帰りはよいよい
暴れるラサイアス少年を、押さえ付ける。
魔術の連打が終わるまで、翼を下向きに開いて、羽襖の影に入れておく。
身長が彼の方が高いので、ちょっと苦しいのは、申し訳ない。
「うっぐう、放せ!」
「じっとして居て下さい」
彼はこれを、どうするつもりだったのだろう。
この威力のこの数の魔術、何の防御魔術もなしでは、それなりの魔術耐性がないと簡単に致命傷になる。
奴隷の女の子も容赦無く魔術を撃っているので、少年の命令でやっているのだろうが、腕の一本、二本と言っていたが、腕とか取れたら普通に死ぬのでは?
後先考えずに特攻をする性格には思えなかったのだが。
……まあいい。
「主殿……つっ……殺ったか?」
戦闘で、篝火が倒れて消えたのと、土煙で視界が悪いのだろう。
期待のこもった発言が聞こえるのでちょっと申し訳無く思いながら、翼を羽ばたかせて舞い上がった埃を追い払った。
「そんな……無傷だと?」
視界が晴れると、直ぐに戦士の女性が驚きの声を上げる。
なんだか自分が凄く悪役な感じだ……
彼らからすれば、その通りなのだろうけど。
「つっ! 僕に触るな! 放せ!!」
安全を確認して、手を離すと翼の隙間から少年が逃げて行った。
彼らと中途半端に戦闘のような事をしたのは、一方的に狩られる側の気持ちを少しだけでも感じて欲しかったからだが、あまり上手くはいかなかった様だ。
「ラサイアス様!!」
白い髪の自称聖女が、少年を指差して悲鳴を上げる。
少年が、立ち上がり構え直した剣が、真ん中で折れていたからだろう。
当然、さっき俺が折ったのだが。
「フェザースターが……こんな、こんなの嘘だ…」
少年が茫然自失で見つめる、その先で折れ残っていた刀身もぽろぽろと崩れて消えていく。
最後には豪奢に作られた鍔がゴロンと柄から離れて地面に落ちた。
ライオネルが作らせた鍔だ。
「え? ……あ、ぁ……」
その光景に何も言えないのだろう、少年は意味のない呻き声を上げる。
奇妙な静寂のなか、砕けた聖剣の粉から白い光が立ち上った。
「あ、こっこれは?」
それらはフワリと集まると、俺の右翼の風切り羽根の狭い隙間におさまる。
約100年ぶりに白い翼が元に戻った。特に不便は無かったけれど……
「神勅一つ目完了です」
宣言すると、俺の頭上に有った金の輪が一際輝いて一つ消えた。
やっと一つ解放。
もう一つはもっと時間が掛かるだろう。
「……ぁ……は、は」
少年は右翼の風切り羽根を凝視して、そして崩れ落ちる様に膝をついた。
「羽根……あんたの羽根が聖剣……なら叶うわけないじゃないか!」
地面にそのまま蹲り少年は涙ながらに叫ぶ。
「そうですね」
その通り、初めからこんなのは勝負ではなかった。
「違います。これは悪魔のまやかしです! みんな立って、勇者ラサイアス様を守るのです!」
白髪の少女がそう命じると、周りの少女たちが恐る恐る立ち上がる。
たぶんだが、奴隷の命令権が白髪の少女にも、設定されているのだろう。
それ以外にも、青髪の少女や、怪我を押して立ち上がった女戦士が少年を守ろうとしていた。
……もうこれは終わりにしよう。
「我に宿りし黒白よ」
◇◇◇◇◇◇
暫くして、山中には平穏が戻り。
六十人ほど居た女性たちは、ゆっくりと闇の中に沈んでいった。
彼女たちの主人である少年も一緒に。
彼らのテントも、夢のように消え、楽しかった旅はここで終わった。
後はただ、荒れ地のみが残るが、それも直ぐに呑み込まれてしまうのだろう。
戦闘後のマナの乱れを整え終えると、男は白黒の翼を広げて飛び立った。
一、二度羽ばたくだけで、高い木々を下にする。
そうして尾根を飛び越えて、音もなく山裾に沿うよう街道へ向かう。
闇夜に紛れて上空から山林を見ると、木々の間を赤い影がうねっていた。
「これは予定日より早まりますか……」
彼の重いため息が、ドラゴンの消えた森に堕ちていった。
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