです! 聖剣は今まで100年間何事もなくこの国にありました、それを勝手に持ち出して誓約を破った彼らの招いた事です。そしてそれを止めることが出来なかった私の罪」
そうレイチェルが言い募ると、彼はとても悲しそうな顔をする。
「貴女に罪などないですよ」
彼はそう言ったが、レイチェルはそうは思わなかった。
ラサイアスはギルドに登録している冒険者、そして彼女はこの地のギルドのマスターである。
新人と言って差し支えない登録期間のラサイアスたちを教育し、見守る義務があったのだ、本来ならば。
「しかし、貴方を目の前にこう言うのもなんだが、本当に神罰が下るものなのか?」
サブマスターは未だ半信半疑の様だった。
頭では解っていても、目の前の男を見るとただの冴えない町人にしか思えないと、レイチェルにもこぼしていた。
「神罰などそう簡単に下るものではありませんよ、ただ神勅はいただいています」
そう言って首に手を当てる。そこにはまるで彼を戒めるように金色の首輪がはまっている。
冒険者ギルドは、いや周辺各国の主要な組織には神託が降りていた。
これから起こるだろう災害について。
「三度災害が襲いこの国は滅びる、でしたか……」
そして神霊は今回の事ではアルカディアを助けないと。
「我々が緊急依頼を出しても防げないのでしょうか?」
そうレイチェルが質問すると、彼は何かに気付いたように「あっ」と言って考え込んだ。
「そうか……それも考慮しての二ヶ月間なのか……」と独り言を呟いて。
そして、次にはレイチェルたちの期待を裏切る言葉を言った。
「いいえ、予定は変わりません」