黒い羽根は万能アイテムボックスでした
青い氷で出来た蕾が魔方陣から顔をだしそれが綻ぶと同時に蔦が四方に伸びた。
これまで何度も強敵を退けてきたセーラの指揮する大規模魔術。
魔術担当のメイド隊と協力しての集団詠唱、作り上げた術が炸裂する。
「死になさい!」
セーラが開いた両手の平を握るような動作をとると、それに連動して白黒の翼の男を氷の棘が包み込み。
「ハハッ」
まるで籠の鳥だ、様ぁ見ろ。
蔦の隙間からキョロキョロと此方を見回しているのが見えるけれど、鋭い棘によって人が出れる隙間はない。
この魔術に囚われたら、もうどうする事も出来ない。刺すような冷気によって凍りつくか、棘によって貫かれるか、または両方か、真っ赤な花弁になるといい。
「我、トゥルーエルに宿りし闇が全てを呑み込み保管する、黒白の褥」
「えっ?」
薔薇が開ききり全ての蔦が轟音を立てて男に殺到した瞬間、僕の耳には小さな魔術の詠唱が聞こえていた。
僕は色々な感覚が鋭いが、耳もいいのだ。
「殺りましたわ!」
セーラが額に汗を流しながら突き出した両手を握りしめて言う。
「い、いや……」
棘は花をつけながら毬のようになって絞まっていくが、何時ものようにその中が赤く染まっていない。
黒く、奥が見えない闇が…
「そんな…」
セーラも気付いたのか唖然としてそれを見ている。
美しい薔薇の籠の中から闇が滲み出て来る様を、いや、闇が内側から氷の棘を呑み込んでいく様を。
数秒すると氷が全て呑み込まれて闇も掻き消える。
それは今日何度も見た空間魔術だった。
「見た目は綺麗だと思いますが時間がかかりすぎだと思います」
当然中から無傷の男が出てくる。
闇属性はゆっくりなのが弱点なんですよ、などとふざけた事まで言われた。
「もっと前衛がギリギリまで引き付けないと無理です」
「そうかい!」
アマルダがまた間髪入れずに背後から斬りかかったが、今度は後ろを振り向きもせず剣で防がれてしまった。
後ろ手に剣を固定しているのを隙と見て、メイド隊の娘たちが前から攻撃するが、片手一本で振り回した黒剣に数人まとめて吹き飛ばされる。
地面に叩き付けられた3人の仲間が、新たに闇に沈んで行った。
それを助けようとする者も居たのだけれど、黒い地面の穴からどうしても沈む仲間を引っ張り上げられずに泣く泣く諦めている。
どうしたら良いんだ。
どうしたらこいつに勝てるんだ?
絶対に答えがあるはずなんだ。
今までだってピンチは有った、それを何時だって僕らは乗り越えてきたじゃないか。
ドラゴンにだって勝ったのに、こんな所で負けるわけがない。
「そうだ! みんな、僕が突っ込んだらあいつに向かってありったけの魔術を放て、弾幕を張るんだ」
「え? でも、ラサイアスに当たっちゃうわよ」
そうセーラが言う。
魔術担当のメイドの娘たちからも、不安げな声が上がった。
ある程度操れるとはいえ、乱戦の中に魔術を撃ち込むのは誤射が怖い。
そんな事は解っている。
「大丈夫だ、僕なら一発二発食らっても大した事はない、セルジュもいる」
僕が視線を送ると、セルジュはきゅっと唇を結んで強く頷いた。
死にさえしなければ、聖女のセルジュが癒してくれるはずだ。
チラリと剣戟の最中を見ると、アマルダがまるで出来の悪い弟子にでもなったように、白黒の翼の男に遊ばれていた。
「ほら、また踏み込みが甘いです」
「うるさい!」
今など左の剣で受けて、右手の剣の腹で足の脛を軽くはたいていた。
もし刃を立ててやられていたら、勝負は着いていた。完全にこちらを舐めている。
「ぜぇ……はぁ……あたしをバカにしてんのか!?」
「そんなつもりは無いのですが何時もの癖で」
でも悔しいが、アマルダももう限界だ、気付けば前衛で残っている娘はもう数人しかいない。
彼奴が闇魔術で収納した生き物がどうなるか、リリーナが他のメイド隊の娘たちがどうなるかが頭に過る。
マナに分解されて消える……
でも今、彼奴を倒さなければ、僕たちは全滅する。
「では、少しだけ本気で」
「ぐっがぁ!」
考えている間にアマルダが吹き飛ばされた。
彼女の大きな身体が小石のように何度か跳ねて木にぶつかる、まだ意識はあるみたいだが、膝をついて動けなくなってしまった。
「貴方はなかなか本気にならないですね」
くそ、今こそ……今こそ僕に力を!
「聖剣フェザースターよ僕に力を!!」
全力で魔力をこめると聖剣の刀身に聖なる光が宿った、魔を打ち払う光属性。
「うぉおおおー」
僕は声を張り上げ、加護も発動し地を駆けた。
聖剣から煌めく尾をひきながら、敵に迫る。流星のように白い光になって一直線にと。
それを追いかけるように仲間たちの魔術弾が翔ぶ、赤、青、黄、色とりどりの属性が隙間無く、連続して後ろに続く。
「ーあああぁあ!!」
走り込んでの最上段からの打ち下ろし、今までで一番敵を仕留めてきた型。
相手はまだ反応していない、僕と同じでやはり加護は連続使用出来ないんだろ!
「腕の一本、二本はくれてやる!」
僕は踏み込み打ち下ろした。
「入りません」
キンッ
清んだ音色がして白く光る剣先が、僕の目の前空中をくるくると廻っていた。
くるくる。
くるくる。
廻って砕けて、地面に堕ちると粉々になって消えた。
気が付くと僕は這いつくばっていて、何が起きた?
何が起きた!?
顔を上げようとしたが、うなじに手を置かれてそのまま強い力で大地に押し付けられる。
「うっぐう、放せ!」
「じっとして居て下さい」