戦いの様なもの
ドクンドクンと五月蝿く心臓の音が耳元で鳴っている。
握り締めた剣の柄が、じわりと濡れて滑ってしまう様な気がする。
上手く呼吸できない。
こんな事では戦えない、戦えない、戦えない、でも。
「やる……やってやる……お前は僕が絶対に超えなければならない壁だ!」
「ちゃんと貴方の方は自覚があるんですね」
「何を言っているのか解らないな」
「そうですか……」
男が淡々と答えると戦いは開始された。
アマルダを中心に近接戦闘に特化した加護を渡している仲間たちがポーター……いや白黒の翼の男を囲んで展開して行く。
男が此方に右手を差し出すと、その手の中に何処からともなく白い剣が現れて握られ。続いて左手を差し出すと同じ様に左手にも剣が現れるが、それがきちんと握られる前にアマルダが飛び出した。
彼女の大きな背中で視界が一瞬遮られるが、激しい金属音がその攻撃が防がれた事を知らせる。
あのアマルダの本気の打ち下ろしを、男は片手で軽々と受け止めて涼しい表情……は解らないけどダメージが有ったようには見えない。
そこらの冒険者なら、盾で受け流しても手が痺れる程の威力がある筈なのに。
何故だ、何故あんなひょろひょろの腕で、手首だけで回転させたような剣がアマルダが全身で繰り出した攻撃を弾き返せんるだ!
何故、何故だ、どうして僕は…………僕が上手くいきそうになると何時も理不尽な妨害が入るんだ。
曾祖父の剣なのだから、僕が使ったって良いじゃないか!
僕が……僕が……王位継承権の無い、非嫡出の子供だからか!
神さえもそんな下らない事に拘るのか!?
何時もこれだ、僕の運命は産まれた時から決まっているものにずっと左右されて来た。
許さない、受け入れない。
母親の生まれがなんだと言うのだ。身分がなんだと言うのだ!
無能な兄達よりも、僕の方がずっと勝れているんだ。
変えてやる、世の中が否定するなら、神々すら立ちはだかるならば、その全てを倒して変えてやる。
「あぁああ!!」
僕は裂帛の掛け声と共に加護を発動させた。
地面を蹴った時に舞い上がった土煙は絵のように静止し、激しく動いているはずの仲間たちもまるで水中の様にゆっくりになる。
時間を置き去りにした世界で何倍にも重くなった剣を……剣。
黒い剣。
僕の目に飛び込んできたのは、地味なポーターの男が手にした黒い剣だ。
刀身から鍔、持ち手まで一塊の鋳造で作られた、数打ち品みたいな剣。
気付いた時には、僕の腕は跳ね上げられていた。
「っつ!」
もう一度、加護を発動させ腕を引き戻す。
「負けるか!」
今度は腰だめに突き出そうとしたが、またも既に目標とした先に黒剣が来ている。
遅れて金属音が連続で響き、火花が散った。
「主殿の斬撃が止められるなんて」
アマルダが驚きの声を出しながら、僕の前に身体を滑り込ませた。
今まで一撃必殺であった技が防がれた。
いったいどうやって?
いや、もう一度だ!
僕は何時もより強く念じて、加護を発動させた。
感覚が引き伸ばされ、全てが数十倍に重くなる。一歩一歩が泥の中を進むように困難に感じる。
周りの仲間たちが蝋人形のように固まる。その中でポーターの男だけが此方を普通に振り返って見ていた。
まるで何事も無いように普通に動き、僕の位置を確認すると剣の軌道上に構えて待っている。
感覚が戻ると再度聖剣が弾かれた。
「狡い。そんなの狡いじゃないか!」
「それは申し訳ないです」
余裕なのか男が僕の言葉に謝った。
その間もアマルダの攻撃を防ぎ、周りに居るメイドたちの投擲も捌く。
僕は知ってる、絶対に当たるはずがないって。
どうして僕と同じスキルを発動させる事が出来るんだ、付加できるスキルはこの世で一つなんじゃ無いのか。
全く同じスキルを複数人に与えることは、聖剣には出来ないんだ。
「ラサイアス!」
そこでセーラから声が掛かる、大規模魔術の準備が整ったんだ。
そうだ、広範囲で全方位からの攻撃ならば、どんなに早く動けようとも避けられないだろう。
「みんな!」
僕の声で、男の周りから仲間が離れる。
それを白黒の翼の男はぼんやりと見送っていた。
「世界に宿りし水と冷気の力よ我らの意思に従い敵を縊れ!」
セーラの白い指が指し示す空間に、蒼白く輝く魔方陣が展開される。
暗い闇に美しく輝くそれらから、凍える冷気が吹き出した。
「氷の棘」
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